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時司の愚痴日誌

定時ぴったりだね ~時司の愚痴日誌

作者: 時司 龍
掲載日:2026/03/28

 仕事が終われば、帰る。

 それは契約に書かれるまでもない、労働の前提だ。

 けれど、その当たり前は職場という空間に入った途端、どこか違う意味を持ち始める。



「おっ、定時ぴったりだね」

「はい、本日の業務は終わりましたので。お先に失礼します」

「そうか・・・で、帰るのか?」

「他に対応すべき業務があるようでしたら、」

「・・・いや、特には」


 言葉はあくまで穏やかで、形も整っている。だが、その実態は確認ではない。帰る理由ではなく、帰る事そのものを問い質す、静かな牽制だ。


 受け流す事は難しくない。笑ってしまえば摩擦は生まれない。ただし、その笑いの処理を担うのは、いつもこちら側だけである。



 更に奇妙なのは、その後に続く労働時間である。三十分程度の残業はなかった事にされる。暗黙の了解という便利な言葉で。

 記録されず、当然、対価も発生しない。

 そこにあったはずの時間だけが、静かに切り取られていく。労働は確かに行われているのに、その一部だけが都合よく蒸発する。


 では、その残業時間を含め、全ての時間が全て生産的かといえば、必ずしもそうではない。


 パソコンに向かい続ける人の隣で、笑い声と雑談が緩やかに広がっていく。同じ空間にいながら、並行して別の時間が流れている。


「ちょっと見てよ」

「うちの猫がさ、昨日これでさ」

「可愛いわね」

「それで、うちの孫がね・・・」


 差し出されたスマートフォンの中で、猫が無邪気に転がる。

 それを囲む笑い声は、たしかに場を和ませる。


 円滑なコミュニケーションのため・・・そう説明されれば、確かに否定はしにくい。だが、その潤滑油に頼らなければ回らない仕組みそのものに、問題はないのだろうか。

 更に言えば、そのコミュニケーションが生むのは円滑さだけではない。自然に輪に入れる人と、そうでない人。その差は静かに積み重なり、やがて見えにくい隔たりになっていく。

 もし、その時間をほんの少しだけ手放せば、残業というものは案外あっさり消えるのではないか・・・そんな気もしてしまう。


 どこか、タバコ休憩をめぐる議論と似た匂いがする。

 許される雑談と、切り捨てられる時間。その線引きは、いつも曖昧なままだ。



 帰るべき時間に帰る事は、いまだに小さな決断を要する。

 そこにいるだけでは評価にはならない。だが、いるだけで仕事をしている事にはされる。

 効率が語られる時代に、時間だけが置き去りにされている。

 そんな皮肉を横目に今日も私は席を立つ。

読んでくださってありがとうございます(*_ _)

ポイントを入れてもらえると、嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
 時司 龍さん、こんにちは。 「定時ぴったりだね ~時司の愚痴日誌」拝読致しました。  仕事が終わったら帰る。当然でしょ?  お先に失礼します。  帰っちゃうの?  なんか、ありました?  いや、別…
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