1話「始まり」
『では、今日のゲストは皆川杏里ちゃんです!
それでは、登場していただきましょう!』
司会者の高らかな声を合図に、真っ赤なサテン生地ののカーテンが左右にあがる。
『こんにちは!皆川杏里です』
中から出てきたのは、茶色のまっすぐ長い髪の毛ををふわっと揺らしながら微笑む少女。
透き通りそうな肌。その、華奢な身体にはしっかりと必要な筋肉がついている。
大きく丸い、竜胆色の目は観客の姿を鏡のように映し出していた。
『彼女は見てのとおり、セイルであり、アイドル活動もしているんですよね』
『はい。先週、新曲を発売しました』
『これ、ですね』
司会者は、待っていたかのように懐からCDを取り出す。
司会者の手に握られたそのCDには、
『遠き時代の鎮魂歌』と記載されていた。
皆川杏里が先週発売したシングルである。
発売初日から、オリコン1位に輝き未だにオリコン3位内を保持している。
『超美声と、ネットでも話題になっていますが、杏里旋風はまだまだ続きそうですね!』
『あはは…ありがとうございます』
そう言いながら右頬を掻く杏里。その手の甲には、とある模様が描かれていた。
黒で描かれた薔薇とその後ろに刻み込まれたs-551の文字。
これは、セイルであることを、表す模様であった。
なぜその模様なのか、数字の意味は何なのか、未だに解明されていないが今となっては常識となり気に留める人はいなくなった。
司会者は、一段落つくと椅子から立ち上がる。
『では、ここでパフォーマンスを、してもらいましょう!』
大きく手を広げ観客に響き渡るように叫ぶ司会者。
舞台裏からスタッフが銀の机を、もってくる。
その上には林檎、蜜柑、桃など色とりどりのフルーツがのっていた。
ここで、杏里も立ち上がる。
髪を耳にかけるとゆっくりとその机の前に歩み寄る。
それに合わせる、観客の掛け声。
みんな、目をキラキラと輝かせながら杏里を見ていた。
杏里は、周りの視線をしっかりと確認すると、両手をその机の目の前に出す。
『では、いきます』
ひとつ、深呼吸をすると杏里は目を閉じた。
静かになるスタジオ。
そして、段々と浮き上がるフルーツ。
観客からどよめきの声があがる。
杏里はそれをみると満足そうに微笑み、そのフルーツを一気に観客に振りまいた。
落ちる!誰もがそう思った。
しかしそれは、そのゆっくりとした勢いを変えないままそれぞれ散らばり何人かの観客の手の中へと収まった。
一瞬沈黙が訪れるスタジオ。しかしその直後、おおー!!!!とスタジオ全体が歓喜の声に溢れかえる。
『ありがとうございました』
そう杏里が礼をしたところで画面は一瞬で真っ暗になった。
「あー!もう、なんで消したの!?」
先程までテレビに吸い付くように見ていた果南一花は、突然消えたテレビ画面に向かって叫ぶとソファに座っていた親の元へ向かった。
一花の母、果南梨沙子は、はぁとため息をつくと時計を指さした。
それにつられて一花も時計へと顔を向ける
そして、理解する。
「やば…遅刻する!」
時計の針は、8:00をさしていた。
あと30分後には席についていなければいけない。
小学生の頃は、朝にテレビなど興味がなかったが
中学生になった今、一花にとって朝の始まりはNEWSから始まる。
本当は、登校中にホログラムテレビを見ればいいのだが、生憎それは梨沙子に禁じられていた。
一花は、机の上に置いてあった味噌汁。ご飯。目玉焼きの入った浮遊式の御盆に、ついてきて、と命令すると鞄を肩にかけ急いで家を飛び出した。
「はぁ…セイルに憧れるのもいいけど時間はちゃんと考えないと、でしょ」
残った梨沙子は、朝ごはんを片付けると携帯を開いた。
今の時代の携帯は劇的に進化し、携帯していなくても必要な時に親指と人差し指を上下に離すことで現れる仕組みだ。
画面は完全ホログラム。指先の感覚にのみ反応し動かせる。
この機能により、画面破損の心配はなくなった。
梨沙子は、NEWSの画面を開く。
トップには、連続火事事件が特集されていた。
「放火だなんて物騒な…火元もないのにどうして放火するのかしら」
『50年ぶり。火事により四人死亡』と大きく記されていた。
これで三件目だった。
この世から、家庭にある火元はなくなったはずだった。
ガスの火も、ストーブの火も。火事の発火原因は全て火傷をしない、発火しない特殊な火に変えられたはずだった。
だからこそ、三件連続の火事は考えられない事だった。
梨沙子は身震いすると、画面を閉じそさくさと仕事へと向かった。