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暁の騎士  作者: 満波ケン
第一章 幼き日々
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03.御料牧場

王室の牧場は御料牧場(ごりょうぼくじょう)でいいのか。

調べたり悩んでいるうちに時間がどんどん過ぎていくので、もうそれでいいやとなりました。

大陸暦二九七年、青の節。

黄金風(アウリス)の月、二巡り目の《星の曜》──。


春の薫風が丘を撫でる朝。

ラウエン家の館の馬房で、ひとりの少年が、鼻息の荒い栗毛の毛並みを(くしけず)っていた。


アルノルト、十歳。


背丈は伸び、腕や肩の線には鍛えた子ども特有の硬さがある。

だが顔立ちにはまだ幼さが残っていた。


使用人らと馬房の寝藁を入れ替えていた父から声が掛かる。


「ツェルバハ子爵さまから許可をいただいた。御料牧場へ行って来い」


アルノルトは嬉しさで目を輝かせた。


「父上、本当に……僕なんかが行ってもいいんですか?」

「お前の眼が本物かどうか、確かめる機会だ」


ヘルマンは馬の世話用の古い外套を肩に掛けながら笑った。



村から坂を下り、川沿いの道を抜けると、周囲が開けた。

放牧地特有の乾いた草の匂い、少し湿った馬糞の匂い、馬たちの鼻息、蹄が地面を踏みならす低い音――。

丘の向こうまで柵がうねり、点々とした馬影が草地に散っていた。

風にたなびくたてがみが、()の粒を拾ってきらりと光る。


アルノルトは胸の奥が熱くなるのを感じた。


(ここが……ツェルバハ子爵家の御料牧場……!)

王の御料であり、実務はツェルバハ子爵家が預かっている――そう父から聞いていた。


父の用で門前まで来たことはある。だが中へ入るのは今日が初めてで、胸が弾んだ。


「ラウエンの坊主か。今日は父御と一緒じゃねぇのかい?」


人影に気付いて声をかけてきたのは、白髪交じりの馬丁頭だった。

粗野だが腕は確かで、子爵家でも一目置かれている男だ。


「はい!今日は、見学をさせていただけると……!」

「ほう。見学ねぇ……。ま、邪魔だけはすんなよ。今日は二歳馬の馴致だからな」

その言葉に、馬丁たちの肩がわずかに固くなった。


そう言ったそばから――


バキンッ!!と木柵を蹴る鋭い音がした。


「おい!そいつがまた暴れとるぞ!」

「昨日は大人しかったのに、また気が荒れやがって!」



馬場の中央で、鹿毛の若馬が二人の馬丁を引きずるように暴れていた。

白目をのぞかせ、腹帯を嫌がるように身体をねじり、前脚で地面を搔きむしっている。


馬丁たちは必死で押さえつけようとするが、二歳と言えど、馬の力は大の男でも簡単に抑えきれない。


「こりゃ気性が悪すぎる!今日は力で押さえて、気力を削るしかねぇ!」

「腹帯もしっかり締めねぇと、また跳ぶぞ!」


馬丁頭は舌打ちし、アルノルトは固唾を飲んだ。


しかし――

ひとつの違和感が、少年の胸にじわりと広がる。


(……何か、おかしい)


馬は荒れている。

でも――怒っているようには思えなかった。


蹄の踏み方、耳の角度、鼻の震わせ方。

何年も馬を観察してきたアルノルトには、確信めいたものがあった。


「……あのっ!」


馬丁たちの怒号の中、少年の声が通った。


「待ってください!その馬……怒ってるんじゃなくて、痛がってます!」


馬丁二人が一瞬、手を止める。


「痛い?何を言っとる。気性が悪いだけだ!」

「いや、確かに……昨日はこんなのじゃなかったろ?」


顔を見合わせている。


馬丁頭が眉を寄せ、短く言った。


「理由を言え、坊主」


アルノルトは馬へ近づく。

機嫌の悪い馬への恐怖よりも、確かめたい気持ちが勝っていた。

馬の視界から外れないようにしながら、ゆっくりと観察結果を口にする。


「腹帯……きつすぎます。馬が怒ってるときは、身体をもっと横に振るんです」


馬丁たちは互いに顔を見合わせた。


「んだと……?」


「それから……左の後脚の外側。腫れてます」


アルノルトは指差す。


「たぶん昨日、木柵か何かにぶつけたのだと。踏み込むときだけ僅かに力が逃げてる。昨日からじゃないですか?」


馬丁が慌てて脚を触る。


「……本当だ。熱持ってやがる……!」

腹帯を緩めると、若馬は鼻を鳴らし、耳を伏せていたのが少しずつ起きた。

暴れるのではなく、痛む脚を庇うように体重を移している。


馬丁頭は腹帯を緩め、馬の様子を見る。

暴れ方が一変した。怒りの暴走ではなく、痛みから解放されたほっとした動きだ。


その変化に、馬丁たちは言葉を失った。


「……おい、本当に十歳か?」

「なんで分かった?」


アルノルトは素直に答えた。


「その、あの……馬の仕草を見て」


その静かな言葉に、大人たちはしばし沈黙し、

やがて――


「……坊主。お前、“馬の眼”を持っとるな」


馬丁頭は喉の底で笑った。


「これから、毎朝来い。手伝いなんぞいらん。見て覚えろ。そういう眼は、一日でも早く磨いたほうがいい」


アルノルトの胸に、熱いものが灯った。



昼下がりにヘルマンが迎えに来る頃には、アルノルトはすっかり馬丁たちに混じっていた。

桶の水を替え、脚の腫れた馬へ冷やし布を当て、柵越しに仔馬の足運びを観察して――。


「父上!聞いてください!馬丁頭が、また来いって!」


ヘルマンは驚き、それから静かに頷いた。


「……やはり、お前はここに通うべきだな」


正騎士を目指すには、成人まで奉公に出なければならない。

その奉公先として、子爵が管理する御料牧場はうってつけだ。

息子はきっと子爵家の役に立てる――そう確信しながら、ヘルマンは微笑んだ。


アルノルトは、馬と歩き、馬の癖を目で覚え、冬の風の中でも、夏の日差しの中でも――

毎日、馬の呼吸と、蹄の音と、草の匂いの中で育っていくのだった。

ここでは作品を書くにあたって設定した内容を記載しておきます。

架空世界なのですが、なかなか現実世界の感覚から離れられず、デタラメな部分も多数存在します。

今回は国などまとめた地理設定です。


●地理

西方諸国 レーヴェン王国 騎士と軍馬を柱とする騎士国家。大陸最大級の版図。

 レーヴェン王国 王都ルミナス レーヴェン王国の首都。騎士制度と宮廷文化の中心。

 レーヴェン王国 ツェルバハ子爵領 軍馬官を務める名門。御料牧場を運営し軍馬育成を担う。

 レーヴェン王国 ザーヴェル辺境伯領 グラーツとの国境防衛を担う辺境伯領。国境要塞線を統括。

 レーヴェン王国 サーヴェル伯爵領(本領) レーヴェンとアシャルの境界を担う伯爵領。知将セルヴィオ家の本拠。

西方諸国 グラーツ王国 重装歩兵と軍務院を軸とした軍国国家。レーヴェンと対立。

西方諸国 ヴェルガント王国 古西方帝国の名残を持つ半島北部の王国。

西方諸国 サンドリア海王国 半島西岸に広がる海運国家。外海貿易の要。

西方諸国 アルヴェリオ自由都市連盟 古アルヴェリオ帝国の残滓を引く自由都市群。


東方諸国 瑞穂国 万世一系の(すめらぎ)を戴く極東の島国。三大剣術源流の本拠。

 瑞穂国 秋津島 瑞穂南島。白都(はくと)・秋津・青の江を抱える文化と交易の中心。

 瑞穂国 霜路島 瑞穂北島。牧畜・開拓・馬産・甜菜栽培が盛ん。

東方諸国 華夏国 科挙的官僚制を持つ文治国家。紙・薬・絹の一大供給地。

東方諸国 東方五市同盟 外海貿易の中継点となる港湾都市連合。

東方諸国 デューン=ラン遺跡国家 古代遺跡を有する荒地の都市国家。

東方諸国 カル=カン荒地王国 不毛な荒地を支配する王国。南方砂漠やヒュベルに連なる。

東方諸国 湖上都市国家ラディア 大湖の西岸に築かれた湖上都市国家。交易・運河の要衝。

東方諸国 ルオ=ハーン王国 山と平野を併せ持つ中規模王国。軍事・交易の中継。

東方諸国 ドラン山岳国 鉱物資源に富む山岳国家。交易路の関門。

東方諸国 ベルナ諸侯連合 複数の小諸侯がゆるく結んだ連合体。

東方諸国 アシャル遊牧連盟国家 草原騎兵を主力とする遊牧国家連合。蹄鉄文化の源流。


南方諸国 砂漠王国ヒュベル 領土の大半が砂漠。わずかなオアシスと内海沿岸部に人が集中。

南方諸国 サン=ヴェルム宗国 光祖教の総本山たる宗都。巡礼の中心。

南方諸国 ミルハン独立港湾国家 外海貿易の中継点。多民族・多宗派の交易都市。

南方諸国 南方諸国諸国家 内海南岸に点在する中小国家群。農業・海運・宗教国家など多彩。


北方諸国 イゼル公国 ノルディアから分かれた公国。華夏北端と接する。

北方諸国 ノルディア王国 寒冷地帯を支配する大国。森林と鉱山が豊富。

北方諸国 フロス王国 大河を挟んでノルディアと向かい合う王国。


広域 内海 南方諸国と西方諸国を隔てる大きな内海。「奇跡の大穴」で外海に通じる。

広域 外海 大陸を囲む外洋。瑞穂や東方・西方の諸港へ通じる。

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