SS~深夜の密やかなる危機
カサカサ、と部屋の隅に空いた暗がりから音がする。
障子から漏れ落ちる月明かりで部屋は薄明るい。
ベッドから上半身を起こし、シーツを握りしめる。
呼吸が浅く早くなる。
でも音を立ててはいけないと思う。
そっと口元に手をあて、呼吸をゆっくりと深く。
でも音は極力立てないように。
カサ、カサカサ…音と気配がだんだん遠くなる。
すう、と息を吸い、ぐっと矯める。
アレをそのままにしてはいけない。
じんわりと肌から冷たいのがにじむ。
あいつらが気づかないうちに始末しなければ。
泣きたいのを堪えるとのどの奥がきゅっと締り、軽い痛みを覚える。
そっとシーツから足を出し、ベッドから立ち上がる。
そっと扉をスライドさせる。
扉は音もさせずに軽く動いてくれた。
普段はあいつらが前触れなしにスパーン!と開けてくれるこの扉。
少しは引っかかりがほしいくらいだが、今この時は頼もしい。
こちらの気配をアレに悟らせないように。
もちろんあいつらにも。
そっと扉から廊下に足を踏み出し、少しの音も立てぬよう最大限の気を使って歩く。
目的の物を探しにまずはキッチンに。
食器棚の食糧庫にかかってる目隠しの布を持ち上げ、スプレー缶を手に取る。
窓から漏れ入る月明かりで表示を確かめる。
これで、アレは動けなくなるはず。
動けなくなった隙に始末しなければ。
あいつらが気づく前に、確実に。
キッチンから音も立てずに抜け出し、気配を探る。
成りは小さいくせに、アレは自己主張が強い。
武道なんてやったことのないド素人でも、案外気配を探れたりする。
居た。
水気が好きなのか、どうも風呂場に居るような気配がある。
確か油やアルコールを好むと聞いたことがあるのだが、風呂場とはなんとなく解せない。
念の為、火箸を持ち出しておくことにした。
右手にスプレー缶、左手に火箸を装備して、風呂場への短い道程を辿る。
ああ、あの主張の激しい気配。
アレは間違いなくここに居る。
口中に唾が溜まる。
さっさと終わらせよう。
そう思って脱衣所の扉を音がしないように開けた。
そっと電気のスイッチを入れる。
闇に慣れた瞳に突き刺さるような感じがして目を細めた。
目を何度かしばたたかせ、光に慣れたところでアレを探す。
気を付けないと、アレは瞳に反射した光目がけて飛ぶことがある。
顔に貼りつかれたら、と思い至って顔の温度が一気に下がった。
胃の辺りがきゅっと痛くなる。
ちょっと涙が出てきそうな気分で目当ての姿を探す。
居た。
でも。
足が多い。
そして、長い。
やたらと関節がある。
そして威嚇してるのか、長い触角をユラユラと揺らすアレ。
叫びそうになるのを堪えてスプレー缶を構える。
同時に火箸で固定して、思いっきり噴射する。
プシューッ
これほどスプレーの音が頼もしいと思ったことはない。
数秒後、ただならぬ気配を察してかスプレー缶の噴射音を聞きつけてか、軽い四つの足音がして足元にふんわりとした柔らかくて温かい感触がした。
スプレー缶を床に置き、頭を撫でてやるとゴロゴロと音をさせて立てた尻尾とともにすり寄ってきた。
現金なヤツめ、と思いつつこの子に被害がなくて良かったと思う。
何せ好奇心が強い。
下手にちょっかいを出して咬まれでもしたらかわいそうだ。
火箸の先に目をやると、凍り付いたアレが目に入った。
生命力は段違いに強いという。
さっさと流してしまおう。
そのまま持ち上げ、トイレの扉を開けて水面へ放る。
ぽちゃん、と音がして触角がうね、と動いた。
ギャー!と内心叫び声を上げつつ、そのまま「大」で開栓すると水は勢いよく流れだした。
くるくると水流に任せて回転しながら引き込まれていくアレを見ながら思う。
ムカデが出るようなとこはヤだなー。
電気を消し、スプレー缶と火箸を片づけるべくキッチンへ向かった。