2話・どうか夢で終わりませんように
わたしはこの世界とは違う世界の日本という小さな島国の先進国に生まれた。共働きの両親のもと、保育園や学童保育に預けられて育ったわたしは内向的な性格でいじめっ子のターゲットになりやすかった。それは中学生や高校生になっても変わらなかった。
そんなある日のこと。わたしが高校二年生のとき胸躍る出来事があった。下駄箱に一通の便箋の封筒が入っていたのだ。いわゆるラブレターと言うやつだ。わたしが読んでいた少女漫画雑誌にそのような描写があって実はわたしはそのシチュエーションに憧れていた。
その封筒には男の子の文字で
『おまえのことが前から気になっていた。話がある。放課後、校舎裏の稲荷神社の境内まで来い。おまえが来るまで待っている。 江戸大翔』
と、書かれていた。
江戸大翔と言えば見た目不良で一匹狼的な要素が目立つけど整った顔立ちや男らしい振る舞いなどから同級生の女子の間で密かに人気があった。部活には所属してなくていつも帰宅部。そんな彼からの申し出にわたしは内心驚いた。彼とは同じクラスだけど一度も話した事はないのだ。そんな彼からの呼び出し。これはきっと何かある?
でもその何かある? は、わたしは都合よくいい意味で受け取ってしまった。お気に入りの少女漫画に出てくるヒーローがちょっと江戸大翔に似ていたのもある。漫画のなかのヒーローはちょい悪な感じでヒロインに素直に好意を告げられずにからかったり意地悪したりするのが定番だった。
わたしは喧嘩っ早い彼のことを遠巻きにしながらもその男気がかっこいいな。と、思って見ていたところもあった。だからその呼び出しで少しは彼と親しくなれないものかと下心があったのだ。だけど世の中、そんなに甘く出来てない。現実を見ればそんなのはおかしいって気が付きそうなものなのだが、この時のわたしは浮かれてしまって正常な判断が出来ない状態になっていた。
わたしはけして綺麗な方じゃない。かなり太っていたしクラスの女子には「有村アリス」と、いう可愛らしい名前がありながら一重でゲジゲジ眉毛なこともあって「力士」と、呼ばれたり「名前負けしてない?」と、馬鹿にされることも多かった。男性陣にも失笑を買っている。そんなわたしを彼は気になっている。と、便箋に書いてくれているのだ。男子からそのようなことを今まで言われたこともないわたしには夢のように思えた。そう思いながらもわたしは全く疑いもしなかった。馬鹿だったのだ。良く考えてみればそんなことあり得なかったのに。
気もそぞろでその日の授業なんて頭に入って来なかった。休憩時間の度にそわそわして何度もトイレに行って髪を整え、放課後は浮き足立って学校の裏山にある神社へと向かった。まだ彼は着いてなかった。そこでわたしは気分を落ち着かせるためにも神社でお参りをした。
「これがどうか夢で終わりませんように」と。
でも夢であれば良かった。と、すぐに後悔することになる。境内で待っているわたしのもとへ幾つかの足音が聞こえてきて、姿を現したのが大翔君一人ではないことにわたしは嫌な予感がした。