1話・わたしはエベルー伯爵令嬢
『ブロワ国に薔薇の花の妖精現れる!』
エベルー伯爵家のご令嬢アリーズ嬢はこの度、王宮舞踏会にて社交界デビューを果たされた。ご令嬢は王太子殿下のエスコートにて華々しく登場され、王太子殿下自ら周囲の方々にご紹介された。エベルー伯爵令嬢は薔薇の精の様に美しくふんわりとした亜麻色の髪に薔薇色の頬をした甘く芳しい苺のような瞳の持ち主で、話す言葉は天高く囀る雲雀のよう。他人を一目で魅了する容姿と、朝摘みの薔薇の花のように初々しい態度は非常に愛らしい。
これはわたしアリーズが四年前に社交界デビューした当時の新聞の見出しと記事の文面である。自分で言うのもなんだがわたしは当時、この国一番の美少女として貴族社会では幼い時から注目されていた。それと言うのも亡き母がブロワ王の初恋相手であり社交界の華として貴族たちの注目を浴びていたことにある。ジグモンド王太子との婚約はその亡き母が望んでいたことらしく、従弟の陛下がその意向を汲む形で実現される運びとなった。
貴族社会では政略結婚が当たり前の世の中で貴族の令嬢は嫁ぐまで相手の顔を知らないというのもざらだ。その中で顔も素性も知っている相手、しかも相手は初恋の相手なのだ。初恋同士は結ばれにくいと聞いていたのにわたしの婚約は恵まれ過ぎていた。
ただ一つだけケチをつけるとしたら婚約相手がこの国で最高権力者の息子というのがいただけない部分で王太子妃教育はなかなかに辛く険しい道だったけど、初恋相手のジグモンドに励まされて泣き言を言いながらも頑張って来れたし、あとはわりと問題なく進むように思われた。ところが世の中というものはそう甘くなかった。わたしを幸福な結末へとは導いてはくれなかったのだから。
王宮舞踏会で成人とみなされる十四歳になっての生まれて初めての社交界。デビューした時には許婚のジグモンド殿下もわたしに甘く優しかったし、皆がわたしを祝福してくれてこの世の春を謳歌していた。 このまま幸せが続くのと信じていたのにそれが半年後には脆くも崩れ去ってしまうことになろうとは思いもしなかった。そしてその時にかなりのショックに陥ったせいだろう。
何の因果か前世を思い出してしまうことになってしまうだなんて。そんなオプションいらなかった。
その忌まわしい記憶が蘇ったのは、ちょうどわたしが社交界デビューで婚約発表をした後で、許婚のジグモンド殿下とラブラブな毎日を送っていた矢先に起きた。
ある日、昼餐で彼のもとを訪れて陛下や王妃さま、それにわたしの父が加わり五人で中庭に用意されたテーブルを囲み、食事を楽しんでる時だった。
東方から取り寄せた珍しいお茶があると殿下が言い出し、女官に入れてもらったお茶を口に含んだ時に異変を感じた。見た目は綺麗な新緑色で若干渋みの利いたお茶だった。それが喉を嚥下した途端、その場にいるわたし以外の人たちが目を見開き驚愕していた。
どうしたの? と、思い隣の殿下を見れば彼は飛び退る。なに? なに? 何が起きてるの? と、訝るわたしを父は「おお。アリーズ。なんて事だ」と、強く抱きしめ、王妃さまはひたすらわたしに「大丈夫? どこか気持ち悪いところはない?」と、聞いて背中を撫でて来る。その隣では陛下が「医者だ。医者だっ。アリーズ。しっかりしてくれっ」と、なにやら分からないことを叫ばれるし、事情が分かったのは夕刻を過ぎた辺りで、医務室に運ばれて「どうかお気を沈めて下さいね」と、王宮付きの医師から念を押されて姿見の前に立たされたわたしは絶望した。
わたしの自慢の亜麻色の髪はなんと闇のように黒く染まり、ジグモンド殿下がきみの瞳は甘く芳しい苺のようだよ。と、評してくれていた赤い瞳は腐食したような黒い瞳へと変わっていたのだ。姿形は変わらないのに髪や瞳の色が別色に変わったのだ。突然変異としか思えない事態に陛下や王妃さまは嘆かれ、何者かがわたしの命を狙って服毒させたのだと考えたらしかった。
未来の王太子妃となるわたしを妬んだ、何者かの犯行ではないかと疑われたのだ。医師には散々解毒作用のある薬を色々と飲まされたがわたしのその奪われた色は戻って来なかった。そのことでジグモンド殿下はわたしから段々と足が遠のいてゆき、わたしとは公の場でも会うのを避けるようになった。
わたしは見目が変わったことでいつしか呪われてるのではないかと貴族たちに邪推されて何の根拠もない噂が王宮中に広まった時には王太子殿下からは一切声が掛からなくなっていた。時々見かける彼の側には異国から遊学で来ていた王女の姿が目立ち始め、その仲が取り沙汰されるようになってゆくと、二つ年上で殿下のご学友にしてわたし達の仲を温かく見守って来たはずの兄でさえ、苦言を呈してきた。
「そなたにとっては酷なことかも知れないが、殿下はそなたと婚約したことを後悔している。そのうち婚約破棄されるだろう。あのお方には王女さまとの縁談が持ち上がってるのだ。王女さまは素晴らしいお方だ。殿下にはあのようなお方がお似合いだ。どうか悋気を起こしたりしておふたりの仲を邪魔するのだけはしないでくれよ」
と、言われわたしは非常にショックを受けた。好きだった王太子殿下の心変わりに打ちのめされただけではなく、二人の仲を応援してくれていたはずの兄からも諦めるように言われたのだ。しかも殿下たちの仲をいかにもわたしという存在が邪魔してるかのように言われて気が遠くなりそうな中で前世を思い出した。