思案
日が沈みだしているのだろう。辺りは段々と闇の色を濃くしている。涼の頭はその闇に釣られるように暗くなっていった。美しい少女を目の前に
「どうして…この娘が?」
力なく呟く。
電車でコートの男が言っていたことを思い出す。
『お前のような赤色が持っていていいものではない!』
男の言葉は正確に言うと正しくはないが、正解ではある。たしかに涼がどうこうできるレベルの話ではなさそうだ。主血など手に余る。
どうする?
とりあえず早くあの雑居ビルに向かった方がいいのかな?
ここからじゃまだ距離はあるけど、タクシーでも捕まえて。いや、この娘を連れてたら怪しまれるかな…
最悪そこらへんの車を拝借させていただくしかない…。
あまりここでノンビリもしていられない。おそらくロイヤルがもうすぐ駆けつけるだろう。
その時、ピリリと電話が鳴った。
着信画面を確認すると伊織からだった。
「もしもし?」
「あ、涼くん?よかった!今どこ?無事なんだよね?ね?荷物は?」
いつもの伊織とは違い、かなり慌てているようだ。
「えーと、無事ではないけどとりあえずは大丈夫かな。荷物も…うんまぁ、無事。」
「そっかぁ…。よかったぁ…。」
伊織は心底ホッとしたように息をついている。
いやまだ全然解決している状態じゃないんですけど…。
「今ね、あの雑居ビルの近くに来てるんだけど、ビルが爆発して酷い騒ぎになっているのさ。
携帯ニュース見たら電車の衝突事故とか載ってるし、涼くんが巻き込まれてるんじゃないかと思ってさ。」
ビルが…爆発?
じゃあもしあのまま電車で向かっていたらそれに巻き込まれていた可能性もあったってこと…?
なんだそれ。今までの仕事の中でもトップクラスでヤバイじゃないか。
唖然とした涼がなにも言わないでいると
「もしもーし?涼くん、聞いてる?
もしもーし?」
「あ、うん。聞いてるよ。」
「よし。とりあえず依頼主とも連絡とれないしさ、何処かで一回落ち合おうよ。荷物はちゃ〜んと持ってくるんだからね?
場所は…そうだね、極楽寺さんのとこにしよう!」
「わかった。なんとかして向かうよ。」
プツッと音がして電話が切れる。
涼は驚きすぎて、なんと言っていいのかわからない。予想以上の事態に頭が考えることを拒否している。伊織との電話はかろうじて受け答えができたが、自分でものを考えられる状態ではない。
こんな状態で外にいるのはやばい。とりあえず極楽寺さんのとこまでいくんだ。けど、どうやって行こうかな、あの娘もなんとかして運ばないと…。
キャリーケースの方を振り返った涼は驚いて思わず声をあげてしまった。
四条瑠姫が上体を起こし、ぼ〜とこちらを見ていた。
「大丈夫!?」駆け寄り声をかける。
「…あな…たは?」
「俺は涼。訳あって君をキャリーケースにいれて運んでたんだけど、ちょっとトラブってね。悪いけど一緒に来てくれるかな?」
自分でもめちゃくちゃなことを言っているのは分かっていたが、今は思考が上手く回転していないので仕方がない。いや、正常な状態でも、このシチュエーションで初対面の女の子を説得だなんて出来るわけがないが。
「あなたは…黄血なの?」
涼の左肩の傷を見て瑠姫はと静かに問いかける。
こんな時だというのにやけに落ち着いた口調である。
「んーと…そうだよ。いちおうね。」
「本当に…?
それなら…何故、私はあなたを殺したくならないのかしら?」
先程と変わらずに静かに問いかける。
その質問の意図が一瞬、涼には理解出来なかったが、ああそうかとすぐに合点がいく。
「えーと…そこらへんも一緒に来てくれれば説明できるかな。
なんにせよ、ここは危険だ。上で殺り合ったばかりだし…いつまたアイツが来るともわからないし。」
「…わかったわ。」
え?ほんとに?
青天の霹靂だったが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
瑠姫は立ち上がったがそこから動かずにいた。なんだか困っているようだ。
「…?」
近寄ってみると動かない理由がわかった。靴がないのだ。
「えーと、嫌じゃなければ?」
そう言って涼は背中を向けてしゃがんだ。
「な、なんの真似ですか!?」
瑠姫はさっきまでのトーンとはうって変わって慌てたように声を上げた。
「え?!いやおんぶをしようと思っただけだけど…」
「そ、そうですか…。
この場合は…やむを得ないですね。」
瑠姫はおずおずと身体を涼の背中に預けてきた。
え…?
瑠姫の身体はびっくりするほど軽かった。そういえばキャリーケースも大きさの割に軽かったな…。とそこまで考えたところで涼は急に背筋が寒くなる。
あの時…あの男の攻撃をケースで防いだ時…もしあたりどころが悪ければ彼女は死んでしまっていたかもしれない。
中身を知らなかったとはいえ、とんでもないことをしでかすところだった。
こんなことに巻き込まれて、ツイてないと思っていたが、とことん運に見放されているわけではないようだ。そう思うと涼の身体にも少し力が戻ってきた。
証拠を残していくわけにもいかず、キャリーケースも持っていく。
木立を抜けると住宅地に出た。時間帯のためかどこの家も台所に電気が着き、いい匂いが周りに漂っている。
少し先に大通りが見えるので、そこまで行けばタクシーはおそらく見つかるだろう。だが、瑠姫を連れている涼のことを乗せてくれるかは、かなり怪しい。それに靴も履いてないし
もし仮に乗せてくれたとしても行き先が後々バレる可能性が高い。
そうなると…。
涼が周りを見渡すと、1台路肩に停められた車があった。
ごめんなさい。
と心の中で謝りながら、車に右手をかざす。
瑠姫はそれを黙って見ている。バチッと音がすると車のロックが開いた。
運転手席側から瑠姫を乗せて、涼自身も素早く乗り込む。
キーの差込部分を少しいじり、エンジンをかける。
ガソリンも十分に入っているようで、これなら寄り道しないで済むなと安心する。
大通りに出て少しすると、渋滞にはまってしまった。おそらく電車の事故とビルの爆発のせいで交通規制がかかっているのだろう。
車に乗り込んでから瑠姫は一言も喋らない。沈黙が重く、ラジオでもつけようかと考えていると
「雷を使うのですね。」
質問というよりは確認といった感じで瑠姫は呟く。黄血であることを確かめたということか。
「うん、まぁね。今の時代、電気は生活の中心にあるからね。重宝しているよ。」
この後のレスポンスはなく、また沈黙が訪れる。
えー!?今のは普通会話が始まるところだろ!?
内心ツッコミを入れながらチラリと瑠姫の方を伺う。
その顔は本当に綺麗で人形の様だった。先程まで瞼に隠れていた瞳は澄んだ蒼色をしていた。
そこまで確認すると素早く視線を前に戻す。
…たしか15歳くらいって言ったっけ?ずいぶんと落ち着いた雰囲気だよなー。子供っ気が一切ないし。
親御さんとかはどうしてるんだろ?
車は一向に進まず、周りのドライバー達がイライラしているのが車の中にいても伝わってくる。
変わらない景色に涼も嫌気がさし始めていた。視線を右にずらすとそこには靴屋があり、そのショーウィンドウに飾られた華奢なデザインのヒールに目が止まる。
涼は迷わず車を降りて、その店へと向かう。後続の車たちからはもちろん、クラクション、もといブーイングの嵐だが、無視する。
店に入り、店員を捕まえる。
サイズを確認すると、財布から数枚のお札を取り出し店員に渡す。
「これで足りますか?」
店員は驚きつつもうなづく。
「じゃあお釣りはいりませんので!」そう言って涼はショーウィンドウにあった靴をそのまま持って車へと戻る。
すぐ後ろの車のお兄さんが殺気を向けてきたが気にしない、気にしない。
車は1mも進んじゃいないんだから。
そう自分に言い聞かせて車に戻ると
「あなたは一体なにをしているんですか?」
非常識な新人に呆れた上司のような口調で瑠姫は涼を責める。
「えーと、ほら!これ!
たぶんサイズ合うと思うんだけど。」
瑠姫にヒールを差し出すと瑠姫は驚いた。
「え?このために?」
俺が車から出た後の行動には注目していなかったらしい。気にしろよ!
「…ピッタリ…。」
ヒールを履いた瑠姫は満足した様子もなく、呟く。
「そっか。よかった。
やっぱりそれくらいだと思ったんだよねー。」
「やっぱり…?」
疑るような目線を感じた涼は慌てて話題を変えた。タイミングよく車も流れだしたので、
「あと15分くらいで着くよ。今からいくところは情報屋をしてる人のお店。信用できる場所だから大丈夫だよ。」
それからはまた沈黙が車内を支配したが、幸い渋滞を一度抜けるとするすると進んだ。
極楽寺さんのバーは大通りから一本奥に入ったところにある。立ち看板も道に出していないので、安い大衆居酒屋が並ぶ通りの中では目立たず、ひっそりとしている。正直、怪しさ満点で一見さんはまず入ってこない。
極楽寺さんは昔から物騒な業界の情報屋兼仲介屋をしていて、伊織の師匠に当たる人だ。顔は昔のアニメに出てくる悪い魔女みたいだが、伊織と違ってすごく優しいし、無茶はさせない。
一体何を習ったんだか聞きたいくらいである。
バーの扉にはcloseの看板がかかっていたのでノックをする。
すると中から誰だい?と極楽寺さんの声が聞こえた。
「涼です。伊織が来てると思うんですけど。」
言い終わるか終わらないうちに扉が開いた。極楽寺さんが目の前におり、カウンターには伊織が座っているのが見えた。
涼の後ろから顔を出している瑠姫を認めると、伊織はこっちへ叫びながら駆け寄ってきた。
「あーーーー!!よかったー!
生きてたんだねーー!」
そう言って抱きつこうとしたのだが、瑠姫が涼で盾をする。
「「いたっ!」」
それなりのスピードだったので軽い衝撃を感じた後、伊織の酒の匂いに気づく。こいつ、こんなに心配してたくせに酒飲んでたのかよ…。
もはや呆れてモノも言えない。
「っていうか、生きてたんだねって…
伊織、ケースの中身が四条瑠姫だって知ってたの!?
中身もわかんないし、依頼人もハッキリしないって!」
「え?あったりまえジャーン!
この私がよくわからない依頼人なんかを相手にすると思った?
師匠である極楽寺さんの前で失礼だゾ!」
舌を出しながら偉そうにのたまう伊織を見てさすがに涼も怒りそうになったが
「まぁまぁ。とりあえず状況の整理しないとまずいでしょ?涼くんはなに飲むの?瑠姫ちゃんは?」
極楽寺さんの一言にまとめられてしまう。
涼、伊織、瑠姫はカウンターがついたところで涼は伊織と駅と別れてからのことを話す。
爪を扱うcolorsに肩を突かれた件になるとになると極楽寺さんは
「ちょっと肩をみせてみな。」
と言って涼の肩をみる。
「うーん。傷はそれぞれ小さいけど、傷と傷との間が狭いわね。治りにくい傷だからしっかりと処置しとかないとね。」
「あー極楽寺さんは優しいわー
どっかの誰かと違って」
伊織を見ながら皮肉るが伊織は酒を飲んでばかりいる。
こいつ、本当にコトの深刻さを分かってるのかな?
「そのcolorsはクロウクローだね。最近能力を手にいれたヤツで、今いろいろと話題に登ってくることが多いんだよ。なかなか手際がいいみたいらしくてさ。」
酔ってはいてもさすがは仲介屋兼情報屋だな。
涼が感心していたが、伊織は話し続ける。
「厄介だね。正直黒血たちがここまですぐに瑠姫ちゃんを追ってくるとは思ってなかったからさ。今の状態じゃ瑠姫ちゃんを守り続けるのはかなり厳しいよ。」
「伊織、結局今回の依頼主は誰なの?」
「んー」
瑠姫の方を伺いながら言葉を濁すが、瑠姫は全く反応しないので続ける。
「依頼主はクロドアだよ。涼くんも聞いたことあるでしょ?」
「クロドア…たしか忠犬と呼ばれる青血の隷血だったよね?クロドアは今どこにいるの?」
「黒血の隷血たちと交戦中だよ、きっと。先日あった大きな騒動は青血と黒血の全面対決だったんだよ。両主血が出る程の規模だったから被害はすごかった。ニュースでみたでしょ?今だに収拾がついてなくて、主の元に来れないんだね。」
それで涼たちに依頼が来たのか…。
やっと合点がいった。
正直たまったもんじゃないが、すぐ横に座る女の子をみると不満を口に出すわけにもいかない。
どうにか守り抜きたいが…
「もう分かってると思うけど、涼くん、能力の出し惜しみはナシだからね。普段はなんとかなるから大目に見てるけどさ、今回はそうはいかないから。
なんとしても瑠姫ちゃんを守らなきゃ。黒血に渡すわけにはいかないもの。」
涼には分かっていたことだが、改めて言われると緊張感があった。
瑠姫の前でなんと言っていいかわからずに黙っていると、瑠姫が口を開く。
「…やはりあなたはcolorsなのですね?
なら何故血の衝動が起きないのか。その理由を教えてくれますか?」
さっき木立でされた質問の続きだ。
血の衝動とは、colors自身と異なる色をしたcolorsと遭遇した際に、血液中の染血細胞が活性化し、相手を殺そうとする衝動のことだ。この衝動に関しては経験を積めば、ある程度抑えることは可能だが、完全に衝動をなくすことは不可能だと言われている。酷いものでは、見た瞬間に襲いかかるほどだ。
通常の人間がストレスなどに耐えることを例にすると分かりやすいかもしれないが、その精神的負担は埋められない差がある。
「……実は俺にも分からないんだ。でも何故かcolorsは俺を見ても血の衝動を感じないらしい。だからいつも赤色だと勘違いされるんだ。助かってるけど。
さっきはついてきてほしかったからウソついちゃったね、ゴメン。」
てっきり怒られるかと思って身構えていたが、瑠姫は何も言わずに紅茶を飲んだだけだった。
「とりあえずはクロウクローをなんとかしないとね。
どう、涼くん?
さっき闘った感覚から勝てそう?」
当然、先程能力の出し惜しみはするなと言われた時からこうなるのは分かっていたが、正直colorsと、しかも黒血となど正面から闘いたくなどなかった。
「んー電車の中でのことだったからな、わかんないよ。あっちも俺のことは赤色だと思ってたから油断してたし。」
なんとか闘わない方向に持っていきたいが故の発言だったが、あながち嘘ではない。実際クロウクローが最初から涼のことをcolorsと認識していたら、もっと苦戦していたはずだ。
「そうか…そうだよね。」
伊織はそれきり黙り込んでしまう。
極楽寺さんは知恵を貸す気がないのかさっきからグラスを磨いているだけだ。
瑠姫も瑠姫で何を考えているのか全くわからない。キミのことで頭を悩ましているんだけどな!
「あーダメ!なんも浮かんでこない…」
時間は少し遡り、涼とクロウクローが交戦した車両ではロイヤルによる現場検証が行われていた。
ロイヤルとは対colors専用の国家機関であり、緑血と黄血で構成されている。星降りの夜からわずか1年後に発足し、今では警察の上位組織となっている。
「峨門さん。お疲れ様です。」
そう言って出迎えたのは今年入ってきたばかりの新米、伊良原公人だ。
月に一度あるかないかの非番の日に呼び出された峨門はどうにも仕事モードになれない。
「あぁ。ご苦労さん。んで、車両を斬ったバカってのはどこにいるんだ?」
「いえ、犯人と思しきcolorsは我々が到着した時には既に逃走していました。ですが車両内に血痕が残っておりましたので色はわかっています。
犯人は黒血です。斬った跡をみると恐らくですが、クロウクローと呼ばれている黒血かと思われます。」
クロウクロー…最近よく聞く名だ。ところ構わず力を使うもんだから、大きな騒ぎになっていることが多い。
たしかにそろそろ捕まえときたいとは峨門も考えていたが、ここまで検証が済んでいるのなら、非番の峨門をわざわざ呼び出す必要はなかったように思う。
改めて伊良原をみると、そわそわしていて落ち着きがない。
「どうした?クソ真面目なお前がそんな風にして。言いたいことがあるならいつもみたいに言えばいいじゃねえか。」
「はい…実はですね…
見つかった血痕は黒血のものだけではなかったんです。二つの血痕があったんです。」
なるほど、そういうことか。
峨門は合点がいく。クロウクローだけなら伊良原だけでも十分対応出来ただろうが、colors同士の揉め事となるとまだ荷が重い。わざわざ引っ張り出されるわけだ。
「それで、もう一つは何色だったんだ?まさか赤色なんて言わないよな?」
大方、先日あった黒血と青血との騒動の続きだろうと踏んで冗談を飛ばすと
「いえ…それが…実は黄血でして…。」
「!?
どういうことだ?
現場をみせろ」
自分自身の声が厳しく鋭くなったことを自覚しながら峨門は伊良原に指示する。
「はい。どうぞ、こちらです。」
問題の車両まで来ると車両連結部は綺麗に切断されていて、反対側は電車の衝突で激しくゆがんでいる上にほぼ全ての窓ガラスが割れている。
一体どれだけの出来事が重なればこんなにひどくなるというのだろう?
切断された連結部から入ると、まず、血の匂いに気付く。
「こいつはひでえな…。」
現場検証が入り、多少の機材などはあるものの死体などはそのままにしてある。
先ほどクロウクローに殺された男二人の死体をみて峨門は手を合わせる。
そしてその死体の向こう側、車両の奥の座席がゆがんでいる場所があり、床には黒い血飛んでいることを確認する。
「どうやらクロウクローは窓の外から攻撃を受けて座席に叩きつけられたと思われます。その際に攻撃を受けるだけでなく、相手のcolorsにも一太刀いれていたようで、ここに…」
伊良原はしゃがんでゆがんだ座席のすぐ下に黄色い血が数滴あることを示す。先に攻撃を仕掛けたが、仕留めきれず、逆に決定打を食らったのか…。峨門はその時の状況を想像するが、あまりうまくイメージできない。
「…そして折れた爪と銃弾が落ちていました。」
袋に入った爪と銃弾を差し出しながら、これが一番納得いきませんといった感じで伊良原は報告した。
これにはさすがの峨門も驚いた。
「銃弾だと?こりゃただの銃弾じゃねえか。これで黒血の爪を折ったって言うのか?」
あり得ない。黄血は緑血と同様にその能力として、武器を創り出す。その武器はこの世の物質ではないし、永久的に存続しない。銃を創り出す能力者も大勢いるが、どの能力者の銃弾も攻撃が終わり、役目を果たすと消えてしまう。
それにこの銃弾はどう見ても普通の、鉄で出来た銃弾だ。こんなものでは魔力を纏った爪を折るどころか、傷つけることもできないはずだ。
自分の武器を使わずに、能力だけを利用して攻撃したのか?いや面倒なだけでなく物的証拠が残るようなやり方をわざわざする意味がわからない。
そもそも現在存在する全ての黄血がロイヤルに所属しているというのに、何故この黄血はいまだになんの報告も入れてこない?
峨門が考えていると、伊良原がおずおずと話しかける。
「峨門さん、実は今回の事件で唯一目撃者がおりまして。」
「なに?!
それならそうと早く言え、馬鹿野郎!」
目撃者がいるなら黄血の正体もすぐにわかる。
さすがにこの現場で話を聴くことはできないので、一旦車両を降りて、その目撃者のところへ向かう。それにしても現場が現場なだけあって、捜査がしづらい。丁度小さな山沿いを登ってくるところだったのでスペースはないし、衝突した電車の処理も済んでいない。こりゃまた徹夜続きだな…ガックリと肩を落としていると目撃者がいる場所につく。
「目撃者の山中悟さんです。
現在大学1年生。電車には大学の授業が終わって自宅に帰るために乗車していたそうです。」
簡潔に伊良原が説明すると峨門は目撃者の青年を見る。ヘッドホンを首から下げて、格好もなんだかロックな雰囲気だ。だが、その表情はロックからはかけ離れていてひどく暗い。
「山中くんよ、もう何度も訊かれて、うんざりだろうけど、もっかい話をきかせてくれ。」
峨門が出来るだけ優しいトーンで話しかけると山中は黙って頷く。
「電車ん中でどんなことがあったんだ?」
山中は暗い顔していたが、思ったよりもしっかりとした口調で話し始めた。
「俺…電車に乗って帰る途中だったんす。電車ん中では音楽聴きながら、バイトどうしようかなぁとか考え事してたんす。んで、窓の外みたら人が飛んできて、窓ガラス割って電車ん中入ってきて…他の乗客も驚いてて、俺は外から飛び込んできたって叫んでたと思います、たしか。
え?乗客が何人いたかって?あんまり覚えてないですけど、3,4人くらいだと思います。ガラガラだったんで。
あ、飛び込んできた男は黒い長いコートきてました。
んで、そいつが後ろ振り返ったと思ったら、なんか腕振りまして…気づいたら車両が切り離されてて、どんどんスピードが落ちていって、とまりました。
そん時になって、もしかしたらこいつがcolorsってヤツかって思ったら、急に怖くなってきて…
もう無我夢中で車両から逃げました。なんかされるんじゃないかと思ったんすけど、なんもされなくて…
車両出てからはもう必死で逃げました。でもその後は誰も電車から出てこなくて…怖くてひたすら走って近くの駅に着いたとこで駅員さんに助けてもらったんす…。」
一通り話し終えると、山中はまたその時の恐怖を思い出したのか、青い顔になって俯いた。
「そうか…大変だったな。命があってなによりだ。
それでよ、乗客のことで他に覚えてることはねえか?その黒いコート着た男が喋った内容でもいい。」
「えっと…コートの男はなんか言ってたんですけど、あん時は俺パニクってて覚えてません、すんません。
でも、乗客で一人印象に残ってる人が一人…一番奥の方にいたと思うんですけど、デカイスーツケース持ってた、そう、俺より少し年上くらいの。」
「そうか。なんでその男が印象に残ってるんだ?」
「男が飛び込んできた時に他の乗客は騒いでたり、驚いてたりしたんですけど、そいつだけは…なんていうか身構えてるみたいな感じで落ち着いてて…それが変な感じだったんで覚えてます。って言っても顔とかまではわかんないです。髪は黒かったとは思いますけど…」
「そうか、ありがとな。」
ここで峨門は事情聴取をやめてその場を離れる。
目撃者がいたのに伊良原が出し惜しみをした理由が分かった。そこまで有効な情報を持っていなかったためだろう。
黄血の正体は謎なままだ…。
クソ!
峨門は頭を抱えた。