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暁の騎士  作者: 満波ケン
第一章 幼き日々
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07.収穫祭

かーっ! 見んねコンラート! 卑しか女ばい!

大陸暦二九八年、白の節 (オルディア)の月。


朝の空気には、秋の終わりの澄んだ冷たさがあった。

ラウエン家が代官を務める開拓村とエーベルハルト村、二つの村が同日に行う、年に一度の収穫祭――白穂の祈祷の日である。


エーベルハルト村の中心に据えられた祈祷台には、白い穂束が積まれ、その周囲に村人や領主家の従者たちが静かに並んでいた。


アルノルトは父ヘルマンとともに、代官家の列へ立つ。

その向かい側、男爵家の列には――銀髪を結ったセリーヌがいた。


彼女はこちらに気づくと、厳粛な場にふさわしく、ほんのわずかに微笑む。

アルノルトもまた、小さく頷き返した。


やがて光祖教(こうそきょう)の司祭が祈祷文を唱え、冬を越すための白穂が高く掲げられる。

空気が澄んでいるせいか、祭壇の白布がより明るく見えた。


祈祷を終え、列がゆっくりと動き始めたころ――

肩のあたりに他者の気配を感じ取る。


いつの間にか、セリーヌが歩調を合わせて横へ並んできたのだ。

後ろには侍女がついてくるが、セリーヌは気に留める様子もなく、耳打つような小声でアルノルトへ話しかけてきた。


「今日の力比べ、見に行くわよ。おじさま、絶対に勝つと思うの」

セリーヌはなぜか自分のことのように得意げに胸を張る。


「父さんは強いですから。……見ててくれると、嬉しいです」

アルノルトも父の勇姿を見るために、もちろん観戦予定である。



祈祷が終わると、村の目抜き通りには白の市が立つ。

木工品、果実、乾燥肉、手織りの布。

活気にあふれた声が飛び交い、祭りの匂いが風に混じった。


アルノルトとセリーヌは、自然と並んで歩いていた。

その後ろを、セリーヌの侍女が控えめに付き従う。


手彫りの小物を取り扱う露店を目にし、二人は足を止める。

「見て、あれ。小さな騎士像よ」

「本当だ。盾まで削ってあるんですね」

「あなたに似てると思わない?」

「そんなに勇ましくないですよ、僕は」


くすくす笑うセリーヌ。

その笑顔につられて、アルノルトも口元を緩めた。


果実菓子の屋台に立ち寄り、セリーヌは二つ買って、ひとつを当然のように差し出す。

「はい。甘いけど……美味しいわよ」


「本当だ。セリーヌ様が好きそうな味です」

アルノルトも干し果物を口に放り込んだ。


「でしょう?」


頬をふくらませてもぐもぐと食べる様子は、先ほどの大人っぽさとは無縁の、年相応の少女そのものだ。


しばらく歩いたあと、アルノルトはふと思い立ち、腰袋から小さな布包みを取り出した。

銅貨で買った――素朴な護符だ。それを、そっとセリーヌへ差し出す。

護符は、小さな布袋に白穂と石、そして光祖教で聖別された塩が入っているものだ。

「これ……冬の間、守ってくれるらしいです」

「え?」

「安物ですから、効果は期待しないでください。でも……失くさないでくださいね」


セリーヌは一瞬だけ目を瞬かせ、やがてふにゃりと頬をゆるませる。

「……ふふ、ありがとう。大事にするわ」


宝物を拾った子どものような表情だった。



正午になると、村はずれの広場では力比べが始まる。

合図とともに丸太を肩まで担ぎ上げ、いちばん長く立っていられた者が勝ち――それがこの村の力比べだ。


乾いた土の上に白い縄で円が引かれ、周囲を樽と露店が取り囲むように人垣ができていた。


人垣の内では、男たちが丸太を抱え、腕を組み、笑いながらも互いに牽制し合う。


ヘルマンも、当然そこにいた。

筋骨隆々とした腕をまくり、余裕の表情すら見せている。


「父さん、負けないだろうな……」

「負けるわけないわ!ほら、がんばれーっ、おじさまーっ!」


セリーヌの声が響く。

隣でアルノルトも声を張る。


「父さーんっ!!」

ヘルマンもその声に、アルノルトとセリーヌを見つけ、軽く片手を挙げた。

やがて試合が始まると、ヘルマンは丸太をまるで木の枝のように持ち上げ、他の男たちを圧倒していった。


歓声がわき、セリーヌの瞳が輝く。

「本当に強いわ。ちょっと感動しちゃった」

激賞とともに拍手を贈っている。

「……なんてすごいんだ」

アルノルトも恍惚とした表情で、父を憧れの瞳で見つめている。


そのとき――

広場の端から、ひときわ背の高い影が現れた。


肩幅の広い大男。

旅用の粗末な外套に身を包み、腕には戦傷の跡が見えた。

どう見ても、この村の者ではない。


大男はにやりと笑い、勝ち抜いたばかりのヘルマンへ向けて顎をしゃくる。

挑発だった。

腰の革帯に下げた短剣の柄へ、大男の指が一瞬だけ触れた。


ざわ……と空気が揺れる。

祭りの最中に乱入する無作法さを、誰もが感じ取っていた。


ヘルマンは冷静に大男を見据える。

その沈黙が逆に、緊張を張り詰めさせた。


大男は結局、村の顔役ら周囲の説得で引き下がったが――

幼い二人の胸には、不安の種が確かに残った。



夕方、白穂の娘が選ばれる。

祭りの象徴として、最も美しい少女に白い穂飾りが捧げられる儀式だ。


選ばれたのは、ラウエン開拓村の織工の娘――

長い金髪に白布の衣がよく映え、まるで陽だまりのように明るかった。


セリーヌはじっと見つめ、小さくつぶやく。


「きれい……。わたし、あんなふうになれるかな」

「……もう、なってますよ」

間髪を容れぬアルノルトの言葉に、セリーヌの顔が真っ赤になる。

「へ、変なこと言うのね……!」



夜――火祭り「白の炎」が始まる。


焚かれた火の前で、村人たちは順番に炎を飛び越える。

その一年の厄を火に預け、冬を無事に越せるよう祈るのだ。


「ちょっと……高いわね、この炎」

「大丈夫ですよ。僕が一緒に飛びますから」


アルノルトは手を差し出した。

セリーヌは迷いながらも、その手をぎゅっと握る。


二人は息を合わせて――跳んだ。


ふわりと風が舞い、火の粉が夜空へ散った。

着地した瞬間、お互いに顔を見合わせた。


「やった……!」

「うまく飛べましたね」


セリーヌが笑った。



次は子ども向けの輪舞「白風の舞」。

簡単なステップを踏みながら、手をつないで円をつくる。


セリーヌは少し緊張した様子で、アルノルトの袖を引いた。


「アルノルト……一緒に踊ってくれる?」

「もちろんです」


手をつないだ瞬間、二人とも顔が赤くなる。

けれど、手を離す理由もない。


白い灯りが揺れ、影が輪のように回る。

その中で、二人は少しぎこちなく、しかし確かに歩調を合わせた。


曲が終わると、セリーヌが小さな声で言う。


「今日……すごく楽しかった。あなたのおかげ」

「僕もです。……来年も、一緒に来たいですね」

「ええ。絶対よ」



深夜。

祭りが終わり、家々の灯が次々と消えていく。


村への帰り道で、ヘルマンがアルノルトの肩に手を置いた。


「セリーヌ嬢……良い子だな。大事にしろよ」

「……父さん」

「からかってるわけじゃない。お前にとって、大事な子なんだろう?」

アルノルトは照れくさくて、返事ができなかった。


そのころ、屋敷へ戻ったセリーヌは、寝台の前で侍女に小さな護符を見せていた。


「これ、アルノルトにもらったのよ」

その声は、冬の夜風よりあたたかく、どこか誇らしげだった。


窓の外には、祭りの火の名残がまだほのかに揺れていた。

ヘルマンが代官を務める開拓村はまだまだ新興であるため、収穫祭は隣村のエーベルハルト村のご厄介になっています。

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