11話・わたしはすでに呪われた女ではなかったのですか?
「そうか。良かった」
暢気にも王女の身の安全を知って安堵の息を吐いた殿下とは反対に医師の顔色が悪くなってゆく。そりゃあ、そうだよね。このあとに続く言葉はこの国を揺るがしかねないものだ。わたしは医師に目配せした。この兆しは何となく分かっていたことでわたしから医師に口止めしておいたのだ。
わたしの許しが出て医師は覚悟を決めたように告げた。
「フロア王女殿下は懐妊されておりました。二ヶ月になります。殿下」
「わ。私の子……? そんなはずは……。これはどういうことだ? 医師っ」
ジグモンドが医師に詰め寄る。あんた最低な男だな。わたしが彼の前に出る前にエドがそれを食い止めていた。
「どうか殿下、落ち着かれて」
「辺境伯。放せ。これが落ち着いていられるか?」
「……やることやってれば出来るでしょうに」
エドに止められた殿下はわたしの小さな呟きにぴくりと反応した。
「アリーズ……」
「ああ。ひどい。わたくしは殿下に裏切られていたのですね? 不潔ですわ。この国に遊学でいらしていた王女殿下に手を出されただなんて……」
わたしは陛下達の前で悲劇のヒロインよろしく「ああっ」と、嘆く素振りでよろめき崩れかけて殿下の耳元で囁いた。彼のもっとも恐れていた言葉を。
「彼女のお腹の子は誰の子かしらね?」
「アリーズぅうううう!」
ジグモンドが王女のお世話役の侯爵夫人を通して最近、避妊薬を医師に処方させていたのは知っていた。それで忍び込ませていた手の者によって薬の中身をこっそり入れ替えておいたのだ。毎晩、さかっておいでのようだったから効果はすぐに出ると思ったけど……。
それにしても結果が出るには早過ぎた。殿下が避妊薬を頼み始めたのは数週間前。ちょうどわたしが薔薇公園にて婚約破棄宣言を受けた辺りだ。その頃からふたりは一つの寝台で一緒に寝るようになっていたらしいので王女が現在、妊娠二ヶ月だということのおかしな事にいくら鈍い殿下でも気が付いたらしい。
殿下はわたしの言葉で逆上し、わたしに殴りかかろうとしたのをあえなくエドに押さえ込まれて床に膝をついた。彼の手は残念ながらわたしには届かなかった。
「ジグモンド!」
とうとうこの場を静観していたはずの陛下の堪忍袋の尾が切れたようだった。初めての父親の怒声に殿下も大人しくなった。
「ジグモンド。父は非常に残念でならない。おまえは他人を見る目もなかったようだ。幼い頃から側にいたアリーズ嬢を貶し、他国の女に言いように振り回されて婚前交渉をしてしまうとはな。頭が痛い」
「父上。侮辱は止して下さい。彼女は淑女なのです。これは何かの間違いで……」
「馬鹿者が!」
殿下はこの場においてまだ王女のことを信じていた。それを陛下始め、王妃さま、医師やエドにわたし。皆が殿下を哀れむように見る。ブロワ王はすくっと玉座から立ち上がってジグモンドの前まで来ると頬を殴りつけた。ガツンッと拳で殴った大きな音が辺りになり響く。
「父上。何をするのです? いきなりこのような暴力を……!」
「そなたは馬鹿だ。馬鹿だ。と、思っていたが、こんなにも最低な男だったとはっ。アリーズに謝れ!」
「なぜ私がこの女に謝らなくてはいけないのですか? この女は黒魔女なのです。この女を国に置いておくことはこの国にとって災いでしかありません。この国に災いが降りかかる前に処分して下さい」
「まだ言うか? 恥知らずめっ」
「父上……! 」
「衛兵っ。王太子を離宮に連れてゆけ。しばらく謹慎させる。誰にも会わすな」
陛下はこの部屋の外で待機していた衛兵を大声で呼ぶと、ジグモンドを住まいの宮殿ではなく離宮に連行するようにと言い渡した。王太子は納得しなかった。
「そんな父上。横暴なっ。アリーズ。おまえの仕業か? 姦計を用いて私を嵌めたな?」
「そんなわたくしは何も……」
「そんなしおらしい態度をしていても私は騙されないぞ。おい。衛兵。捕らえる相手が違っている。そこにいる女だっ」
この部屋に控えていた衛兵たちは顔を見合わせたが、王の厳しい眼差しを受けて王太子を両脇から拘束した。
「放せ。放せ~。くそっ。この悪魔のような女め。呪われろっ」
殿下は反省の色もなかった。王女とのことを正当化してわたしを罵倒する。すでに殿下のなかでわたしは呪われた女になっているんじゃなかった? 黒髪、黒目になった時点でわたしを呪われた女扱いしていたくせに。呪われろ。とは可笑しなことを言う。一貫性のない言葉に笑いが起きそうだ。
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