そして、ダンジョンマスターは逃走した!
「ここは?」
気がついたら、私は一面岩だらけの、おそらく洞窟だと思われる場所にいた。
私がいる空間はそこそこ広く、正面に木製の扉がある。光源はどこにもないのになぜか部屋の中は明るい。そして、部屋の中央には謎の一抱えの黒い球体がある。
「何だこれは?」
持ち上げてみると思ったより軽い。いったいこれは何だろうか?
『ダンジョンマスター、認識、登録、完了シマシタ』
不意に響く謎の声。次の瞬間、私の頭の中に大量の情報が流れ込んでくる。
なるほど。私はダンジョンマスターなのか。
どうやらこの黒い球体、ダンジョンコアを使って、ダンジョンを作り、ダンジョンコアを奪いにくる強欲な人間どもを撃退すれば良いようだ。ダンジョンコアをダンジョンの外に持って行かれるか、破壊されてしまうと、ダンジョンマスターは死んでしまうらしい。
ただ、私にはユニークスキル”逃走”のおかげで、ダンジョンコアを抱えて外に逃げることができるそうだ。
ふふふふふ。素晴らしい能力ではないか!!
では早速ダンジョンを作ろうとしようではないか!
ふむふむ。扉の先は10メートルほど通路があり、外につながっているのか。そして、ダンジョン解放まで14日あるそうだ。
ダンジョンを作るためのポイントは最初だから少ないが、まあ、じっくり考えて作っていこう。さて、どうしたものだか。
『ビーッビー! 異常事態発生。ダンジョンに侵入者ガアラワレマシタ』
なんだと! 侵入者? ダンジョン解放まであと14日あったのではないのか!?
『侵入者ハ異世界転生者ノヨウデス。特殊能力ニヨリ、解放前ニ入口ヲ突破サレマシタ』
なんという理不尽。なぜ解放してもいないダンジョンがバレるのか。異世界転生者とは悪魔なのだろうか。今のダンジョンの防御は笊どころか準備前。あるのは頼りない扉一枚。そして、悲しいかな、今の私は戦うすべを持たない。このままでは殺されてしまう。
仕方がない。
ここは、逃げる!
私は、扉とは反対の方にポイントを使い外への通路を作る。
そして、ダンジョンマスターは逃走した!
私は、出来たばかりの通路を全力で逃げる。背後で扉の開く音が聞こえる。追いかけて来る足音はゆっくりだ。どうやら向こうはさっきの場所がマスタールームであることにまだ気がついていないようだ。おかげで、逃げる時間を稼ぐことができた。
出口まで残り三分の一の所で私が逃げたのを気づかれた。そして、奴は恐ろしい速度で追いかけてきた。あ、悪魔だ。
私はコアを抱えて必死で走る。出口を抜けたが、さっきより足音が大きい。私はそのまま森の中へと逃げ込む。だが、奴はまるでこちらの位置がわかっているかのように迷いなく一直線に追いかけてきた。
逃げて逃げて、逃げて逃げて、昼も夜も逃げ続けて2日、やっとあの悪魔を振り切った。死ぬかと思った。一度危ないときがあったが、ダンジョンコアで落とし穴を掘ったら見事に嵌った。すぐに抜け出されてしまったがあれのおかげで命拾いした。
ここまで来れば、もう安心。2日間寝ずに逃げた甲斐があったというものだよ。いやはや、睡眠の必要のないダンジョンマスターの能力最高である!
おや? 丁度良い洞窟があるではないか。ここにダンジョンを作るとしよう。
ここに来て14日経った。今日はついにダンジョン解放日である。前回のように異世界転生者にダンジョン解放前に襲撃されることもなく、無事、今日という日を迎えることができた。
ダンジョン構成は全部で地下5階+マスタールーム。地下5階にはボスのキラートロルを配置した。情報収集によりこの付近には最高で中級冒険者の実力を持つ者しかいないことは確認済みである。中級冒険者であれば、パーティーで来てもキラートロルが余裕で撃退してくれるであろう。
方針としては、なるべく死人を出さない。強い奴らや、国に目をつけられると面倒なのである。
さて、ダンジョン解放だ!!
『ダンジョンヲ解放シマス』
ダンジョン解放から1日経ち、ついに侵入者が現れた。ふむ、バランスの良い4人パーティーのようだ。身のこなしからして中級冒険者、CかB級冒険者といったところか。
地下1階。わりとサクサク進んでいるようだ。ゴブリンしかいないので当然か。罠も簡単に避けられる。
地下2階。スケルトンやゾンビが配置してある。女の魔法使いがビビっているがこちらもサクサク進まれた。しかし、ここからが本番だ。
地下3階。バカな! ロックゴーレム9体がたった5分でやられただと?! いや、焦るのはまだ早い。地下4階には例のアレがある。それを越えてもキラートロルを前にしては逃げ出すに違いない。
地下4階。あ、ありえん。奴らは本当に中級冒険者なのか。必殺のモンスタールーム、約80体の魔物達を袖一蹴だと!? いや、落ち着くのだ。まだキラートロルが残っている。奴らには残念だが死んでもらおう。
地下5階。キラートロルが一撃でやられた。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 !!!
こっ、このままここにいたら奴らが来てしまう!急いで逃げなければ。私はダンジョンコアを抱え上げる。
「お、ダンジョンマスターみーっけ!」
くっ、遅かったか。
「おい、ピエロ野郎。さっさとその抱えているダンジョンコアを渡してもらおう」
「断る、といったら?」
「別にいいけど俺たちS級冒険者だぜ? 死ぬぜ?」
「な・・・・・・。 何故S級冒険者がここに!? この辺にいるのはC、B級冒険者だけではなかったのか!」
S級冒険者! あまりの理不尽さに一瞬言葉を失ってしまった。
道理でキラートロルが一撃でやられたわけだ。
「あー。俺たちがいるのはたまたまだ。偶々」
偶々!!!
そんな理由で殺されるなど、そんな理不尽、断固として認めん!
私は、壁に設置した隠ボタンを押す。
「まあ、こんなこともあろうかと準備しておいたのだよ!」
私のその言葉が言い終わるやいなや、強烈な閃光が室内を満たす。もちろん私には影響はない。これで奴らの視界が回復するまで時間が稼げる。前回で私は学んだのだ。
「さらばだ諸君!」
そして、ダンジョンマスターは逃走した!
私はあらかじめ作っておいた逃走用の通路を進む。凶悪な罠が仕掛けられているので、ここでさらに時間が・・・・・・・・・
ばかな。もう目が見えているのか。
私が後ろを向くと、通路に仕掛けた罠を強引に突破し、急速に接近する先ほどの筋肉ダルマがいた。
そこから、私と筋肉ダルマの5日間に及ぶ逃走劇が始まった。詳しくは・・・・・・もう思い出したくない。
ただ、私は奴から逃げることができたのだ。これだけで十分ではないか・・・。
おや? 丁度良い洋館があるではないか。ここにダンジョンを作るとしよう。
10年後
「フフフ・・・・・・・・・」
ついに、ついにこの時が来たのだ。
「フッハーハッハッハッハッハ!!」
苦節10年、最初はダンジョン解放前に異世界転生者とかいう輩に蹂躙され、次はいきなりのS級冒険者パーティーに蹂躙された。ここにダンジョンを作ったものの何度かヤバいことがあったが乗り越えた。
そして、今日! 私は到達したのだ。
「地下100階、完成!」
この洋館型ダンジョンには機械人形やゴーレムを始め、定番のゴーレムやオークなどありとあらゆるモンスターを取り揃えている。
さらに、下へ行くほど凶悪になるとラップの数々。脳筋だけでは進めない謎を解くことで先へ進めるようになる仕掛け、頭でっかちだけでは進めない筋肉を使う装置の数々。
極め付けは地下100階のドラゴン。これはもう、ほとんで攻略不可能といっても良い。それが例えS級冒険者パーティーであろうともな!
ん? 団体様の登場だ。・・・・・・それにしても多いな。全部で60人ほどか。
まだ子供が40人ぐらいに騎士が20人。貴族の坊ちゃんたちでも来たのかな?とりあえず鑑定、鑑定。
・・・・・・・・・。
異世界人、か。何時ぞやの悪魔を思い出すな。そういえば、冒険者共が王城で異世界召喚がどうのと言っていたようだがそれのことか。
しかーーーし、今の私はあの時とは違うのだよ。異世界人のことも織り込んでこのダンジョンは作ってある。つまり、このダンジョンに死角はない。暇つぶしに少し観察してみるか。
ふむ、子供の方はやはり戦い慣れていないようだな。だが、多々の子供にしては少々強い気がするな。というより、強くなっている、とい言うべきか。まあ、雑魚に変わりわないが。
しかし、人間とは面白いものだな。先ほどから少年少女の集団の中で人気がある少女が1人の少年に気をかけているようだが、逆に周りの少年たちに嫉妬されて酷いことをされている。
雑魚共の分際でダンジョンの中にいるというのに随分と余裕そうではないか。
うむ、今日は気分が良い。大量の魔物のプレゼントと洒落込もうではないか。 クックックックック。
おーおー。大混乱しておる。
ん? おお! なんと! 傑作である!
いじめられていた少年が囮にされた。繰り返そう。囮にされた!
少女の方はまだ気がついておらず、必死に逃げているな。少年の方は・・・あー。もうだめかな? いやはや10年冒険者を観察していれば、よくあることだとわかってはいるが。てんぷれ?だな。少年には悪いがダンジョンの肥やしになってもらおう。少し昼寝でもするか。
ん? んん? んんん? んんんんんんんんんんん?
少年、まだ生きていたとはやるではないか。面白い。少し観察してみようではないか。
ほう、少年よ。地下58階到達とはやるではないか。その階は現在の最高到達階だ。まあ、先に進むのはあまりオススメしないぞ? なんて言ったって60階のボスはメドゥーサだからな。初見であの石化攻撃は防げないだろう。
・・・・・・メドゥーサが殺られた。メドゥーサが殺られたことは問題ではない。いや、問題ではあるが今回に限ってはそんなことは些事だ。問題は、メドゥーサの石化攻撃が初見で破られたことだ。まるで。前にメドゥーサと戦ったことがあるかのようなあの行動。異世界ではメドゥーサは有名なのか?
まあ良い。地下61階から先は凶悪なトラップもたんまりとある。引き返すなら今のうちだぞ。
・・・・・・おかしい。奴のダンジョン踏破速度が下がっていない。いや、むしろ速くなっている? どういうことだ。トラップは・・・・・・・・・無効化、されている、だと?!
馬鹿な。ありえん、ありえん、ありえん、ありえーーーーーーーーーーーん!!!
くそ、奴は化け物か。ええい、鑑定で丸裸にしてやる!
ーーーーーーーーーー
ワタナベ カケル
異世界人 奪うもの 復讐者
スキル
強奪 剣術 鑑定 気配察知
統率 人形起動 石化 毒霧 麻痺針 凶化 風魔法
ゴブリン格闘術 解体 暴食 魔法半減 物理半減
再生 死霊術 硬化 俊足 浮遊 隠密 保護色
擬態 魔物式錬金術 豪腕 回復力 火魔法
水魔法 木魔法 気功術 闇魔法 土魔法 雷魔法
暗殺術 ゴブリン弓術 魔法のポケット 冷静
身代わり 幻影 軽業師 状態異常無効化 罠回避
投擲術 罠作成 地図作成 直感
ーーーーーーーーーー
・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
り、理不尽だ。あ、あああああ歩く理不尽がやってきた。
特に強奪。一定確率で倒した相手のスキルと能力を奪う、だと。そんなのスキルがあれば強くなり放題ではないか! というか、強奪以外のスキルが配下の魔物が持っているスキルではないか。 や、やはり異世界人は悪魔なのか。
地下70階のリッチロードが殺られた。
逃げるべきなのだろうか。いや、まだ大丈夫なはずだ。まだ、ケルベロスにヒドラクイーン、ドラゴンがいる。まだ大丈夫。
地下80階のケルベロスが殺られた。しかも、悪魔は今、信じられないことにダンジョンの壁をぶち破って一直線に最短距離でダンジョンを攻略している。このままのペースだとあと30分で地下90階に到達する予定だ。頼むぞヒドラクイーン。やつを倒してくれ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ヒドラクイーンが、ヒドラクイーンが瞬殺された。もう一度言おう。
ヒドラクイーン ガ シュンサツ サレタ。
9つあった首が奴がゴブリンの剣をふるった瞬間、全て宙を飛んだ。あまりにもあっけない最後だった。
もう、逃げるしかないか。このままでは後20分でやつは地下100階に来てしまう。ドラゴンを連れて逃げるとしよう。
そして、ダンジョンマスターは逃走した!
私は、ドラゴンのドラちゃんを小さくして頭の上に乗せ、ダンジョンコアを抱えて非常用逃走路から逃げ出した。
ぐす。うわあああああああああああん。
何で、何で私のダンジョンには歩く理不尽ばかり来るんだ。私はただ、ダンジョンマスターとして真っ当に仕事をしてるだけなのに何が悪いのだ!
ああ、慰めてくれるのかドラちゃん。ありがとう。元気が出たよ。
おや? 丁度良い寂れた塔があるではないか。ここにダンジョンを作るとしよう。
200年後
私はついに作り上げた。凶悪にして悪辣な全部で999階ある絶対攻略不可能な塔型ダンジョンを作り上げたのだ。もう、歩く理不尽でも攻略できない。過去に何度か歩く理不尽がやってきたが、ダンジョンの肥やしになってもらった。
私はついにやったのだ。
そういえば、私の他にもダンジョンマスターはいたらしい。現在はダンジョンマスターネットワークで情報を共有している。ちなみに私は、塔の上のピエロとして登録してある。
魔王城の主
どうも、魔王です。
ドラゴンの谷管理人
ん? 魔王城の主か。久しいの。
孤島の引きこもり
あれ? 魔王さん、どうしたんすか?
塔の上のピエロ
どうも、お久しぶりです。
魅惑の館のサキュバス
あれぇー? どうしたのー?
魔王城の主
いやいや、どうもきな臭い噂を聞いてね。
なんか人間どもが勇者召還をしたとかしないとか。
人間と共存ダンジョン運営者
あ、それ本当です。うちのダンジョンのある国で勇者召還したそうですよ。
1週間くらい前でしょうか。
砂漠のピラミッド
なんで召還したんですかね?
人間と共存ダンジョン運営者
さっぱりですね。今、配下に調べさせているところです。
え? おまっ、だれ、やめっ
魔王城の主
ん?
ドラゴンの谷管理人
んん?
孤島の引きこもり
んんん?
魅惑の館のサキュバス
なになにー? 今日はー、エイプリルフールじゃないんだぞ☆
砂漠のピラミッド
あれ? 共生さん?返事して
塔の上のピエロ
共生さん?
魔王城の主
あかん。人間と共生ダンジョンの反応がマップ上から消えた。
孤島の引きこもり
( ゜д゜)なんですとーーーー!
塔の上のピエロ
みなさん、不味くありませんか。
タイミング的に勇者召還が怪しくありませんか。
ドラゴンの谷管理人
そうだのうぉ。儂のところ警戒率今あげたわ。
趣味は穴掘り
なんか変な奴きた。 たすけ
魔王城の主
あかん。穴掘り野浪の反応も消えた。
魅惑の館のサキュバス
えー。それ、不味くなーい?
ちょ、あんた誰よ。この、さわんな変態! ごふっ。
魔王城の主
・・・・・・・・・・・・。 サキュバスも消えた。
孤島の引きこもり
ヤバい、ヤバい、ヤバい
ドラゴンの谷管理人
これは、ちとまずいことになったのう。ドラゴン増やすかのう。
砂漠のピラミッド
うちは、ピラミッド、砂漠に沈めて隠れることにします。
孤島の引きこもり
・・・・・・・・・引きこもる。
塔の上のピエロ
私は、色々強化します。
魔王城の主
今、遠征に出してる奴ら全員戻すか。
1ヶ月後、他のダンジョンマスターと連絡がつかなくなった。
そして、ついに私のところにもやってきた。歩く理不尽最強の存在、勇者が。
勇者の進撃は私の予想の遥か上をいった。10階ごとのボスモンスターが赤子の手をひねるように簡単に倒されていく。必殺の極悪トラップ100コンボを受けてもピンピンしている。
神々の加護とかいう非常に理不尽なものを持っていることがわかった。
もはや抵抗など無駄だな。ドラちゃんを連れて逃げるとしよう。
勇者は、もう、517階にいるのか。 さっさと逃げるとしよう。
そして、ダンジョンマスターは逃走した!
さて、次はどこにダンジョンを作ろうか。
私はドラちゃんを頭の上に乗せながら全力で塔から逃げるのであった。