21話・周囲に迷惑かけまくりなあいつ
狐が我が家に同居し始めて一週間後。我が家に珍しい来客があった。マロー侯爵がわたしのもとを訪ねて来たのだ。来客を告げられたときわたしは訝しく思った。わたしとマロー侯爵にはなんの接点もない。父親と同世代の侯爵が訪ねて来る相手としてお門違いにも思われて父を訪ねてきたのかしら? と、思ったがあいにく父は王宮に出仕して留守である。
何事かと思い、客間に通された侯爵の前に顔を出すとこの度は。と、謝罪を受けた。
侯爵は外交官をしていてギタ王女と王太子殿下が王宮を騒がせてる間、海を渡って西方の国に数年赴いていた。その為、帰国後自分の妻がギタ王女の世話係りとなっていながら許婚のいる王太子の行動を止めるどころか加担する形となり、わたし達の婚約破棄騒動を招いてしまったことを知り責任を感じてるようだった。
「お気になさらないで下さい。今後の事は陛下のご判断にお任せすることにしてますから」
それに立場的に侯爵の方が身分は上である。わたしは伯爵の娘。そのわたしにマロー侯爵のような方が訪ねてきて謝罪するだなんてわたしが未来の王太子妃となる立場ではなかったらあり得ないことだ。
「本当になんと申し上げて宜しいか…」
侯爵はわたしがもう謝罪はいりません。と、言ってるのに壮年の侯爵は頭に白いものがちらつき始めた頭を何度も下げて来た。別に侯爵がわたしに何か危害を加えた訳ではないし、侯爵夫人がギタ王女の世話役におさまったのも王太子の鶴の一声だったらしいし、侯爵夫妻は王太子殿下に振り回されて逆にお気の毒としか言えなかった。
侯爵は誠実な人なのだろう。人柄が表れるような柔和な顔付きをしている。それだけに彼の謝罪は心がこもっていて簡単に突き放せない雰囲気をかもし出していた。
「あの。とりあえずお座りになりませんか?」
わたしは侯爵を向かいあうソファーの一つに促した。侯爵が腰を下ろしたのを見届けてからマーナは心得たようにお茶を運んできて、わたし達の前にあるローテーブルの前にそれぞれ湯気のたった紅茶の入ったカップを置くと壁際で控えていた。わたしは侯爵に聞きたいことがあった。
わたしはギタ国の王女の存在は知ってはいても一度も会ったことはなかった。殿下に嫌われ社交界から遠ざかっていたのもあるが、今回の婚約破棄の件はもしかしたらその王女が唆したのではないかと穿った見方をしていた。
「わたくしはギタ王女とは顔を直接合わせたこともありませんし、彼女のことをあまりよく知りません。マロー侯爵さまの方が詳しいかと思います。侯爵さまから見た王女殿下はどのようなお方なのでしょうか?」
「実は私もよくは存じ上げないのですよ。妻はジグモンド殿下に命じられてギタ国の王女のお世話係りを任されていたようですが。ギタ国と我が国は全く交流がなかったですし」
「でも王女殿下は遊学にいらしてるのですよね? それはどういう経緯で?」
外交官である侯爵は自分もギタ国の王女についてはあまりよく知らないのだと言って来た。わたしも幼い頃から王太子妃教育として我が国と交流のある国や諸国の動向などについて学んできたがそのなかにギタ国は含まれなかったような気がする。
王女がやって来てからギタ国という国を知ったので、てっきり外交官であるマロー侯爵は知ってるものと思いこんでいたわたしは両国の間で国交がなかったと聞いて驚いた。
全く交流がなかったギタ国の王女が遊学に来たのにはどんな理由があったのだろう?と、不審に思うと侯爵が言った。
「これは妻が王太子殿下から伺った話ですが、ギタ国の王女殿下は以前お忍びで我が国にいらしたことがあり、その時に人にかどわかされそうになったところを殿下に助けられたことがあったと伺っております」
「そんなの初耳です。いつ頃の話ですか?」
「数年前のことだと思いますよ。殿下がそれをきっかけにギタ王女と連絡を取り合うようになったと聞いておりますから。それがきっかけでお二人は親しくなり、フロア王女殿下が自国の一部の者から命をつけ狙われていると知ったジグモンド殿下が遊学という形で我が国に亡命させたとも聞いております」
「陛下たちはこのことをご存知なのですか?」
「いいえ。どうも王太子殿下の独断で行なわれていたようでして…私の口からご報告させて頂きました」
侯爵は疲れたように言った。気持ちは分からないでもない。数年他国に赴いてようやく祖国に帰って来たと思ったら王太子殿下が許婚を放って他国の王女を自分の宮殿に住まわせていた。それも外交官である自分が知らない国の王女を。
しかも自分の妻がその世話役になっているとはどういうことだ?と、恐らく問いただしたのだろう。そして二人で知り得た真相は侯爵たちを当惑させたに違いない。
ジグモンド~。何やらかしてんだ。わたしは心のなかで呻った。陛下たちに許可も得ずにフロア王女を勝手に亡命させて同棲してたとは。誰が尻拭いするんだ。これ。周囲に迷惑かけまくりだな。あいつ。
わたしは目の前の侯爵に強く同情した。そこに甘えん坊の声が聞こえてきた。
「にゃわわああん。にゃあわああん」」
ドアの向こうの廊下側から声がする。閉められたドアにカリカリと爪を立てている音が聞こえたと思ったらカチャリとドアノブが回った音がして白金色の狐が入り込んできた。




