禁則
コンコンッ。
空気の淀んだ、ホコリくさい部屋にノックの音が響き渡る。
「ん…?…あぁ?」
峨門は夢の中で聞いたのか、現実で聞いたのか分からなかったが、とりあえず返事をした。返事になっているかはあやしいが。
するとドアが開き、有働が顔を出す。
「やはりここか。昨日の私の話をきいていなかったとみえる。
一体いつになれば、キミは私の話をきくのかな?仕方ないからもう一度だけ言ってやる。」
「……。」
峨門は舌打ちが出ないようになんとか耐えた。最悪の寝起きだ。
有働は続ける。
「昨日話した通り、クロウクローの一件は司令の預かるところとなった。
クロウクローへの尋問等の接触は一切禁止。捜査についても今後は控えるように。
峨門、伊良原両名は以後、別命あるまで待機だ。」
文書に書いてあることをそのまま音読しているかのような口調だ。こいつはいつもそうだ。口から出てくるのは機械みたいな命令と嫌味だけで、中身なんざあったもんじゃない。
「ええ、ですから待機していますよ。
待機し過ぎて寝ちまいましたがね。」
「徹夜で捜査資料に目を通すことを待機とは言わない。
命令に背く気か?」
「……。」
「ふん。
それならいいだろう。
実は司令からもう一つ命令を受けている。
もし、峨門一級隷血が命令に従わない場合は本日10時に司令室へ行かせること、だそうだ。
良かったな、直接命令を下してもらえるぞ。」
「なにっ!?」
あまりにも予期せぬ内容に峨門の眠気と苛立ちは吹き飛んだ。
有働は薄笑いを浮かべながら部屋を立ち去る。
司令が…直接…?そこまでなのか?
時計をみるとあと30分程で時間になってしまう。
まずい、さすがにこんなヨレヨレの格好で司令に会うわけにはいかない。
峨門は慌ててロッカーへと向かう。
ロッカーで着替えをし、洗面台で顔を洗い髭を剃る。
身支度を整えている間中ずっと、峨門の頭の中は混乱していた。
クロウクローの一件で問題になっているのはクロウクロー本人ではなく、クロウクローをあのクラブで倒した黄血の方である。
車両で採取した血液を鑑識に回したが、やはりロイヤルの中に該当者はいなかった。それが判明したのが昨日の午前中だ。その後すぐに、(仕方なく)上司の有働に報告すると、上の指示を仰ぐということで待機を命じられた。
正直焦ったさがあったが、コトがコトだけに慎重な姿勢が必要なことも理解できた。
なんとか気分を紛らわせようとして、伊良原と昼飯を食べていると、有働に呼び出され、先程言われたのと一言一句違わないことを言われたのだ。
もちろん納得のできる理由もなかったため反発したが、有働は司令の決定だの一点張りで動こうとしなかった。
伊良原は熱血真面目なので、峨門同様に最初は反論したが、真面目の部分が勝ってしまった。上司の命令には刃向かうな、と。
だが、もちろん峨門は真面目のまの字もないタイプである。有働には取り合わずに、捜査を続け徹夜をし、今に至るわけだ。
それにしてもまさか、司令直々にお声がかかるとは思わなかった。
それほどまでに謎の黄血の存在は重要なのだろうか?
だから、隷血の三大禁則を使ってまでも峨門に捜査をやめさせたいのだろうか?
そう、隷血には遵守すべき三大禁則がある。これはロイヤル成立時に緑血の主血、堂間理人が定め、いまや日本の法律ともなっている。
1.隷血は赤色にその力を使ってはならない
2.隷血は血を分け与えてはならない
3.隷血は主血の命令に背いてはならない
この三大禁則のうち、1則目は黒血と橙血によって悉く破られている。主に、この禁則を破っているためにロイヤルが全力で逮捕にあたっている。
2則目に関しては、その危険性から色を問わず、全てのcolorsたちが守っていると言われている。
正直、先の2つに関しては破ろうと思えば、簡単に破ることができる。
破ったことが分かれば法令違反とされ、逮捕されるだけだ。
だが、3則目は少々異なる。これは先程のように主血からの間接的な命令である場合は効果を発揮しないが、直接、主血から命令されると隷血は必ずその命令を実行する。
これは隷血の血の中に存在している染色細胞が反応するためだと言われている。細胞単位で反応するのだから、己の意思でどうこうできることではなく、ただただ主血の命に従うのみである。
なので3即目は禁則というよりも、colorsの性質を明文化して、戒めにしているものと言える。
つまり、峨門はこの三大禁則の3則目を司令が使い、無理矢理捜査から遠ざけようとしていると考えているのだ。
身支度を整え、10時が近づいてきたが、まだ頭の中の整理が終わらない。だが、呼び出しの時間に遅れるわけにはいかず、司令室のある最上階へと向かう。
エレベーターの中では考え事をするどころではなく、司令と直接会うということでまた緊張してきてしまった。
司令と直接会ったのはロイヤルに入隊して以来で、話すのは初めてと言える。
チンッと音がしてエレベーターが最上階に着いた。扉が開き、廊下を見ると、丁度司令室から男が出てくるところだった。
出てきた男は壮年の、またそれなりの威厳を持っていたが退出の際は丁寧に頭を下げていた。
司令室の扉が閉まり、頭を上げると男はため息を一つつき、頭を振った。
そして、エレベーターに向かおうと横を向いた時に初めて峨門に気づく。
一瞬互いがなんとも言えない表情になる。気まずさのためだ。
峨門から発する言葉はないので、黙って会釈をして通り過ぎようとする。
が、壮年の男が声をかける。
「キミが峨門くん…かな?」
「ええ、そうです。」
ぎこちなく峨門は返す。まさか名前を知られているとは思わなかったのだ。
「そうか…。
頑張ってくれよ。」
そう言って峨門の肩を叩き、壮年の男はエレベーターの中に消えていく。
エレベーターの扉が閉じる間際、一瞬だけ峨門と壮年の男との目が合った。
なにか強い意志の込もった視線であったが、峨門にはその意味は分からなかった。
思いがけない遭遇ではあったが、気を取り直して司令室にノックをする。
「峨門一級隷血、参りました。」
「入れ!」
部屋の中からキビキビとした声が返ってくる。
峨門は腹に力をグッと入れながら扉を開け、中へ入る。
司令室の入るのももちろん初めてだった。
どれだけ豪奢な造りをしているのかと思ったが、内装はビックリする程シンプルなものだった。
部屋に置いてあるものは両脇の壁一面に本棚、扉が一つと観葉植物が幾つか。あとは司令の大きな机とその横に副司令用の机と椅子だけであるだけで、来客用のソファすらない。
そんな味気のない部屋にいるのは司令と副司令の二人の女性だけだ。
司令はこの部屋とはちくはぐな、豪華な着物を着ている。薄い青地に緑や黄色の花がいくつも描かれている。長い黒髪はまとめることなどせずに下ろしているので、日本人形みたいな雰囲気が出ている。
だが、表情は眠たげというか上瞼が重そうで、半目である。
一方、副司令は司令とは対照的に真っ黒なパンツスーツをビシッと着ている。だが、髪は薄いピンク色をしたショートカットなので厳しい表情とはミスマッチだ。
正直どちらもとても戦闘のプロフェッショナルには見えない。
だが、司令は黄血の主血であり、副司令も特級隷血である。
「まさか警視総監に頭を下げさせるなんてね。
いくら上位組織といっても限度があるのでは?」
入室早々、峨門は噛みつく。
間髪入れずに副司令がなにか言おうとするが、司令が手を挙げてそれを制す。
「それならキミは警視総監よりも偉いということかね?」
「申し訳ありません。
改めまして、峨門一級隷血、参上致しました。」
と峨門は敬礼をする。
軽くあしらわれてしまい、相手にされていないことを実感する。
「ふむ。よろしい。
それにしても…噂通りの人物の様だな。」
司令は値踏みをするように峨門を見る。表情は変わらず眠たげではあるが。
「峨門一級隷血、今回呼び出された理由は分かっているな?」
ここでようやく副司令が喋り出す。噂通りの堅物な雰囲気に峨門の気分は萎える。
伊良原も有働も副司令も、みんな真面目で峨門の苦手なタイプだ。
「ええ。
クロウクローの一件について、捜査を続行している件について、ですよね?」
「その通りだ。
何故、司令から捜査撤退の命があったにもかかわらず、捜査を続けている?
その理由を聞かせてもらおう。」
この質問には少し峨門にとって意外だった。
てっきり有無を言わさずに禁則の3項目を実行してくると思っていたのに。
「はい。
ご存知のことだとは思いますが、今回、クロウクローが起こした一連の事件の一件目、車両切り離し事件を担当したのが私と伊良原です。
そして、そこでロイヤルに属していない可能性のある黄血の血液を採取しました。
正直、ロイヤルの内の誰かの血であると私は思っていました。特級隷血あたりの方の内密な任務なのかと。
ですが、鑑識に回した結果はそうではありませんでした。
該当する血はなかった…。
これは由々しき事態だと!そう考えました!
ロイヤルがこうして短期間にこれほど大きな組織になれたのは、黄血及び緑血が主血を大切にし、組織以外に隷血がいなかったからです。
それなのに、もし組織外に隷血がいるなんてことが世間に広がれば、大変な混乱が起きます。
ことの重大さを考えれば、司令の命令であっても簡単に引き下がれるものではありません。
それに、それに私はあの日、せっかくの非番の日だったんですよ?」
峨門が一気にまくし立てる間、つまらなさそうに聞いていた司令が、峨門の最後の一言を聞くと半目だった上瞼を開いた。
なんとなく出てきた言葉だったのだが、失敗だったかと思い峨門は後悔した。
すると
「そうか。非番だったか。
それは悪いことをしたね。」
司令はまたすぐに半目に戻ったが、幾分楽しそうにみえる。
副司令は横で顔をしかめていたが。
「だが、命令に変更はない。
峨門、伊良原両名には今回の件から手を引いてもらう。」
一瞬緩んだ峨門の神経がすぐにまた引き締まる。
「そんな!どうしてですか?
このまま例の黄血を野放しにしておくんですか?」
「あぁ、そうだね。特に捕まえるつもりはない。」
きっぱりとした物言いには取りつく島もない。
峨門がここからどう出るかと思案していると司令が続けた。
「ただ少し勘違いをしているようだから教えておこう。
私はその黄血が誰か知っている。」
「!?
え!?ならなんで捕まえないんだ?」
あまりにも驚いたため、ついタメ口になってしまった。
「慎め!」
間髪入れずに副司令から怒号が飛ぶ。
「…すいませんでした。つい興奮してしまって。
それで…正体を知っているならどうして?」
峨門の問いかけに対し、司令は答えずにジッと峨門を見ている。部屋に入った時と同じく、品定めをするように。
それは数秒の間のことだったのかもしれないが、峨門にはずいぶん長い時間に感じられた。
「問題を出してすぐに答えを教えるほど私は優しくない。
だが、ヒントはあげよう。
ヒントは…Blood Bankだ。
それでキミの知りたいことは全てわかるだろう。」
「……?」
ブラッドバンク…?
血の銀行って意味か?
直訳してみるが、思い当たる節はない。
それならば暗号かなにかなのか?
「話は以上だ。帰りたまえ。」
「え?」
突然の退去命令に峨門は焦る。
まだ何一つ納得のいく話は聞かされていない。
「待ってください。まだ話は。」
「私の話は終わった。
それにたった今言ったはずだが?
キミの知りたいことは全てわかると。」
そう言って司令は椅子をクルッと回して窓の方を向いてしまった。
そうされると峨門としても話を続けるわけにもいかず、敬礼をして部屋を出ようとすると、司令が呼び止めた。
「あぁ、そうだ。峨門くん。
今日はもう帰りたまえ。
非番の埋め合わせだ。有働には私の方から言っておく。」
突然のことで峨門のフル回転していた頭は止まってしまった。
かろうじて、ありがとうございますと微かに返事をすると、敬礼をしてそそくさと部屋を出た。
司令がどんな表情をしていたかはわからない。
「フゥーーー。」
扉を閉めた瞬間に、峨門は大きく息を吐き出した。
両手の平をみると、びっしょりと汗をかいている。わずか10分かそこらの時間でここまでのプレッシャーを感じたことはあまり経験のないことだった。
ましてや相手がたった20歳の小娘とは!
少なからず苛立ちを覚えながら、心の中で愚痴る。
有働もそうだが、colorsになる連中はみな若いのだ!
今年で33歳になる峨門だが、ロイヤルの黄血の中では2番目に年長者である。
有働は峨門よりも6つも下だし、司令は一回りも違う。
10代の連中も少なくないし、元警察である峨門にとっては正直やりづらい。
ここでは学歴や年齢などではなく、主血からの輸血量とその実力が重視される世界だ。
colorsとして主血に適応できる者たちは何故か10代から20代前半が多い。
これには諸説あるが、峨門としては主血の年齢が皆、それくらいの年代であること、また、成長段階にある肉体の方がより新しい細胞に適合しやすいのではないかという理論を信用している。
他の理論は小難しくてわかりづらいし、この理論が適応した自分としても一番しっくりきているからだ。
峨門がcolorsになったのは3年前、つまりロイヤルが発足して1年後。
当時29歳だった峨門はすでに適応可能性の高い年齢ではなかったが、なんとか適応して、今では一級隷血になっている。
あの時、colorsになろうとしたことが正解だったのか今でもわからない。
赤い血の海にいる自分、周りでうごめく肉の塊、叫び声、悲鳴…
悪夢と呼んでもいいような記憶が蘇ろうとしたところで、ふいに声をかけられる。
「思ったよりも元気そうですね?」
振り返ると、グレーの生地にストライプの入ったスーツを着て、日本刀を持った男が立っていた。
スーツ姿に日本刀というのはまるでヤクザのようだが、それよりも人目を引くところがある。
眼の部分に白い包帯を巻いているのだ。
「なんだ、座頭市かよ。」
峨門は最初声をかけられた時ビクッとしたが、相手が分かりホッとする。
「やだなぁ。座頭市って呼ぶのはやめてくださいって言ってるじゃないですか。」
座頭市と呼ばれた青年は特に嫌がっている様子も見せずにそう言う。
年の頃は20代前半くらいか。colorsの中では珍しく、目上の者にも立場関係なく礼儀を弁えた話し方をする。
「悪かったよ、殿元。
それで、特級隷血様がこんなことでどうしたんだ?
まさかお前も呼び出しか?」
「いえ、違いますよ。
私はどこぞの先輩と違って、司令の命令に背くなんてことはしませんから。」
やんわりと皮肉を言ってくるところは相変わらずだが、そこには親しみが感じられる。どうやら峨門の命令違反はだいぶロイヤル内で広まっているらしい。
「ああ、そうかい。
どうせ俺は問題児ですよ。
ま、今日はこれから非番なんでな、帰るわ、じゃあな。」
そう言って峨門はエレベーターの方に歩き出すが、思いついたことがあり立ち止まる。
「なぁ、殿元。
お前、Blood Bankって知ってるか?」
振り返り、尋ねる。
司令室の扉に手をかけようとしていた殿元は手をひっこめて、峨門の方を向く。
眼は見えないが、少し顔色というか雰囲気が変わったように思えた。
「いえ、知りません…ね。
それがどうかしたんですか?」
「そうか、知らねえか。
いや、司令がヒントだって教えてくれてな。
俺も全く聞いたことがなかったからよ。」
「そうですか…。
すいません、力になれなくて。」
「いや、いいさ。
とりあえず調べてみるさ。
こういう手がかりがろくにないのは昔っから好きだからよ。」
峨門はそう言ってエレベーターに乗り込む。
すでに頭の中はBlood Bankのことでいっぱいである。
一体どんなやつなんだ?あるいは組織なのか?
朝呼び出しをくらった時には考えられなかったくらい、満足のいく結果に収まったことが峨門を高揚させていた。
そんな峨門を見送った殿元は、司令室にノックをして入る。
「失礼します。
どうでしたか?おもしろい人だったでしょう?」
今回、峨門を司令室に呼び出すよう持ちかけたのは殿元だった。峨門の警察で培ってきた経験や知識はロイヤルという若い組織にとって有益だと考えたからだ。
殿元は司令に尋ねるが、司令は答えない。
「ふぅ、そうですか。
クロウクローですが、ご命令通り地下牢に移しておきました。
それでは。」
そう言って殿元は礼をし、すぐに司令室を出る。
殿元が部屋を出ると、そこには少しピリピリした雰囲気が漂った。
「司令…」
副司令が話しかけようとすると、司令は椅子から立ち上がり隣の部屋に行こうとする。
「私は着替えてから向かう。
花代は先に行っていろ。」
了解しました。
そう言って副司令、早乙女花代は地下牢へと向かう。
エレベーターの中でこれから起きる出来事を考えると、決して明るい気持ちにはなれなかった。
ある程度慣れているとはいえ、やはり司令のあの姿は見るに堪えないのだ。
地下牢のある階にたどり着き、番をしている者にIDを確認してもらう。
クロウクローがいる牢は通常の牢とは少し異なり、”取調室”と呼ばれている牢だ。
その取調室まで来ると早乙女は鍵を開け、分厚く重い扉を開いた。
中はわずか7畳程度の広さで、石とアスファルトとで作られた無骨な部屋である。部屋にあるのは手足を拘束するための鎖だけだ。
取調室なんて呼ばれているが、牢屋と言った方が正しい。
早乙女が入ると、鎖に繋がれた男が俯いていた顔を上げる。
「てめえは…たしか副司令だったな、黄色い方の。」
憎々しげにそう言ったクロウクローは血の衝動に駆られているのだろう、鎖を揺らし襲いかかろうとする。
「無駄だ。
貴様程度ではこの強化金属を破れはしない。」
早乙女ももちろん血の衝動に駆られているが、この程度の相手であれば十分自分を抑えることができる。
「はっ!
てめえが俺の拷問担当か?」
「なんだ、話が早いな。
だが、残念ながら担当は私ではない。
担当は、司令だ。」
早乙女のセリフを聞いてクロウクローの顔から血の気が一斉に引く。
さすがに司令の恐ろしさについては新入りの隷血でも聞き及んでいるようだ。
「だが、貴様が素直に私の質問に答えてくれれば痛い思いはしなくてすむぞ。
どうだ?生き地獄を味わった後に地獄に落ちたくはないだろ?」
「…………。」
クロウクローは再び俯いてしまった。必死に考えているのだろう。早乙女としても、出来ればここでクロウクローが吐いてくれた方が助かる。司令の拷問の後はいろいろと面倒なのだ。
「ハハ…ハハハハ…ハーハッハッハッハ!!」
クロウクローが突然、狂ったように笑い出す。
「なんだ?なにがおかしい?」
「笑わせんなよ!てめえらのイカれ司令に拷問なんかできるもんか!
どうせすぐに殺しちまうのがオチさ!お前らは情報も得られずに終わるのさ!」
「ふぅ…。
やれやれ。貴様は分かっていないな。拷問の…colorsの拷問の意味を。」
「??」
早乙女の言ったことをクロウクローは理解できなかった。
そんなクロウクローを置いて、早乙女は牢を出る。
牢の外には司令が真っ白い死装束を着て立っていた。
「予想通りヤツは口を割りませんでした。」
「…そうか。」
それだけ呟き、司令は少し微笑んだ。その顔に早乙女は恐怖を覚える。
司令は牢の中へと入って行く。
扉が重々しい音をたてて閉じると早乙女は時間を計り出す。
5分持てばいい方か…。
この部屋を完全防音にして良かったと心底思う。人があんな声をあげることができるのかと思う程の悲鳴を聞くのはやはり堪える。
クロウクローにも少なからず同情する。あいつは分かっていなかったようだが、colorsの拷問というのはとても残酷なものだ。
もちろん拷問は残酷なものだが、通常よりも、ということだ。
何故かというと、拷問を受ける側がタフであり、鋭い感覚を持っているからだ。
普通では治らないような傷も治ってしまうため、拷問の時間は長くなり方法もより痛々しいものとなる。
そして、普段はcolorsとしてアドバンテージを持つ優れた感覚も拷問では一転して、大きな弱点となる。
colorsは視覚や聴覚などの感覚だけでなく、痛覚までも強化されるのだ。
そのため、colorsが受ける傷というのは常人が感じるものよりも数倍程度の痛みを感じるのだ。
しかも司令の拷問は容赦というものが全くない。司令はcolorsの中でも一番強い血の衝動を持つと言われている。
それは主血であろうと隷血であろうと、自分とは異なるcolorsを見た瞬間に理性が飛び、ただただ殺そうとするのだ。
そんな血の衝動に駆られた司令の拷問に耐えられた者は誰一人いない。今までも何人ものcolorsたち、そのほとんどが黒血たちだが、餌食となっている。
牢に入った司令をみて、クロウクローは戦慄する。
本来であれば血の衝動が自分を駆り立て、相手を殺そうとするのだが、そんな衝動は一切起きない。
自分の頭の中のどこかが激しく警鐘を鳴らしている。
汗が吹き出し、喉が急に渇いてきた。
「ふん。殺るならさっさと殺れよ。」
なんとか絞り出した言葉だったが、先程までの威勢はない。
すると司令はゾッとするような笑みを浮かべて右手を横に出す。
手のひらが光り、剣が現れた。
刃渡り50cm程で、鍔元が広く、そこから剣先にかけてだんだんと細くなっていくシンプルなデザインのものだ。だが、その剣の柄には孤を描いた金具のようなものがついていた。
と、そこまでクロウクローが観察をすると、突然体が左側に大きく傾いた。
「??」
なにが起きたのかわからなかったが、左腕に激しい痛みを感じる。
みると、左腕がない。
正確には左肘から先、前腕の部分が斬られている。
そのせいで、さっきまで鎖で両腕を吊るされていたのにバランスが崩れ体が傾いたのだ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
痛みと驚きのせいでクロウクローは叫ぶ。
一体いつの間に斬ったんだ?
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
腕を斬られるなんてことは今までもちろん味わったことのあることではないが、これは予想を遥かに超えた痛みだった。
「ふぅふぅふぅ…。」
荒い息遣いをしながらクロウクローは司令を睨みつける。
そんなクロウクローを司令は愛おしいものを見るような表情で眺める。
サクッ、サクッ、サクッ。
軽い音がしたと思ったらクロウクローの身体から黒い血が噴き出した。
何箇所か動脈を斬られたらしい。
クロウクローの全身を焼けるような痛みが襲う。
「ハァハァ、ハァ!」
「まだ始まったばかりだぞ?
もう元気がないのか?」
「さっさと殺せよ!
殺したくて仕方ないんだろ?」
「ふふふ。」
痛みから解放されたい一心でクロウクローは挑発するが、司令は笑いながらクロウクローの右太ももに剣を突き立て、グリグリと肉を穿る。
「ぐぅぅぅ!」
痛みを堪えようとするが、どうしても声が出てしまう。
「私が知りたいことは一つだけだ。
貴様の所属しているグループのアジトの場所はどこだ?
貴様みたいなヒヨッコが一人ということはあるまい。」
話しながら司令はクロウクローの両足に重点をおいて何度も刺した。
「ハァ…ハァ…
誰が…言うか…よ……。」
「私の質問はもうわかったかな?
後は答えるだけだから、もうその耳は要らないね。」
司令の言葉にクロウクローは泣きそうになる。
「や、やめてくれ…!!」
だが、次の瞬間クロウクローの左耳は宙に飛んだ。
「ぎゃぁぁあぁああああ!」
あまりの痛みに身体をねじりながら悶える。鎖に繋がれているせいで不快な金属音も混じる。
「まだ話す気にはならないみたいだね。
貴様はたしか爪を武器にするんだったな?
噛みつかれては敵わんからな、どれ。」
司令は右腕と両足を繋いでいる鎖をあっさりと斬る。
身体を自由にさせた意味が分からず、クロウクローは動揺したが、これはチャンスだ。痛みに朦朧としながらも、右腕の爪を伸ばし司令に攻撃しようとするが、伸びた爪を目にも止まらぬ早さで斬り落とされる。
「!?」
「遅過ぎるな。」
司令はクロウクローの右手ごと剣を地面に突き立てる。
「ゔっ!」
「…いいか?
貴様は、この後、無惨に、死ぬ、だけだ。」
司令一言一言区切りながら、右手の爪を器用に剣の切っ先で一枚一枚剥がしていく。
「ゥぅゔぅうゔ!」
赤色であればショックでもう痛みを感じないのかもしれないが、colorsであるクロウクローには十分過ぎる程痛みを感じることが出来てしまう。
「痛い、だろ?楽に、なりたい、なら、さっさと、さっきの、質問に、答える、んだな。」
右手と同じ様に今度は右足、左足の爪を一枚ずつ剥がしていく。
もう司令の死装束は黒色の血で染まりつつある。
「私も…早く貴様を殺したい。」
クロウクローの耳元でそう囁いた司令は蕩けそうな笑顔を浮かべた。
司令が取調室に入ってから6分が経ったところで、扉が再び開いた。
早乙女が敬礼して司令を迎える。
真っ黒な髪と真っ黒になった死装束に縁取られた白い顔が浮いているように見える。
そしてその表情には先程までの狂気はなく、眠たげに半目を開いている。
「いくつか場所が分かった。全てあたるぞ。
何人かそれなりのがいるみたいだし、すぐに向かう。」
「はっ!」
早乙女は再び敬礼をしてエレベーターに向かう。取調室の中を見るのは憚られた。どうせ原型をとどめていない肉塊があるだけだ。
早乙女の後に続いて歩く司令の右手に握られた剣がコンクリートの床に当たり、音を立てている。
カラカラカラ、カンッ、カラカラカラ…。