02.出会い
ヒロインは、メラニン欠乏ではない生粋の銀髪です。
数少ないファンタジー要素です。
銀髪嫌いない人類、おらんよね?
大陸暦二九六年、白の節 凩の月。
一巡り目の《星の曜》の午後。
白い霧はすっかり晴れ、空は高く澄みわたっていた。
畑からは収穫を終えたばかりの土の匂いが立ちのぼり、村のはずれでは子供たちの笑い声が風に乗って聞こえてくる。
武具の点検を終えたヘルマンが、館の広間で腰を落ち着けたころ──
門番役の少年が、少し息を切らせて駆け込んできた。
「ヘルマンさま!エーベルハルト男爵さまと、その……お嬢さまが!」
「……隣村のか。わざわざ星の曜に先触れなしとは、珍しいな」
ヘルマンは椅子から立ち上がると、膝に掛けていた布を払った。
袖口の土を軽く払ってから、息子に目を向ける。
「アルノルト、来い。客人を迎えるぞ」
「はい、父上」
慌てて上着の裾を整えながら、アルノルトは父の後を追う。
胸の鼓動が、いつもと違う早さで鳴っていた。
◆
館の中庭には、既に数騎の馬が並んでいた。
エーベルハルト家の家紋を染め抜いた旗指物が、穏やかな風に揺れている。
騎乗の男を先頭に、従者たちが手綱を取って整列していた。
先頭の男は四十前後、がっしりとした体つきで、髭にはわずかな白いものが混じる。
エーベルハルト男爵。
ラウエン家とは十年来の付き合いになる隣村の領主だ。
馬の鼻息と革具の軋む音が、中庭の石畳に静かに満ちる。
ヘルマンとアルノルトは、館の玄関の階段を降りる途中で一礼し、中庭に進み出ると地に片膝をついた。
士爵は男爵より下位。ここではヘルマンの方が礼を尽くす立場である。
「お久しうございます、エーベルハルト男爵さま」
「顔を上げてくれ、ヘルマン殿。ここで貴賤を言い合う仲でもなかろう」
男爵は笑い、軽く馬上から身を乗り出して右手を差し伸べた。
ヘルマンは膝を立てて立ち上がると、その手をしっかりと握り返す。
「近くを通ったものでな。たまには顔を見に来ぬと」
二人が固い握手を交わす背後で、一頭の月毛の馬から軽やかな気配が降り立った。
銀色の髪が、陽光を受けてふわりと揺れる。
胸元で切り揃えられた髪は、少女らしい長さでありながら、どこか少年めいた雰囲気も添えていた。
「父上。ご挨拶を」
「うむ」
少女は一歩進み出て、裾の短いチュニックの裾をつまみ、丁寧に会釈する。
その仕草は、都の貴族にも劣らぬほど洗練されていた。
「セリーヌ・ヴェン・エーベルハルトと申します。騎士ヘルマンさま、いつも父がお世話になっております」
その眼差しは澄んだ青で、相手をまっすぐ見る強さがあった。
しかし、声にはわずかな緊張が滲んでいる。
「お初にお目にかかる、セリーヌ嬢」
ヘルマンが微笑み、隣の少年の背を軽く押した。
「……アルノルト・ツァ・ラウエンです。男爵様、セリーヌ様、ようこそお越しくださいました」
九歳の声はまだ高いが、言葉はよく通る。
セリーヌはじっとアルノルトを見つめ、その肩から腰までの線を、一瞬で測るように視線を滑らせた。
「あなたが……アルノルト?」
「え?は、はい」
「思っていたより大きいのね。同じ年頃と聞いていたから」
セリーヌは小さく首を傾げる。
アルノルトは一瞬、自分の足元を見てから、照れを隠すように背筋を伸ばした。
「こらセリーヌ、初対面で品定めするやつがあるか」
男爵が苦笑すると、セリーヌは「あ……」と肩を竦めた。
「ご無礼を……。ええと、その……腕っぷしが強そうだなと思って」
「腕っぷし、ですか?」
アルノルトは思わず聞き返す。
貴族の令嬢からそんな言葉が飛び出すとは思わなかったのだ。
ヘルマンは喉の奥で笑い、
「……面白い娘さんだ」とひとりごちた。
◆
大人たちは館の広間へ通され、エーベルハルト家とラウエン家の間で、国境の情勢や馬の話が交わされ始めた。
「アルノ、あなたはお嬢さまを退屈させないように」
母にそう耳打ちされ、アルノルトは緊張した面持ちで、セリーヌと並んで館を出た。
「この村の外れに、御料牧場があるのよね?」
外に出るなり、セリーヌが訊ねる。
さっきまでのきちんとした令嬢口調が、少しだけ崩れている。
「えええ。境の向こう、ずっと先がツェルバハ様の放牧地です。今日は見回りには行きませんが……うちの馬小屋くらいならお見せできます」
「見たい!」
セリーヌの顔がぱっと明るくなった。
その反応の速さに、アルノルトは少しだけ圧倒される。
(……本当に、馬が好きなんだ)
二人は並んで、館の裏手へ回った。
そこには、ラウエン家が保有する馬を収める馬房と、簡素な調教用の囲いがある。
柵の向こうで、栗毛や鹿毛の馬たちが、二人の気配に耳をそばだてた。
干し草と木の匂い、蹄が床板を鳴らす音──
アルノルトにとって馴染み深い匂いと音に、セリーヌは目を輝かせる。
「わぁ……きれい」
「この栗毛が、いちばん素直です。あっちの黒鹿毛は、ザーヴェル辺境伯から預かっている馬で……少し気が荒いですが」
アルノルトが説明すると、セリーヌは一頭ずつ真剣な眼差しで見て回った。
毛の色、脚の太さ、目の形──
ただ「可愛い」と言うだけではなく、騎乗を前提に見ている視線だった。
「あなた、馬に乗れるの?」
「少しだけ……。父に教わりました」
「少し?さっき、大人たちが話していたわ。『ラウエンの坊主は馬の目を見れば機嫌がわかる』って」
セリーヌは、いたずらを思いついた子供のように口元を吊り上げた。
「ねえ、あとで、乗っているところを見せてくれる?」
「え?」
「それとも……口ほどにもない?」
挑発めいた視線に、アルノルトは思わずむっとした。
同じ年頃と思っていた少女に、そう言われて引き下がれるほど、素直でもない。
「……いいですよ。走らせてみせます」
「ふふ。楽しみ」
◆
馬房のわきには、木剣と木製の盾が立てかけられていた。
農民兵の訓練や、自分たちの鍛錬に使っているものだ。
セリーヌはそれを見つけると、迷いなく一本の木剣を取った。
両手で確かめるように握り、軽く素振りをする。
「重さは……こんなものね」
「セリーヌ様?」
「うちの弟や家臣の子どもたちが、よく庭で真似事をするの。わたしも、ちょっとだけ混ざったりするけど」
言いながら、もう一度、今度は片手で振ってみる。
足の運びはぎこちないが、腕の力は意外にしっかりしていた。
「アルノルトは、剣も得意なんでしょう?」
「まだまだです。父上には遠く及びません」
「比べる相手が悪いわ。だったら、わたし相手にどうかしら?」
セリーヌは一歩下がって構えを取った。
片手を腰に引き、木剣を正面に突き出す。
貴族の子弟が習う、礼法混じりの基本的な構え──
だが、その足元は、転ばないようにしっかりと地を踏んでいた。
「……いいんですか?」
「本気で斬り合えって言ってるわけじゃないわ。ほんの“真似事”よ。あなたがどれくらい強いのか、知りたいだけ」
アルノルトは少し迷ったが、やがて木剣を一本取り、向き合った。
父なら「客人に怪我をさせるなよ」と釘を刺す場面だろうが、それは自分でも分かっている。
「では……軽く、打ち合うだけです」
「ええ」
互いに一度だけ礼をして、構えを取る。
二人の間に、子供同士とは思えない、短い沈黙が落ちた。
最初に動いたのはセリーヌだった。
慎重に一歩踏み込み、恐る恐る木剣を突き出す。
(肘が伸びきってる。足も止まってる……)
アルノルトは、その突きを軽く払って流した。
それでも、木と木が触れ合う乾いた音に、セリーヌの肩がびくりと震える。
二合、三合。
アルノルトは決して強く打たず、受け流すように剣を当てた。
守りながら気づいたのは、セリーヌの目が一度も逸れないことだった。
打ち込まれるたび、わずかに顔をしかめはするものの、すぐに食らいついてくる。
「……やる気だけは、本物ですね」
「だけは、って何よ!」
思わず口に出た言葉に、セリーヌが頬を膨らませる。
振り回した木剣は相変わらず形になっていないが、その中に、「負けたくない」という気持ちだけは確かに宿っていた。
最後に、アルノルトはセリーヌの木剣の腹をそっと押し返し、距離を取った。
「これくらいにしておきましょう。続けたら、本当にどちらかが転びます」
「……負けを認めたってことにしておいてあげる」
息を弾ませながら、セリーヌは木剣を下ろした。
額に汗がにじみ、頬はほんのりと紅い。
アルノルトは、思わず小さく笑う。
「次までに、もう少し足の運びを覚えてください。剣だけ振っても、あまり意味はありません」
「あなたが教えてくれるの?」
アルノルトは少しだけ逡巡したが
「……時間があれば、少しだけなら」
その答えに、セリーヌの目がぱっと輝いた。
◆
館へ戻りながら、しばらくのあいだ、二人は息を整えながら歩いていた。
セリーヌはふと足を止め、遠くの国境の山並みを見上げた。
「ねえ、アルノルト」
「はい?」
「戦が、また起こると思う?」
九歳の少年には、その問いは少し重かった。
だが、ここは国境の村。
その空気を、幼いなりに肌で感じてもいる。
「父上は……『いつか必ず来る』と」
「やっぱり、そうよね」
セリーヌは小さく息を吐いた。
「わたし、父や弟たちの足手まといにはなりたくないの。だから、剣も、馬も、ちゃんと覚えておきたい」
その横顔には、年齢に似合わぬ決意があった。
アルノルトは言葉に詰まり、そんな彼女を横目に見ながら歩き出す。
「……だったら、また来ればいい。ここなら、馬も剣も、少しは役に立つことを教えられると思います」
「本当に?」
「はい。父上が許せば、ですが」
セリーヌはふっと微笑んだ。
その笑みは、庭で見せた勝ち気な表情とは違い、どこか柔らかい。
「約束よ、アルノルト」
差し出された彼女の小さな手を、アルノルトは一瞬ためらってから握り返した。
その掌は、貴族の娘にしては驚くほど固く、少しだけ剣だこができ始めていた。
その日の夕暮れ。
エーベルハルト家の一行が去ったあと、ラウエン家の中庭には、まだ馬の蹄の跡と、小さな足跡が残っていた。
アルノルトはそれを見下ろしながら、胸の奥で、さっき交わした約束の重さを、子供なりに噛みしめていた。
ここでは作品を書くにあたって設定した内容を記載しておきます。
架空世界なのですが、なかなか現実世界の感覚から離れられず、デタラメな部分も多数存在します。
今回は貨幣関係です。
●貨幣
ソル(金)
最も価値が高い高額通貨。叙勲、恩賞、馬の取引、大規模工事費などで用いられる。大きな戦功の褒美として王から授与される象徴的存在。10クラウ=1ソル相当。
クラウ(銀)
生活経済の中心。兵士の給与、馬の売買、農産物の輸出などで多用。1ソル=10クラウ相当。
フェル(銅)
庶民の生活で最も流通する通貨。日用品、食料、酒代など。1クラウ=10フェル相当。
●価格例
軍馬一頭=25ソル程度、良戦闘馬一頭=80ソルから120ソル程度
宿一泊=1クラウ
パン一斤=3フェル




