am7:20のシンデレラ・3
am7:20のシンデレラ・3
「それはまた・・・。ずいぶんドラマッチックな出会いねえ」
夕方の賑わうマックの片隅で、アイスティーを片手に全くドラマチックだなんて思ってなさそうな口調で裕美子は言った。
放課後、約束どおり裕美子はマックへと私を引きずってきた。四人がけのテーブルに二人で座り、裕美子はアイスティー、私はウーロン茶、そして真ん中にはワリカンのポテトを置いて会話は進んでいた。
放課後まで一日中、私は説明のために何とか適切な言葉を見つけることに授業時間を費やした。おかげで、久々に全く眠ることなく授業を受けることができた。頭に入っているかは別として。
けれども結局、説明している間にもどんどん記憶は美化されていき、現実と夢との境目に何度も迷うことになった。裕美子はそんな私の話を最後まで熱心に聞き、やがて呟いた。ドラマチックなんて、自分が最も使わないような言葉を使って。
「だから話しにくかったのよ・・・。裕美子の全く信じない領域でしょ」
「まあね。でも、いくらなんでも楓の話を否定したりはしないわよ。にわかに信じがたいけどさ」
そう言って裕美子はアイスティーをすすった。私もそれにならってウーロン茶をすする。
もちろん、本気で裕美子が私の話を否定するなんて思ってはいなかった。私の趣味やら何やらにはひどいとも言えるくらいズバズバ切り捨てていくこともあるが、真剣に話したときはきちんと聞いてくれる。そうじゃなければ、こんなに仲良くはやっていけないはずだ。ただ、恋愛に対してどこまでも現実的な彼女だから、私の感情を伝えきれる自信がなかったのだ。
実際、どれだけ伝わったのかは不安なところである。
「桜の下でサッカーボールにぶつかって一目惚れ、ねえ。よっぽどかっこいい人だったの?」
余程かっこよくなければ一目惚れなんてしない、と言い切ったこともある裕美子らしい質問だ。私は夢のように霞がかってきている記憶を探る。
「う〜ん・・・。別に誰よりもずば抜けてかっこいいってわけではなかったと思うけど。ま、背が高くて、かっこいいというか割と可愛いよりの顔ってかんじだったかな」
「背が高くて可愛い、か。楓のタイプの問題だね」
「どういう意味よ?」
特に深い意味はないけどーと答えて、裕美子はポテトに手を伸ばした。二本同時に口に含んで私を見る。
「それで。何か対策は?」
「対策?」
ポテトを口に含んだまま、器用に発せられた言葉に私は目を丸くした。対策?
そんな私をやっぱり、というような目で見て、裕美子はポテトを飲み込んだ。
「対策は対策よ。その彼とお近づきになるためのね」
お近づき!?
っていまどきそんな言葉つかわないでよ、なんて的外れなことがまず頭に浮かんだ。やがて正常に動き出したらしい思考回路でようやく言葉の意味を理解する。
「お近づきって・・・・。そんなの無理でしょ・・・」
「無理じゃないわよ」
ネガティブな私の答えを裕美子は一刀両断した。
いや、確かに裕美子ならできるかもしれない。大体彼女だったら、声をかけて一言「メアド教えてください。」とでも言えば大概の男の子は喜んで応じるだろう。けれども、それは私には無理だ。うん。どう考えても無理。
けれどそんな私の感情、裕美子はお構いなしだ。更にポテトを手に取り、力説し始める。
「どうして無理なのよ?楓の地元の駅前にある高校だったら確か北高でしょ。どこの高校の生徒かわかってるんだし、朝練のときなら他の生徒も少ないじゃない。ちょっと一人になった瞬間に呼んで、アドレスと名前だけ教えてもらえばいいじゃない。」
「って、他校の生徒が朝練中にお邪魔するわけにいかないじゃない」
「練習終わってちょっと人ごみから離れたところを、門の外からでも狙えばいいの」
「第一、私が聞いたって教えてもらえないって」
「どうして?」
それを聞かないでよ・・・・。
それが正直な気持ちだった。そんな質問をされたら、嫌でも裕美子に嫉妬してしまう。自分と彼女を比べてしまい、ますます自信がなくなっていく。
結局、私は臆病なのだ。あんなに恋に恋焦がれていたはずなのに、いざ自分にチャンスが回ってくると尻込みしてしまう。私なんかでは上手くいかない。そんな思いはどんなに振り払おうとしても振り払えない。
裕美子の恋の話を聞くたびに、私は羨ましいと感じていた。私にも出会いがないかなあ、なんて、何度呟いたかわからない。そのたびに裕美子に諭され、時に呆れられ。
それなのに、ようやく訪れたチャンスに素直に飛びつくことができない。そして、嫌でも思い知らされる。私には出会いがなかったんじゃない、と。いくつものチャンスを、自分から手放していたのだと。
それはいつからだったのだろう。もっと昔、それこそ小学生くらいのときは、もっと素直に恋ができた。好きな人に積極的なアプローチをかけられないところは変わらないないが、幼いころは自分と友達を比べることなんてほとんどなかった気がする。あったとしてもそれは深刻ではなく、最初から諦めるなんて絶対と言っていいほどなかった。
いつか、必ず私にも素敵な恋人が迎えに来てくれる。絵本で読んだシンデレラを、そんな風に素直に信じることができたあのころが懐かしい。
中学を経て、高校へ。願っていた王子様は現れず、自分はお伽噺のヒロインになれるような人間ではないということを思い知らされてきた。いつの間にか恋に臆病になり、最初の一歩すら踏み出せなくなっている。
どうして、という裕美子の問いに、詳しく答えることはできなかった。感情を吐露してしまえば、きっと二度と修復できない。王子様だけでなく、大切な味方まで失いたくない。
「私の性格上ね。知らない人に声をかけるなんて無理」
一言、それだけ答えて、私はウーロン茶を飲み干した。
裏の意味はわからずともわずかに変化した私の声色には気づいたのか、裕美子はそれ以上追及しようとはしなかった。
けれどあの日以来、私の朝は早くなった。
日直が終わったにもかかわらず、私は7:10に家を出た。今まで予鈴がなる直前に教室に到着していた私が積極的に早起きできるようになったことに、最も驚いているのは私自身。
早起きして、今までより少しだけメイクに時間をかけて。わずか数分のためだけに、ここまでするようになってしまった自分がつくづく単純だと思う。
声をかけるのは無理。それは私の本心だ。けれどもあの日から、私の足は毎日あの時間、あの桜の下へ向かってしまう。声をかけることが無理だなんてことは重々承知。それでもどうしても、たった一目でいいから会いたいと思ってしまうのだ。一歩間違えばストーカーじゃない、なんて思いながらも止められなかった。慎重にグラウンドから見つからないように気を配って、桜の陰から砂の舞うグラウンドを見つめる。
そんな状態の私を、最初こそ発破をかけてきていた裕美子だったが、今では何も言わずに私が動き出せるようになるときを待っていてくれているようだ。
毎日、グラウンドを駆ける彼を眺めるのは約5分。長い時間留まっていれば他の部員や一般生徒に不審がられてしまうし、時間が経てば経つほど登校する人が増え、他校の生徒である私の居場所はなくなっていくからだ。授業中の5分はうんざりするほど長いのに、この桜の下で過ごす5分はあっという間に過ぎていく。
そしてそのまま学校に行けば、当然教室に着くのは早くなる。早く行ったところで仲のよい友達はまだきていないし、早起きの分眠たくなってくる。けれどそんな苦痛も、あの舞い散る桜の花弁の間から覗く彼の姿を一瞬でも見ることができるなら、引き換えにする価値があると思えた。
「よく言えば純情、悪く言えば奥手というかなんというか」
なんて、ある日のお昼時間に裕美子が呟くこともあった。いつも一緒に食べている他の3人の友達は、言葉の意味がわからずきょとんとしていた。
そんな風に朝の5分が日課になり数日経ったある朝、教室に入ってきた裕美子は一直線に私の元へ駆け寄ってきた。なんだかとても楽しそうに目を輝かせて。