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白雪姫と物言わぬ鏡・3


 ー鏡よ鏡、この世で一番美しいのはだあれ?


 ーそれは、白雪姫でございます。


 

 魔女は魔法の鏡に問い、鏡は彼女に真実を告げた。


 けれども、私の問いには応えてくれない。


 

 ー彼の気持ちを、私には教えてくれないー



 

 「・・・・ムカつく」

 教室が女の子の笑い声で満たされるランチタイム。仲の良いグループ5人での食事中に、不満いっぱいの声で呟いた私の言葉は一斉に彼女達の視線を集めた。自分達の会話について文句を言われたと思ったのか、由香里以外の3人は訝しげな表情になっている。

 唯一事情をわかっている由香里が、4人を代表して私に聞いた。予想はついているだろうが、一応私に理由を確認する。

 「・・・何が?」

 「・・・・・・孝也」

 ああ、とかなんだ、とかそんな呟きが3人の間から漏れる。とりあえず自分達に向けられた言葉ではないことに安堵したらしい。由香里はやっぱりね、という表情でため息をつく。

 なんだかイマイチ相手にされていない気分になった私は、手にしていた箸をおいて4人に向かって叫んだ。

 「あの電話から一週間、一度も連絡ないの!メールの一通でも送ってくれればいいのにそれすらも!!いくら忙しいって言っても合間にメールくらい打てるでしょ!?明らかに故意でシカトしてるとしか思えない!!」

 「だったら自分からメールしてみればいいじゃない」

私の愚痴に、絵美が律儀に答えた。(彼女はこのグループ内唯一のA型らしいA型人間だ。)他の3人は聞いているのかいないのか、黙々と食事を再開している。私は真剣に取り合ってくれない3人一瞥してから、絵美に向き直った。

 「それは嫌。私が負けを認めたみたいじゃん」

 「でもそんなに気になってるなら自分からメールするしかないじゃない」

絵美が言っていることは至極まともだ。誰だって考えなくてもわかる。私だってそのくらいわかっていた。けれども、意地っ張りな私はどうしてもそれができなかった。いつまで待っても連絡をくれない。さらにたまたまなのかそれとも孝也が故意にやっているのかはわからないが、校内ですれ違うことすらなかった。

 

 「てゆーか、千晶が自分でもっと良い人見つけるって啖呵切ったんでしょ?だから連絡ないんじゃない?」

 絵美の言葉に何も答えられなくなっていた私に、由香里が言った。

 「そんなこと言ったの?」

 「それじゃあ連絡もないわねぇ」

先ほどまで私の話に反応を示さなかった二人が由香里の言葉に頷く。さらに絵美までも二人に同意し、哀れむような呆れたような視線を私に向けてきた。

 ・・・・我ながら、薄情な友達を持ったものだ。


 

 昼休みも終わり、クラスがうとうととした空気に包まれる五時間目の数学。窓際後ろのラッキーな席に座っている私は、悔しいくらいに晴れ渡った空を除き見ていた。もちろん、教師の話は右から左へと抜けていく。


 考えてみれば、私は孝也に一度もはっきりと「好きだ」と言われたことがない。メールで私が告白したときも、彼は「いいよ。」と答えただけではっきりとした「好き」という気持ちは聞いていないのだ。付き合い始めてからも、孝也は感情表現が得意ではないらしくはっきりとした気持ちを聞かせてくれたことはない。

 

 ・・・・・私ばっかり好きみたいじゃん・・・。



 毎晩毎晩、ベッドの上に放り投げた携帯を事あるごとに覗く。メールがきていないことがわかっていても、やっぱり見てしまう。そして変わりない液晶画面を見てため息をつくのだ。受信トレイには孝也の名前ではなく友達の名前だけが並んでいく。


 孝也は気づいてるのかな。私が携帯を見るたびに、こんなに切ない気持ちになっているなんて。

 多分気づいてないか。気づいてるならメールぐらい送ってくれてもいいじゃない。


 ふと、白雪姫を思い出した。

白雪姫に出てくる魔女が持つ、魔法の鏡。どんな質問にも真実を答えてくれる、あの鏡が欲しいと思った。だって、そうすれば孝也の本当の気持ちだってわかるかもしれないのに。

 どんなに願っても手に入らないものだとわかっている。所詮私の手の中にあるのは、聞きたい言葉の一つも運んできてくれない役立たずの機械だけ。どんなにこれに向かって問うてみても、誰も答えをくれはしない。


 考えれば考えるほど、気持ちは落ち込んできた。午後の日差しは暖かく、教師の声はすでに子守唄に近い。

ネガティブに走っていく思考を頭の隅に押しやり、私は眠りにつくことにきめた。



 

 「見事なまでの爆睡ぶりね・・・・。おはよう」

 帰る準備を万端に整えた由香里が呆れたように私のもとへきた。

 結局5時間目の授業の途中から眠り始めた私はそのまま6時間目まで見事に寝てしまった。6時間目の日本史の担当は生徒にとことん無関心な教師で、休み時間から継続で眠っている私にも全く注意を払わなかったらしい。おかげで6時間目終了のチャイムが聞こえたとき、私はてっきり5時間目が終了したものだとばかり思っていた。

 「自分でもびっくりしたよ。こんなに寝るつもりじゃなかったんだけど」

 夏休み前最後の授業がある週くらいまともに起きていようと思った決意はどこにいったのか。もとよりあんな言葉は電話口でとっさに思いついたものでしかないのだけれど。


 椅子から立ち上がって伸びをして、私も帰る準備を始めた。すると、掃除用の箒を片手に持った絵美が私たちに近づいてきた。

 「そういえば、今日から二人塾なんだって?」

 私たちは二人は頷いた。

 「そうそう。一昨日体験行ってね。まあ簡単にシステムとか説明されて一回授業受けただけなんだけど、結構雰囲気とかよくてとりあえずはじめてみることにしたんだ」

 由香里が興味津々といった感じの絵美に説明した。

 「へえ〜。でもDVDで授業ってどうやるの?」

 「部屋がブースに仕切られてて、そこに机とパソコンがあるの。んで、ヘッドフォンつけてそれぞれDVDに映ってる先生の授業を聞きながら進めていくって感じかな」

絵美の質問に、今度は私が答えた。

 「なるほど。なんか面白そうだね。でもわかんないとことかあったらどうするの?DVDじゃ聞けないし」

更に疑問を投げかけてくる絵美。しかし答えようとした私の口は開いたまま一瞬停止し、「・・・どうするんだっけ?」となんとも間抜けな言葉が出てきた。そんな私に呆れてため息をついた由香里が私の代わりに説明する。

 「ちゃんとチューターって呼ばれる人たちがいるの。まあバイトでやってる人とかも多いらしいんだけど。ちゃんと勉強できる人たちを選んでるらしいからその人たちに聞けば教えてくれるんだって」

 「あ、そうそう。そんな人たちがいるんだっけ」

 「・・・千晶、あんた話聞いてなかったの?」

 「あははー」

私と由香里のやり取りに、絵美はくすくすと笑った。話は聞いていたはずだけれど、私の記憶力が曖昧なのはいつものことだ。呆れている由香里も笑っている絵美もちゃんとそれを承知している。

 

 「それじゃあ頑張ってね」

にっこりと笑って言った絵美に二人で笑みを返して、私たちは教室を出た。



 学校近くの駅から電車に乗って新宿まで出た。地下鉄の東口から地上に出て、少し歩けばそこに私たちの塾はあった。

さほど大きくはないけれど小奇麗なビルの一階から三階がこの塾のフロアだ。自動ドアをくぐりぬけて中に入ると、事務作業をしているスタッフのお姉さんやチューターの人たちが顔を上げた。「こんにちわー」とにぎやかな挨拶に迎えられる。

 中に入り、由香里が事務のデスク前からスタッフに声をかけた。

 

 「こんにちわ。今日から入塾することになった橘と本城ですけど・・・」

 「あ、はい。ではこちらに来てください。最初にチューターをご紹介しますから」

明るい笑顔と声で、そう言われ、奥の小さな部屋に案内された。少し大きめの机と椅子が五つ。壁にはホワイトボードがかかっている。チューターが時々ここで生徒に説明するのだろうと思った。

 「すぐに担当の者が来ますので、少しお待ちください」

そう言ってスタッフのお姉さんは出て行った。


 「チューターの紹介って?」

お姉さんが出て行ったのを確認してから、私は由香里に聞いた。由香里は私を見て少し驚いたような表情を見せた。

 「って、あんたそれも覚えてないの?説明されたじゃん」

 「・・・・そうだっけ?」

本格的に私の記憶力はやばいのかもしれない。塾に入るより記憶術でもはじめたほうがいいかも。

 「教えてもらうのは誰にでも聞けるけど、それとは別に生徒にそれぞれ担当のチューターが一人つくのよ。月に一回塾で受けるテストとかの結果を見て、私たちにアドバイスしてくれる人が。で、私たちは一緒に入ったから二人に一人、担当のチューターさんがつくって言われたじゃん」

 「へえ〜」

 「へえ〜ってあんたね・・・」

やれやれと言った感じの由香里に私は笑ってごまかすしかなかった。ん〜見事に記憶にないわ。


 

 由香里の説明を聞いた後、どんな人が来るのかと期待と不安が半分ずつ入り混じった感情が込み上げてきた。とりあえず、話しやすくて優しい人がいいな。あんまりズバズバ言われるとへこむし。私なんか絶対毎回マイナス点を言われるだろうし。


 そんな考えをめぐらせていると、突然かちゃりとドアが開かれる音がした。


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