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暁の騎士  作者: 満波ケン
第一章 幼き日々
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02.出会い

ヒロインは、メラニン欠乏ではない生粋の銀髪です。

数少ないファンタジー要素です。

銀髪嫌いない人類、おらんよね?

 

大陸暦二九六年、白の節 (オルディア)の月。

一巡り目の《星の(よう)》の午後。


白い霧はすっかり晴れ、空は高く澄みわたっていた。

畑からは収穫を終えたばかりの土の匂いが立ちのぼり、村のはずれでは子供たちの笑い声が風に乗って聞こえてくる。


武具の点検を終えたヘルマンが、館の広間で腰を落ち着けたころ──

門番役の少年が、少し息を切らせて駆け込んできた。


「ヘルマンさま!エーベルハルト男爵さまと、その……お嬢さまが!」

「……隣村のか。わざわざ星の曜に先触れなしとは、珍しいな」


ヘルマンは椅子から立ち上がると、膝に掛けていた布を払った。

袖口の土を軽く払ってから、息子に目を向ける。


「アルノルト、来い。客人を迎えるぞ」

「はい、父上」


慌てて上着の裾を整えながら、アルノルトは父の後を追う。

胸の鼓動が、いつもと違う早さで鳴っていた。



館の中庭には、既に数騎の馬が並んでいた。

エーベルハルト家の家紋を染め抜いた旗指物が、穏やかな風に揺れている。


騎乗の男を先頭に、従者たちが手綱を取って整列していた。

先頭の男は四十前後、がっしりとした体つきで、髭にはわずかな白いものが混じる。


エーベルハルト男爵。

ラウエン家とは十年来の付き合いになる隣村の領主だ。

馬の鼻息と革具の軋む音が、中庭の石畳に静かに満ちる。


ヘルマンとアルノルトは、館の玄関(ポーチ)の階段を降りる途中で一礼し、中庭に進み出ると地に片膝をついた。

士爵は男爵より下位。ここではヘルマンの方が礼を尽くす立場である。


「お久しうございます、エーベルハルト男爵さま」

「顔を上げてくれ、ヘルマン殿。ここで貴賤を言い合う仲でもなかろう」


男爵は笑い、軽く馬上から身を乗り出して右手を差し伸べた。

ヘルマンは膝を立てて立ち上がると、その手をしっかりと握り返す。


「近くを通ったものでな。たまには顔を見に来ぬと」

二人が固い握手を交わす背後で、一頭の月毛の馬から軽やかな気配が降り立った。


銀色の髪が、陽光を受けてふわりと揺れる。

胸元で切り揃えられた髪は、少女らしい長さでありながら、どこか少年めいた雰囲気も添えていた。


「父上。ご挨拶を」

「うむ」


少女は一歩進み出て、裾の短いチュニックの裾をつまみ、丁寧に会釈する。

その仕草は、都の貴族にも劣らぬほど洗練されていた。


「セリーヌ・ヴェン・エーベルハルトと申します。騎士ヘルマンさま、いつも父がお世話になっております」


その眼差しは澄んだ青で、相手をまっすぐ見る強さがあった。

しかし、声にはわずかな緊張が滲んでいる。


「お初にお目にかかる、セリーヌ嬢」

ヘルマンが微笑み、隣の少年の背を軽く押した。


「……アルノルト・ツァ・ラウエンです。男爵様、セリーヌ様、ようこそお越しくださいました」


九歳の声はまだ高いが、言葉はよく通る。

セリーヌはじっとアルノルトを見つめ、その肩から腰までの線を、一瞬で測るように視線を滑らせた。


「あなたが……アルノルト?」

「え?は、はい」

「思っていたより大きいのね。同じ年頃と聞いていたから」


セリーヌは小さく首を傾げる。

アルノルトは一瞬、自分の足元を見てから、照れを隠すように背筋を伸ばした。


「こらセリーヌ、初対面で品定めするやつがあるか」

男爵が苦笑すると、セリーヌは「あ……」と肩を(すく)めた。


「ご無礼を……。ええと、その……腕っぷしが強そうだなと思って」

「腕っぷし、ですか?」

アルノルトは思わず聞き返す。

貴族の令嬢からそんな言葉が飛び出すとは思わなかったのだ。


ヘルマンは喉の奥で笑い、

「……面白い娘さんだ」とひとりごちた。



大人たちは館の広間へ通され、エーベルハルト家とラウエン家の間で、国境の情勢や馬の話が交わされ始めた。


「アルノ、あなたはお嬢さまを退屈させないように」

母にそう耳打ちされ、アルノルトは緊張した面持ちで、セリーヌと並んで館を出た。


「この村の外れに、御料牧場があるのよね?」

外に出るなり、セリーヌが訊ねる。

さっきまでのきちんとした令嬢口調が、少しだけ崩れている。


「えええ。境の向こう、ずっと先がツェルバハ様の放牧地です。今日は見回りには行きませんが……うちの馬小屋くらいならお見せできます」

「見たい!」


セリーヌの顔がぱっと明るくなった。

その反応の速さに、アルノルトは少しだけ圧倒される。


(……本当に、馬が好きなんだ)


二人は並んで、館の裏手へ回った。

そこには、ラウエン家が保有する馬を収める馬房と、簡素な調教用の囲いがある。


柵の向こうで、栗毛や鹿毛の馬たちが、二人の気配に耳をそばだてた。

干し草と木の匂い、蹄が床板を鳴らす音──

アルノルトにとって馴染み深い匂いと音に、セリーヌは目を輝かせる。


「わぁ……きれい」

「この栗毛が、いちばん素直です。あっちの黒鹿毛は、ザーヴェル辺境伯から預かっている馬で……少し気が荒いですが」


アルノルトが説明すると、セリーヌは一頭ずつ真剣な眼差しで見て回った。

毛の色、脚の太さ、目の形──

ただ「可愛い」と言うだけではなく、騎乗を前提に見ている視線だった。


「あなた、馬に乗れるの?」

「少しだけ……。父に教わりました」

「少し?さっき、大人たちが話していたわ。『ラウエンの坊主は馬の目を見れば機嫌がわかる』って」


セリーヌは、いたずらを思いついた子供のように口元を吊り上げた。

「ねえ、あとで、乗っているところを見せてくれる?」


「え?」

「それとも……口ほどにもない?」


挑発めいた視線に、アルノルトは思わずむっとした。

同じ年頃と思っていた少女に、そう言われて引き下がれるほど、素直でもない。


「……いいですよ。走らせてみせます」


「ふふ。楽しみ」



馬房のわきには、木剣と木製の盾が立てかけられていた。

農民兵の訓練や、自分たちの鍛錬に使っているものだ。


セリーヌはそれを見つけると、迷いなく一本の木剣を取った。

両手で確かめるように握り、軽く素振りをする。


「重さは……こんなものね」

「セリーヌ様?」

「うちの弟や家臣の子どもたちが、よく庭で真似事をするの。わたしも、ちょっとだけ混ざったりするけど」


言いながら、もう一度、今度は片手で振ってみる。

足の運びはぎこちないが、腕の力は意外にしっかりしていた。


「アルノルトは、剣も得意なんでしょう?」

「まだまだです。父上には遠く及びません」

「比べる相手が悪いわ。だったら、わたし相手にどうかしら?」


セリーヌは一歩下がって構えを取った。

片手を腰に引き、木剣を正面に突き出す。


貴族の子弟が習う、礼法混じりの基本的な構え──

だが、その足元は、転ばないようにしっかりと地を踏んでいた。


「……いいんですか?」

「本気で斬り合えって言ってるわけじゃないわ。ほんの“真似事”よ。あなたがどれくらい強いのか、知りたいだけ」


アルノルトは少し迷ったが、やがて木剣を一本取り、向き合った。

父なら「客人に怪我をさせるなよ」と釘を刺す場面だろうが、それは自分でも分かっている。


「では……軽く、打ち合うだけです」

「ええ」


互いに一度だけ礼をして、構えを取る。

二人の間に、子供同士とは思えない、短い沈黙が落ちた。


最初に動いたのはセリーヌだった。

慎重に一歩踏み込み、恐る恐る木剣を突き出す。


(肘が伸びきってる。足も止まってる……)


アルノルトは、その突きを軽く払って流した。

それでも、木と木が触れ合う乾いた音に、セリーヌの肩がびくりと震える。


二合、三合。

アルノルトは決して強く打たず、受け流すように剣を当てた。


守りながら気づいたのは、セリーヌの目が一度も逸れないことだった。

打ち込まれるたび、わずかに顔をしかめはするものの、すぐに食らいついてくる。


「……やる気だけは、本物ですね」

「だけは、って何よ!」


思わず口に出た言葉に、セリーヌが頬を膨らませる。

振り回した木剣は相変わらず形になっていないが、その中に、「負けたくない」という気持ちだけは確かに宿っていた。


最後に、アルノルトはセリーヌの木剣の腹をそっと押し返し、距離を取った。


「これくらいにしておきましょう。続けたら、本当にどちらかが転びます」

「……負けを認めたってことにしておいてあげる」


息を弾ませながら、セリーヌは木剣を下ろした。

額に汗がにじみ、頬はほんのりと紅い。


アルノルトは、思わず小さく笑う。

「次までに、もう少し足の運びを覚えてください。剣だけ振っても、あまり意味はありません」


「あなたが教えてくれるの?」

アルノルトは少しだけ逡巡したが

「……時間があれば、少しだけなら」

その答えに、セリーヌの目がぱっと輝いた。



館へ戻りながら、しばらくのあいだ、二人は息を整えながら歩いていた。

セリーヌはふと足を止め、遠くの国境の山並みを見上げた。


「ねえ、アルノルト」

「はい?」

「戦が、また起こると思う?」


九歳の少年には、その問いは少し重かった。

だが、ここは国境の村。

その空気を、幼いなりに肌で感じてもいる。


「父上は……『いつか必ず来る』と」

「やっぱり、そうよね」


セリーヌは小さく息を吐いた。


「わたし、父や弟たちの足手まといにはなりたくないの。だから、剣も、馬も、ちゃんと覚えておきたい」


その横顔には、年齢に似合わぬ決意があった。

アルノルトは言葉に詰まり、そんな彼女を横目に見ながら歩き出す。


「……だったら、また来ればいい。ここなら、馬も剣も、少しは役に立つことを教えられると思います」


「本当に?」

「はい。父上が許せば、ですが」


セリーヌはふっと微笑んだ。

その笑みは、庭で見せた勝ち気な表情とは違い、どこか柔らかい。


「約束よ、アルノルト」


差し出された彼女の小さな手を、アルノルトは一瞬ためらってから握り返した。

その掌は、貴族の娘にしては驚くほど固く、少しだけ剣だこができ始めていた。


その日の夕暮れ。

エーベルハルト家の一行が去ったあと、ラウエン家の中庭には、まだ馬の蹄の跡と、小さな足跡が残っていた。


アルノルトはそれを見下ろしながら、胸の奥で、さっき交わした約束の重さを、子供なりに噛みしめていた。


ここでは作品を書くにあたって設定した内容を記載しておきます。

架空世界なのですが、なかなか現実世界の感覚から離れられず、デタラメな部分も多数存在します。

今回は貨幣関係です。


●貨幣

ソル(金)

 最も価値が高い高額通貨。叙勲、恩賞、馬の取引、大規模工事費などで用いられる。大きな戦功の褒美として王から授与される象徴的存在。10クラウ=1ソル相当。


クラウ(銀)

 生活経済の中心。兵士の給与、馬の売買、農産物の輸出などで多用。1ソル=10クラウ相当。


フェル(銅)

 庶民の生活で最も流通する通貨。日用品、食料、酒代など。1クラウ=10フェル相当。


●価格例

軍馬一頭=25ソル程度、良戦闘馬一頭=80ソルから120ソル程度

宿一泊=1クラウ

パン一斤=3フェル

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