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17話・俺は好きな女にしかキスしない

 わたしはますます顔に血が集まってきた。



「あの。エド。もういいわ。それにわたし熱なんかない。あれは違うから」

「違うってなにが?」



 エドは立ち上がってわたしのすぐ隣に腰を下ろした。それが密接過ぎる。わたしはそわそわしてきた。心臓が跳ねまくって落ち着かない。



「だからわたしは風邪なんかひいてないの」

「顔を赤くした理由はそれではないってことかな?」



 俯いたわたしの顔をエドが覗きこんで来る。焦るわたしとは違って彼には余裕があった。



「分かってるなら言わせないで」

「何のことかな?」

「ひどいわ。エド。分かってて言ってるんでしょう?」



 わたしは自分の気持ちがエドには見透かされてるような気がして恥かしすぎて顔が上げられなかった。両手を膝の上で組み合わせているとその手に彼の片手が触れて、肩に回された腕がわたしを彼の方へと引き込む。

 いきなり体が傾いできゃっ。と、声を漏らすと彼の胸に飛び込む形となっていた。気付けば上半身を彼の腕のなかに閉じ込められていた。



「アリーは可愛いよな」

「もう。恥かしい…!」



 エドの胸に頭を押し付けるとその顔を持ち上げられた。



「殿下の事、まだ好きか?」

「好きじゃないわ。嫌いよ。あんな人」



 なぜこの場で殿下のことなど話題に持ち出すのだろう? 不審に思うわたしの顔にエドが近づいたと思ったら唇が触れ合わされていた。



「……え……ど……?」


  軽く触れた唇が離れてわたしは呆けた。柔らかな感触がまだ唇の先に残っている。そのわたしをエドが抱きしめて来た。

 これってどういう意味なんだろう? キスしたってことはエドもわたしのことを好きなの?

 見上げた先の蜜色した瞳が甘く蕩けるような笑みを向けてくる。それに手を伸ばしかけたところでトントンッとドアをノックする音がした。


「お嬢さま。こちらにおいでですか?」


 ドア一枚隔たれた向こう側にこちらの様子が見えているのではないかと思うほどタイミングよく叩かれたノックの音にエドは素早く反応した。ソファーから勢いよく立ち上がりわたしから距離を取る。彼はわたしの背後にある窓の前に立ち先ほどまでの甘い空気は霧散した。

 わたしは一人ソファーに取り残された形で相手を出迎えた。



「なにかしら? マーナ」

「お嬢さま。如何なされました? さきほどエドバルトさまがお嬢さまを抱えてゆくのが見えましたが?」



 入室してきたマーナはエドに抱かれて部屋まで運ばれてゆくわたしをどこかで見かけたらしく何事かと思いやってきたようだった。わたしはエドと何かあったことを悟らせないようになるべく平常心を心がけた。おそらくわたしの後ろに立つエドも気まずく思っているはずだ。



「何でもないのよ。驚かせてしまってごめんなさい」

「お嬢さまの具合が悪いわけではなかったのですね? 良かったです。では私は下がりますね」



 マーナは静かになってしまったわたし達の様子を見て自分はお邪魔虫のようですね。と、踵を返しかけた。わたしはとっさに彼女を呼び止めた。



「あ。待って。マーナ。外に置いて来てしまったティーセットをこちらに回してもらえるかしら?」

「分かりました。新しくお茶を入れなおして参りますね」



 ハーブ園に焼き菓子やティーセットを置きっぱなしだったことに気が付いたのだ。それを部屋の方に持ってきてくれるようにマーナに頼むと彼女は機嫌よく退出して行った。



「アリー。俺。そろそろ帰るわ」

「え。もう帰るの? エド。まだいいじゃない?」

「そうしたいのはやまやまだが……用事を思い出した」

「……そう」



  エドの声に振り返ると、彼はわたしの座るソファーの背へと両手をかけ前かがみになって来た。



「そんな顔するなって。おまえよっぽど俺のこと好きなんだな?」

「自意識過剰よ。エド」

「キスまでしておいて。素直じゃないな。俺のお姫さまは」

「あれはあなたが勝手に……!」



 やっぱり彼には自分の気持ちがばれていたようだ。キスして来たのはエドの方ではないか。勝手に自分の唇を奪っておきながら。と、非難の目を向けようとしたわたしに怯むことなく彼は顔を再び近づけて今度は頬に口付けた。



「こんなにも大事に思ってるのにな。おまえのこと」

「エド……」



 耳元で囁かれた言葉は意味深で、彼の息が触れてくすぐったい。その後に続いた言葉にわたしはどきっとした。



「俺は好きな女にしかキスしない。おまえは?」

「それってわたしのことを……? もう一回聞かせて」

「駄目だ。一度きりだ」



 わたしのことを好きだと告げられた気がしてそれを確認すべく聞き返したのに、一度言ったからもう言わない。と、頑固にも拒絶されてしまった。残念に思うわたしを独占するかのように彼は背後から腕を回してきた。



「俺の事よりもおまえのことを聞かせろよ」

「そんなの。決まってる。エドだって分かってるでしょう? わたしだって嫌な男にキスされたら黙ってないわ」

「本当か?」

「本当よ」

「じゃあ、俺たち両想いだな」



 エドは嬉しそうに言い、自分の腕の中に拘束したわたしに頬ずりして来た。なんだか同級生の戯れみたいだ。これが前世だったらこうも上手くいかなかっただろう。現世だからこそわたしの想いを受け入れてもらえたような気がする。少しだけそう思うとやるせないような気もした。






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