第1話 霰 あられ ……君を、ずっと愛している。
霰 あられ
あなたは神様って信じますか?
……君を、ずっと愛している。
その山はとても霧深い森の奥にあった。
神様が暮らしているという言い伝えのある聖なる山。
本来であれば、誰もが神事のとき以外には足を踏み入れてはならない決まりごとになっている聖なる場所。
聖域。
そんな場所に楠木樹は一人で足を踏み入れた。
背中には登山用の荷物を入れた大きなリュックサックを背負い、服装もこの間、リュックサックや荷物と同じように、街でまとめて購入した登山用の服を着ている。
足元も同じように、登山用のブーツを履いている。
腕には絶対に壊れないといううたい文句で売られている頑丈な腕時計をしている。
樹は、森の中でその腕時計を見て時刻を確認する。
十三時。
十三は不吉な数字だと、樹は思う。
樹はその場で大きな木の根元に腰を下ろして、少しだけ休憩をする。水筒の水を飲んで喉を潤す。
木々の隙間から見える曇った空を見上げる。
澄んだ空気を吸い込んで、その身も心も、……そして、その魂までも、そのすべてを清め、厄を払い、魔を退ける。
「よし」
樹は言う。
それから樹は立ち上がり、再び、神さまがいるという言い伝えのある山を登るために足を進める。
鳥が、樹の頭上で小さな声で鳴いている。
森の木々はとても美しいものだった。
ずっと東京で暮らしていた樹には、そのすべてが真新しく、新鮮な風景に思えた。霧は深いが、それがまた、世界に幻想的な雰囲気を醸し出していた。
この先の山に神さまがいると言う伝説も、もしかしたら本当のことなのかもしれないと、樹は思った。
大地は少しぬかるんでいた。
つい最近、雨が降ったのか、それとも、この濃い霧のせいなのか、それは自然の知識がほとんどない樹にはどちらかわからなかった。
しばらくの間、そのまま進むと、遠くから水の流れる音が聞こえてきた。
どうやら近くに川の流れている場所があるようだった。
樹はありがたいと思った。
持ってきた水はまだ十分、量が残っていたのだけど、できるだけ水はとっておきたいと思っていた。
樹は森の中の道を少しだけ外れて、音のするほうに進んだ。
すると、そこには予想通りに川があった。
凸凹の石や大きな岩のある森の中の川だった。
樹はその川のすぐ近くまで移動すると、両手でその美しく澄んだ水を救って、その冷たい川の水を飲んだ。
その水は樹が街から用意してきた水筒の中の水よりも、数倍、美味しかった。
「ふう」
樹はそのまま、その場で再び、少しだけ休息を取ることにした。
(……体力の衰えを感じる。もう、若いころのようには体が動いてはくれないようだ)
すると、しばらくして、がさがさ、と近くの茂みが動いて、そこになにかの生物がいるということを樹の耳に報せてくれた。
樹は素早く身を動かして、その茂みの中にいるなにかの生物の存在に対して身構えた。