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白雪姫と物言わぬ鏡・1



 送信者:本城千晶

 Title:Re: 

本文:私、孝也のこと好きなんだよね。

    そんなわけだから彼女にしてくれない?


 


 送信者:吉崎孝也

 Title:Re:

 本文:いいよ。俺でいいなら喜んで。  



 

 その日から私は孝也の彼女になった。




 

 「今、なんて言った?」

 通話中の携帯を握り締めて、私は言った。電話口の相手には当然顔が見えていないが、おそらくその言葉と声だけで彼は私の表情を感じることができただろう。眉間にしわを寄せて、引きつった私の顔を。案の定彼は一瞬言葉に詰まった。そして私の声色をうかがうかのように恐る恐る返事をした。

 「だから・・・、来週の日曜も練習になったって・・・・」

 「つまり、来週のデートもキャンセルだと?」

 「その通りです」

 小さな声で、でもきっぱりはっきりと彼は返事をした。私はわざとらしく盛大にため息をつく。

 「これで何回目?それどころか最近まともに話しすらしてないじゃん・・・・孝也」

 私の返事に今度は彼ーーー孝也がため息をついた。私のように盛大ではなかったが。おそらく彼の予想通りであったであろう私の反応だが、それでも孝也はどのように対処するべきか困り果てているようだ。苦し紛れに「話ぐらいは、今もしてるじゃん」なんて的外れなセリフを返してくる。

 「あのね。私が言ってるのはちゃんと会って話すこと。わかってんでしょ、そのくらい」

 「わかってるけどさ。仕方ねぇじゃん。試合近くて朝も夜も練習ばっかなんだから」

 「そうだけど!でももう一ヶ月出掛けてないし朝も放課後も練習じゃ登下校も一緒にできないし。クラスだって違うんだから全然会う時間ないじゃん。大体校舎内じゃ周りがうるさくて会えても大して話なんかできないし」

 私は溜め込んでいた不満をぐだぐだと吐き出した。確かに孝也がテニス部で頑張っていることは知っている。お世辞にも強いとは言い難いうちの高校だがだからこそ自分達の代で少しでも記録を伸ばしたい、 そう言って頑張っている孝也をずっと見てきたのだ。けれどあまりにもほったらかしにされている現状に素直に応援する気持ちよりもたまりこんだ不満のほうが大きかった。

 

孝也は孝也で、限界だったらしい。私の愚痴をさえぎって声を荒げた。狭い私の部屋に携帯からの孝也の声が響く。

 「だからわかってるっつーの!でも仕方ないだろ!?夏の終わりに大会なんだよ!知ってんだろ!?」

 鼓膜を直接刺激する孝也の大声に、一瞬ひるんだものの私も同じように声量を上げた。こんな夜に大声を出したら後でお母さんに怒られる。そうわかっていても抑えることなどできなかった。

 「なんで孝也が逆切れするの!?約束破ってるのはそっちでしょ!!大会のことは知ってるけど約束ひとつくらい

守ってよ!この分じゃもうすぐ夏休みだってのにどうせ休み中も遊べないんでしょ!」

 

最近まともなデートもしていない。おまけにもうすぐ恋人同士にはお待ちかねの夏休みのはずなのに、夏の終わりに大会、ということは休み中もまず練習だろう。更に学生の本分である宿題が重なることも考えれば遊びに行く暇なんて皆無だ。最悪なことに孝也の所属しているテニス部の顧問は私たち2年生の学年主任。テニス部では宿題の提出状況やテストの結果まですべてチェックされ、サボればどんなにテニスが上手くてもレギュラーから外されるらしい。たとえ顧問が学年主任でなくても、孝也の性格上どんなに忙しくても最低限の勉強はしなければ気がすまないだろうが。

 それを知った上での私の抗議に、孝也は一層神経を苛立たせた。

 「わかってんなら少しはこっちの事情も考えろよ!ああ、お察しの通り休み中もどうせ部活だよ練習だよ!!残念だけど遊んでる暇なんてないね!!」

 「最っ低!!もう少し言い方って物があるでしょ!?もういい!!孝也のことなんか知らないから!!あんたなんかより遥かに良い人見つけてやるんだから!!」

 「あーあーどうぞご勝手に!!」

 売り言葉に買い言葉状態で会話は決裂し、孝也は一方的に携帯を切った。ツーツーと無機質な機械音を発する携帯を耳から離し、私は座っていたベッドの枕に向かって携帯を投げつけた。(さすがに床に直接叩きつけることはできない)

 一度上昇した怒りはおさまることなく、携帯を横にどかして私もベッドに寝転がった。

 

 ったく・・・。人のことなんだと思っているのよ。



 彼氏彼女の関係になってからやく2ヶ月。最初こそ孝也は部活の合間に無理矢理時間を作ってデートをしたり冷やかされるのを覚悟で学校で話したりもしてくれた。けれども最近ではそんなことは滅多になくなっている。2年生、ということで先輩後輩の両方から冷やかされることにうんざりした孝也は生徒が多い場所ではあまり話しかけてこなくなった。孝也の気持ちもわからないではない。最初は付き合っているという事実に満足し、たとえ学校で話せなくてもそれ以外場所で二人の時間が取れればいいと私も思っていた。けれども慌ただしい後輩獲得の部活勧誘が終わり、新たなメンバーを加えた部活で孝也は更に忙しくなった。先輩となったことと夏の大会が近づいてきたという両方の理由から、朝も放課後も真面目に練習に出ている。自分の練習だけでなく、後輩指導にまであたっているという。そんな状態の孝也は、たとえ休みが入っても部活の疲れ+普段できていない勉強やその他色々なことでとにかく忙しかった。結果、私はほぼほったらかし状態。

 もともと根が真面目な性格の孝也。だからこそ部活も勉強もできる限りしっかりこなそうとして自分の時間を削っている。孝也のそんな性格はわかっているし、むしろそんな孝也だからこそ好きになったのだ。本来なら文句を言うべきではなかった。

 しかしこうもほったらかしにされていれば、段々そんな素直な気持ちも消えていく。部活で疲れている孝也はメールも最近ろくに返事を送ってくれない。部活にも入っていない、勉強だって真面目でなく塾にも行っていない。友達と遊ぶことは楽しいが、毎日毎日遊びに付き合ってくれるほど暇な友達も少ない。そんな風に暇を持て余している私にとって、孝也の目をみはる忙しさはほんの少し羨ましくもあった。だからこそ、相手をしてもらえないことに苛立ってしまう。


 「あーーっ!!なんかイライラする!!」


 孝也に対してか、それとも素直に彼を応援できない自分に対してか。とにかく自分がイライラしている、ということ以外わからない状態で、私はなんとか気分転換をしようとバスルームに向かおうとした。けれどもドアを開けた私はぎくりと立ち止まった。

 

 


 ・・・・ドアを開けた私の部屋の前には、青筋を立てた母親が待ち構えていた。

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