抱きしめられて
「太樹くんの家、商店街からかなり遠いんだね」
早希乃は、疲れた表情でふぅーと軽く息を吐く。そして、暑さで吹き出した汗を持ってきたバックからピンク色のタオルを取り出し、汗を拭った。
「僕が普段、商店街に行かない理由の一つもこれなんだ」
少しは早希乃と話すことに慣れてきたのか、言葉に詰まることなく、太樹は少しだけ目を合わせながら話せた。もっとも、合わせられるのも三秒程度で、顔を赤らめてはいるが。
「そうだよねー。これだけ遠かったら、絶対に行かないもん」
「この近くに住むのなら、そうすることを勧めるよ」
相変わらず顔を赤くし、三秒毎に目線をずらして答えている。それを見て早希乃は不機嫌そうにしかめっ面をした。
「太樹くん。そんなんじゃダメよ。太樹くんは優しくて素敵な人なんだから、も顔を赤くしてないで堂々と」
「ごめん……」
だが、変化はない。むしろもっと酷くなっていた。
「ほら、まだ治ってないよ」
赤くなった太樹の顔を、早希乃はまじまじと見つめる。
「は、恥ずかしいから、やめて……」
恥ずかしさで太樹の体温は、やかんを置けば、中の水が沸騰しそうなほどに熱くなった。それを見て早希乃は頬を緩めた。
「私と話すことくらい、こうやって見られるより恥ずかしくないでしょ? でも今の太樹くん、リスのような小動物みたいでかわいいな」
早希乃は太樹の背後に手をやり、ゆっくりと、少しずつ優しく抱きしめた。
「はわわわわわわっ!!!」
太樹は初めて、女性から――正確に言うと人から――抱きしめられた。唐突で、しかも初めてのことに驚き落ち着かずにジタバタしていたが、ぎゅっと抱きしめられるうちに不思議な感覚に陥った。
(なん、だろう。女の子の身体って、ふわふわしてて気持ちいい…暖かい…落ち着く……)
ふわふわと、そして心を温める感覚が、太樹の力を徐々に抜けさせた。満足したのか早希乃は、太樹を抱きしめていた手をそっと外す。太樹は顔一面に、満悦らしい笑みを浮かべていた。
「そんなに喜んでくれるなんて。早希乃、とっても嬉しいな。あと、突然で悪いけどシャワー、使ってもいい? 着替えは、ちゃんとあるから」
「いいよ。僕も、家に帰ったら、シャワー浴びようって、思ってたから」
太樹は躊躇わずに答えた。多少は顔色も落ち着いていた。
「ありがとう! じゃあ、シャワールームを教えて」
太樹は早希乃にシャワーのある浴室を教えてあげた。
いいなー、太樹くん。いいなー、いいなー(羨望)