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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

そんなことやっちゃいけない

作者: たっちゃん
掲載日:2026/03/03

SFC環境情報学部2018年度入試問題 問2を解いたときに書いた文章です。

タイトル・・・村上春樹「ハリス・バーティックの謎」より

はじめて気がついたのは家が割れたときだった。

脈絡なく、卵を机の角にぶつけたときのように、あっけなく私の家は割れた。

原因は植物だった。私の家の庭に植えていた植物が知らぬ間に急成長し、私の家を分断していた。いつの日か私が書いた記事でツタや樹木は生長すれば家を壊すパワーを発揮すると述べたが、これほどとは。

正直はじめは感心していた。自然がいかに強かであり、私たちが尊重しなければならないかを象徴しているように見えていた。だが3日もすれば割れたところから入る隙間風がうっとおしくなったので、修理屋に頼み、2週間かけて直してもらった。

修復後、久しぶりの家に安堵しながら布団に入ろうとすると、ビクッ、と家が震えた。

もしやと思い、外に出てみると、全く同じように、また家が割れていた。妙なことに、帰ってきたときに腰くらいまでしかなかった植物たちは家を覆い、崩壊させている。何かがおかしい。しかし、夜はもう更けている。

その日は一旦、風通しの良い家で一晩を過ごすこととした。


次の日、修理屋に連絡してみたが、電話に出ない。夫はずっと修理屋のせいだと文句を言っている。とりあえず私たち家族はまた都心のホテルでしばらく暮らすことにした。四時間後にようやくつながった業者によれば、同じような事象が各地で多発しており、すぐに動ける状態ではないらしい。奇妙だな、と思う一方で、これは地球温暖化による突然変異なのではないか、と思った。そうだ、これは人間が今まで地球と植物にやってきた仕打ちと同じじゃないか。メカニズムはわからないが、この急激な気温変化に適応し、急成長するようになったのだ。これで今まで私たちを軽視していた政府や金持ちどもも気づくだろう。そんなことを考えながら今日のご飯を買いに、外へ出た。

今日のご飯はサラダとガレットがいいな。


道路のど真ん中に、樹が生えていた。何を言っているかわからないだろうが、青々とした、立派な樹木が本当に生えていた。コンクリートがひび割れ、柔らかい、肥沃な土が顔を出していた。不気味だった。なんともなしに、その樹の根元を少し掘ってみた。田舎の畑で触るような、とてもふわふわした土だった。こんな都会で見たことはないなと少し感動していた。すると土でもなく、根でもない何かふさふさしたものが手に当たった。


人が出てきた。

樹の根元から、人の頭が出てきた。いや、正確には、樹が頭から生えている。地面のなかで横たわる人の顔から、生えている。そういえば頭から桜の木が生える落語があったな、なんて現実逃避的なことを考えながら、私は驚いた。いや、実を言うとそこまで驚いてもいないし、恐怖もなかった。人の死体を見るのは祖母の葬式以来だというのに、私の心にはぼうっとした諦めとこれから起こることへの悪い好奇心で満たされていた。



私は夫のことがあまり好きではない。口を開けば文句しか言わないくせに何もやらない。最悪なことはこれが娘にも遺伝したことだ。娘はスマホばかり見ていて、反抗的なくせしていつも寝てばかり。気分の悪いやつらだなと思いつつも、いつも我慢して家族仲を保っていた。しかし、いくら好きではないからと言って、いざという状況ではさみしさがこみ上げてくる。二人は私のシェルターの中に入れなかった。しばらく会えないだろうからと、いつもよりずっとながいハグを、家族でかわした。

そうして私は、地上の光としばしの別れを告げた。


この「都市」では役割分担がある。調理、清掃、探索、運動、門番、広報等々。役割は希望制だ。はじめは調理担当だった。使える食材は肉類と魚類しかないので、大してできることもなかったが。都市ではなぜか野菜が使えない。私はそれが不満で仕方がなかったが、料理は好きなので1年は調理担当をし続けていた。

茶色と白いサプリメントの乗った皿は完全な栄養と空虚さを私たちにくれた。




1年が経過し、一通り、この現象について判明していった。

どうやら突然変異した花粉(?)が他の植物を急成長させ、特定の条件の人間が吸い込むと、頭から植物が生えるとのこと。その条件はまだわかっていないらしい。

変な話だが、なぜか私はこれに妙な納得感を抱いた。


しばらく後、外の様子が気になって、探索班に志願した。探索班では地上の様子を一週間かけて観察し、報告する。私はある元教師の女とペアだった。彼女も以前は環境活動家で、意気投合するところが多く、まもなく親友となった。

外は青々とした木々で覆われていた。ずっと求めてきた世界だった。緑で満たされた、吐き気がするほど美しく、素晴らしい世界。

しかし、ここが地獄なのか楽園なのか、もう私にはわからなかった。


近くのシェルターへと到着した。シェルターの中は木と植物で埋め尽くされていた。

全部同じ種類の樹であった。最後に食べたサラダが想起された。今になってなぜ思い出したのだろうか。

中に入って調査を行おうとしたが、調査を行う余地がほとんどなかった。そこには1つの広い部屋しかない。木々の隙間からほんの少しだけ、光が漏れ出している。

確認のため、細い隙間に身をねじ込み、部屋に立ち入ろうとすると、何かを踏んづけた。

本か何かだったが、そんなことはどうでもいい。

下を、見た。

木々の根元に頭が見えた。誰かわからないが、大切な人だった。

私に確認する勇気はなかったが、防護服を脱ぎながら、漠然と、理由もなく私は、そう思った。





―――昔、娘がスーパーで見たサボテンをほしがったので買い与えた。娘は毎日欠かさず世話をしていたがどういうわけか3日後には枯れそうになっていた。まだ幼い彼女はどこで聞いたのか「優しい言葉をかければ元気になる」という都市伝説を必死にやっていたのを覚えている。「お母さんも手伝ってよ!」と言われたが当時は活動で忙しかったため適当にあしらった。というか結局、私はそれを心の奥底で馬鹿にしてやらなかった。翌日帰ってきたときにはサボテンは枯れ果て、娘が1日中泣き続けていた。鉢植えのサボテンは一般的に10~20年ほど生きる。何故枯れたかは今でもわからない。

もしもあのとき私がサボテンに声をかけていれば、あのサボテンはまだ生きていたのだろうか。何か変わっていただろうか。





5年後、私は外に一度も出ないまま過ごしていた。都市政府に交渉し、あれからずっと扉番をやっている。特に仕事があるわけではないので、その時間にファンタジー小説と批評を書いていた。そうしなければ、私は思考を止めてしまいそうだった。唯一救いだったのは、あの日意気投合した女が生活を共にし、活動にも一緒に取り組んでくれているということだ。おかげさまでこの前は長編小説を配信できた。

誰も読まないが、これで自分の心を覆うことで精一杯だった。


ある日、シェルターの扉がたたかれた。それに応じ、ドアをそっと開けると、そこにはオレンジ色のなにかが置かれていた。カボチャだった。

あたりを見渡したが誰もいなかった。

これは、何なのだろう。そのカボチャは薄暗く光り輝いている。

これは未来なのか、それとも暗闇なのだろうか。

都市政府に話せばこのカボチャは処分されるだろう。だが、私はこの生命を処する気持ちにはなれなかった。


カボチャはいつも薄暗く、しかし煌々と光り輝いている。これは誰の子なんだろう?

久しぶりに緑ではない植物を見て、昔やっていた畑を思い出し、ふっと笑みがこぼれる。

部屋に持ち帰り、それを机に置く。私はこの実を見ながらこれからのことを考えていた。


私たちはどこへ向かうのだろうか。私たちを守ろうと厳しくなる統制と加速する人の減少。立ち入り禁止区域が増えるシェルター。不自由ない暮らしの中、欠けたピース。いなくなった人々は外にいる。カボチャになった者もいるだろう。幸せなんだろうな。

このカボチャは私たちの希望であり、絶望だ。このカボチャと仲間達は、外の世界で旅をしている。この硬い殻の中で思考し、中身を変え、どこへでも向かえるだろう。そしてこの光で多くのことを教えてくれるのだ。そしてその光は私たちの周りを覆う殻を破ってしまうだろう。


そろそろ寝なくてはならない。白い錠剤を取り出し、飲み込む。あれから寝る前にあれこれ考えるようになってしまった。この薬を飲めば、考えることを抑えてくれる。寝ている彼女を起こさないように、布団に入り、夢の世界へと旅立った。


目が覚めた。彼女は先に起きているようだ。眠たい目をこすり、布団から出る。そして1つの違和感に気づく。


カボチャがない。


彼女が持っていったのだろうか?

キッチンだ、そうに違いない。キッチンへと走る。

私が着いたとき、彼女はまだ肉の付いたのし棒を押しのけ、薄暗く光るかぼちゃを置き、そしてナイフを取り出した。

彼女がナイフを入れていくとなんとそれはますます明るさを増していった。

まずい。そんなことやっちゃいけない。ダメだ、意思を持ちながら思考が介在しない植物とは違う。手を出してはいけない。光は受け止めなくては、まだ見つめなくては!

ナイフがカボチャの3分の1まで到達したころ、ナイフが動かなくなった。彼女はさらに進めようと力をこめたかに見えた。

突如、光が消えたかと思うと、鈍く、低い音がカボチャから聞こえた。

声を発しようとしたが、そのときにはシェルターの壁にたたきつけられていた。


頭が痛い。ぼやけている視界の中、オレンジと赤で塗りつぶされた部屋が見える。粉々の鉄のボウルと真っ二つに折れたのし棒が私の足下に転がっている。崩壊した机の残骸の中、立ち尽くしたカボチャが、私をあざわらうかのように点滅し、そしてぷつりと消え、崩壊した。視界の端、てっぺん以外が無事な彼女の身体で、緑色のなにかがうごめいた気がしたが、私にはもはやそれがなんなのかわからなかった。薄れゆく意識の中、絶望感と緑への渇望だけが沸いていくのを感じた。



この事態を政府がどう思ったかは想像に難くない。シェルターの扉は閉ざされた。

キッチンは緑豊かな立ち入り禁止区域となった。

なぜかこの事件以降、日々の暮らしはより豊かで、より規律正しいものとなった。人数は減っていくはずなのに、提供される娯楽や食事は増えている。生産者がいなくなった世界に残るのは誰か?日に日に部屋が消え、シェルターの壁が壊れていく。

もう、やることがない。いつしか私たちは何も思わなくなっていた。
























久しぶりに地上に出た。空を覆う緑と少し積もっている雪を見て、小さい頃に父が私をよくそり遊びに連れて行ってくれたな、と思い出した。もうあれも出来ないと思うと少しさみしさがこみ上げてくる。

ああ、そうか。私はずっと、地球の心配をしていたのではなく、植物を慈しんでいたわけでもなく、私が住めなくなるのではないか、という一点のみを気にしていたのだと、私はようやく悟った。

彼らはどこへ向かうのだろうか?

人間に成り代わるのだろうか?

いや、もともと人間となにも変わらなかったのかもしれない。

人間は植物へと向かい、植物が人間へと向かっただけなのだ。

手に持った錠剤を一錠飲む。

そういえば、私が環境保護活動家になったのは、どうしてだったっけ?

これが最後の思考だと言うことをなんとなく理解した。

緑がゆっくりと迫ってくる。

薄れゆく意識の中、私は納得した。

ああ、私は


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