白雪姫と物言わぬ鏡・4
「もうね、すっごい素敵だったの!かっこよかったの!!」
朝のざわめく教室にまぎれた私の声。廊下側一番後ろという私と同じくなんともラッキーな席を引き当て同じくエンジョイしている由香里を真ん中に、私たち5人は集まっていた。予鈴は既に鳴っているが、私たちの担任は本鈴がなるまでは教室に来ない。なので私たちも他のクラスメイトも席に戻る気配はなかった。
「もうホントに素敵!!織田裕二とレオナルド・ディカプリオとウォンビンを足して3で割ってみましたって感じ!!」
「滅茶苦茶な組み合わせね・・・」
「年齢も国籍もバラバラ」
「イメージできないね・・・」
私の言葉に由香里はため息をつき、残りの3人は絶妙なコンビネーションでそれぞれコメントを発すた。先の二人は呆れ、ラストの絵美だけは苦笑交じりだった。
けれども私はそんなこともお構いなしだった。とにかく昨日からテンションは上がりっぱなし。由香里は私を止めることを放棄し、野放し状態の私は3人にひたすら事細かに昨日の出来事を説明し始めた。
「こんにちは」
さわやか度100%の笑顔ととろけるような甘い声、部屋に入ってきたのはすらりとした長身のとにかくモデルのようにかっこいい人だった。思わず見入ってしまい、「こんにちはー」と愛想よく挨拶を返す由香里と対照的に私は挨拶するタイミングを逃してしまった。
「初めまして。二人のチューターを担当します。柏です」
限りなくさわやかに自己紹介をして柏さんは私たち二人の前に座った。手に持っていたブルーのファイルを机に置いて、その上で彼は手を組み合わせる。そんな一連の動作さえもまるで決められていた動作のように完璧で見とれてしまった。やがて私たちも順に名前を告げると、柏さんは私たちに好きな質問をすることを許した。早速私は質問すた。
「柏さんは大学生ですか?」
「うん。この近くにある大学の三年。ちなみに経済学部ね」
「大学の名前は?」
「それは秘密。あんまり簡単に教えるなって塾長に言われてるんだ」
「得意科目は?」
「数学・・と言いたいところだけど実は英語。経済学部っつっても普通のとちょっと違って国際専門コースだから」
「好きなアーティストとかいますか?」
「今も昔もB'zが好きだね。あと洋楽もよく聞くよ」
「趣味は?」
「映画見たり、あとバスケ。見るのもやるのも両方好きだな」
「それで現在彼女はいますか?」
「今のところはフリーだね」
矢継ぎ早の私の質問に、柏さんは嫌な顔せずひとつひとつ答えてくれた。その間、由香里は私の隣で完全に呆れていた。けれど私はそんなこと気にせず、とになく柏さんに話しかけた。挨拶をし損ねた分を埋め合わせようとするかのようにとにかく質問をし続けた。
「はい、ストップ。そろそろ質問タイムは終わりにしていいかな」
私の勢いに笑いながら、柏さんは時計を見て待ったをかけた。由香里が小さく「すみません、この子限度ってものがなくて・・・」とまるで母親のように謝るので私が抗議の声をあげると、「まるで漫才コンビみたいだな」と柏さんは更に笑った。そして机の上に置いていたファイルから何枚か資料をだして、私たちに渡した。
塾のシステムなどは既に女性スタッフから聞いていたので、やることといえば渡された資料を見ながら最低限の確認をすることだった。塾のスケジュールの組み方や毎月行われるテストのことなど、依然聞いたものを再び柏さんが説明する間、私は普段の学校の授業の数十倍は真剣に話を聞いていたと思う。
確認が終わるとそれ以上特にやることもなく、さっさと授業に行くことになった。3人一緒に立ち上がり部屋を出ようとすると、柏さんは最後に私たち二人を見てもう一度にこりと笑顔を作った。
「授業形態が学校とは全然違うから最初は眠くなったりもするだろうけど、そのうち慣れるから。授業でわからないとこがあったらなんでも聞いて。・・・できれば英語だけがいいんだけどね」
悪戯っぽく笑って付け加え、私たちを部屋の外へと促した。もう一度「頑張ってね」という声を受けて、私たち二人はそれぞれ授業を受けるブースへ向かった。
そしてその帰り道、私はひたすら柏さんについて由香里に語り続けていた。彼女によると私は一目惚れの脅威を延々と話し続けていたという。テンションがあがりすぎて自分ではあまり覚えていないのだが。
そして現在にいたる。
私は壁に寄りかかってひたすら昨日の出来事を説明し、座っている由香里を挟んで話を聞いている3人はまさに昨日の由香里の二の舞を踏んでいた。由香里は「耳にタコができる」なんて言って完全に私をシカト状態。けれども話しているうちに昨日のテンションが戻ってきた私は、由香里の冷ややかな反応と3人の呆れた顔や苦笑する表情が同時に驚きと怖れと焦りに変わったことに気づかなかった。
気づくべきだった。
私の寄りかかっている壁の後ろは廊下、おまけに私のすぐ横で教室のドアが開け放されていたことに。
テンションのあがった私の声が廊下に筒抜け状態だということに。
・・・感情の読みとれない表情のまま、孝也がそこに立っていることに。
「・・・千晶。千晶!」
うろたえるような声で絵美が私を呼び、ようやく私は話をやめ我に返った。全員の表情が変わり、私と私の横を交互に見つめたことに気づき私も振り返ってみた。テンションが一気に下がって、体から熱が退いていく。
「・・・孝也」
私の呟きが聞こえたのか聞こえなかったのか。孝也は無言でその場を立ち去った。鞄を持ったままの孝也は登校してきてたまたま通りかかっただけなのだろうか。それとも私に用があって朝一番にこの教室を覗いたのだろうか。今となってはもうわからなかった。
どこから聞かれていたのだろう。いや、おそらくそんなことは考えても仕方ないだろう。先ほどまでの自分を思い返してみると、どこから聞かれても状況はよくならないと感じた。孝也のことを完全に忘れ、ひたすら柏さんを賛美する言葉しか発していなかったのだから。
でも後悔と同時に、イライラとした別の感情も沸きあがってきた。一週間以上連絡もなし、あの夜の喧嘩のフォローもしてくれなくて、どうして今更突然教室に来たりしたんだろう。いや、たまたま通りかかっただけなのかもしれないけれど、そうだとしてもどうしてなにも言わずに言ってしまったのだろう。私の話が聞こえていたのなら、怒りでも嫉妬でも呆れでもなんでもいいから反応を示してほしかった。全く無関心のような孝也のあの背中が、どんな反応よりもむかついて、それでいて辛かった。
「追いかけたほうがいいんじゃない?」
先ほどとはうって変わって真剣な顔になっている由香里が私に言う。でも私は動かなかった。いつだって追いかけるばかりなんて、もう嫌だ。
「・・・いい。別に今更」
明らかに意地を張っている私の表情と声に、全員が途方にくれたような表情を見せる。絵美が沈黙を破ろうとしたまさにそのとき、チャイムが鳴り、ぴったりのタイミングで担任教師が教室に入ってきた。
「早く席に戻ろう」
それだけ言って、私は由香里の席から直線距離にして一番遠い窓際一番後ろの席へ向かった。