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指切りの船  作者: 影津
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1-4

 八月二十四日、土曜日。午後十二時半。南港に着いた。


 イレブンは事故後、派手な色の服を着ることができなくなっていた。だから、白一色の服装になるのだが、今日はいつもと違う色にしたいと思って、上は白のTシャツ、ズボンは水色のジーパンにした。それが祟って、蒸し暑い。


 髪も肩につくぐらいだったので、こんなに暑いのなら切ってくればよかったと後悔した。せめてメンチ切ってイキっていたころのように、ヘアピンで止める工夫をすればよかった。


 フェリーあおいとりはすでに入港していた。


 一万三千トン、全長一九〇メートル、全幅二十七メートルの船は、マンションのようだ。


 あおいとりに乗りに来たという感慨深さがある。


 車の詰め込みがほぼ完了していた。


 ――俺たちがぶち当てたあおいとりとは別のあおいとりだな。


 あおいとりは一代目、二代目が存在すると、スマホで調べて知った。一代目あおいとりは火災で一時就航が難しくなったらしい。二代目はイレブンとソラが衝突事故を起こし、まだ就航していない。幸福を司るあおいとりというネーミングなのに、皮肉なことに全然いいことがない船とも言える。今日乗るのは、修復されたあおいとり一代目のようだ。違いは煙突が一つか二つかだ。煙突は一つしかない。


 気掛かりなのはソラが来るかどうかだ。あれから、一度もLINEの既読がつかないのだが、こちらも乗船前にターミナルで乗客名簿を記入しておかないといけない。


 ソラの姿はターミナルにも船着き場にもない。このままだと一人で乗船しなければならなくなる。先に乗り込んでいる可能性もあるが、それなら連絡ぐらいくれてもいいはずだ。ソラは突拍子もないことをしでかして、しれっと脅かすことはあるが。


 ――俺を試すような真似はするだろうか。


 ソラに引きこもっていることを知られたのを、今さらのように後悔した。あの日は驚きと再会できた喜びでなんでも素直に受け答えしてしまったが、ソラに情報を渡すと後でいいように手札として使われる。


 乗船名簿にソラの名前があるかどうかをスタッフに確認してもらった。現時点ではない。


「あ」


 ソラが乗れるわけがない。チケットは手元に二人分ある。


 ソラが来ないことに焦りを感じていると、背後から誰かの細い指が背中に置かれた。振り向くと、消炭先生がいた。診察のときと変わらずピンク系のブラウスを着ている。今日は黒のタイトパンツに、黒のローファーを履いている。いつもより黒い色が多く、痩せて見える。


「え、先生なんでここに」


「やっぱり彼女はいなかったか。いやね、もし困ってたらいっしょに乗ってあげようと思って」


「え、でも」


 先生よりソラと行きたいのがイレブンの本音だ。


「来るかどうか分からないんでしょ? 大丈夫。まだ、もう一枚チケットを持ってたのよ。私は私で一人旅だから、気にしないでね。別に船の上でもカウンセリングするわけじゃないから、お互い気にしないで羽根を伸ばしましょ」


「めっちゃ乗りたかったんすね」


「まあね。私は左舷側の和室スイートルームで、イレブン君は右舷側の洋室スイートルームでしょ? 船では会わないから気にしないで。先に乗ってるわね」


 先生がいなくなってすぐ、誰かがわきを通り過ぎた。赤の七分丈のパーカーにリップド加工をした黒のスキニーパンツ、赤のブランドもののスニーカーというソラお得意のコーデだ。暑そうに見える見た目なのに、首筋には汗一つかいていない。


「ちょ、ソラ遅いって」


「遅れてないだろ」


「まあ、そうだけど。てか、LINE見たのか。既読ぐらいつけろよ」


「それよりチケットくれよ。手続きしてくる。先に乗っててくれ」


「いっしょに行くって」


「いいから。女子がツレションするんじゃあるまいし。手続きぐらい一人でできる」


「てか、荷物は?」


 イレブンは着替えをリュックに入れてきた。それと、酒をこっそりソラのために。


「財布だけで十分だろ。一泊するだけだし」


 ソラには具体的な内容はほとんど伝えていないのに、どんなクルーズなのか知り尽くしているようだ。ホームページで調べたのだろうか。不良ではあっても頭がいいのがソラだが。


 ――まあ、ガキじゃねぇし、先に乗っとくか。


 イレブンは搭乗口に立つと改めてすごい船に乗るということに気づいた。飛行機に乗るときのような通路が搭乗口で、船の六階部分に繋がっている。


 フェリーあおいとりの乗客が使えるフロアは、六階、七階、八階だ。スイートルームは最上階となる八階の船首寄りにある。操舵室のすぐ後ろだ。


 搭乗口から船内に入り込むとすぐ、吹き抜けのホールみたいなところに出た。タイタニック号でいうところの大階段だ。六階から八階まで三層吹き抜けになっている、アトリウムと呼ばれる場所だ。円形になっていて高級感がある。階段の水色の絨毯、八階の天井からは青いライトが降り注ぎ、海の中にいるような神秘的な雰囲気がある。よく見ると、八階の天井では海洋生物の絵が動いている。プロジェクションマッピングだ。


 ソラを待っていたが、待てど暮らせどソラは乗り込んで来ない。まったく何をしているのか。


 荷物だけでも部屋に置くことにした。六階から八階へ大階段を上がった。八階はスイートルーム、スイートラウンジ、操舵室のほかは展望デッキになっている。展望デッキは七階にもあるようだが、船尾側にある七階展望デッキより広いらしい。あとで見に行ってみよう。


 これ以上、驚くことはないと思った大型フェリーだが、スイートルームに入ってみて久しく感じていなかった感動を味わった。


 まず、部屋が自動ドアで驚いた。チケットのQRコードが部屋の鍵になって開くのだ。


 室内にはツインベッドがある。大型の薄型テレビと、本棚、机、ソファもある。


「やべぇ、普通に家じゃん」


 窓は一メートル以上ある円形で、船という感じだが解放感はある。


 それから、浴室、トイレは当然あるとして、バルコニーがあることに驚いた。


 展望デッキに行かなくても、バルコニーに出てチェアに座れば海を独り占めして眺めることができる。


「海つきの引きこもり部屋になりそうだな」


 早くソラにも見せてやりたい。


 イレブンは荷物を置き、部屋を出る。


 八階アトリウムから手を振って驚かせてやろうと思ったのに、ソラは六階搭乗口に現れない。どこかで入れ違いになったのかもしれない。部屋でくつろいでいたりしてと思い、部屋に戻ろうとしたら、背後からぬっとソラが長身を覗かせた。


「うわっ。脅かすなよ。最近、何? 脅かすのお前の中で流行ってんの?」


「悪りぃな遅くなって。日が高いと、どうもめまいがして辛いわ」


「どっか具合悪いのか?」


「まぁ、あっちこっち悪いかもな。だから頼みがあんだけど。チケット、代わりに持っててくれね? 次に使うのは降りるときだろ?」


「え? まあいいけど。本当に大丈夫か?」


 ソラの顔は元々女子にモテるだけあって色白だから、具合が悪いのかどうかは顔色だけで判断できない。


「これから楽しむってのに、浮かない顔してるのはどっちだよ」


 イレブンは自分が相当酷い顔をしている自覚はなかった。目の下のくまが酷くなったのは、事故の後からだが、日焼けして褐色だった肌も今ではソラに負けないぐらい白くなってしまっている。


「そりゃ、お前が乗って来ないからだよ。何してたんだよ」


「乗れるだけラッキーかなって思ってな」


 どういう意味なのか。


「とりあえず、チケット預かっててくれよな」


 ソラは質問する隙を与えず、チケットをイレブンの手に握らせた。


 見ればチケットには落書きが施されている。フェリーのトレードマークであるあおいとりの絵の横に、二年のときの理科の男性教諭がキスしようと唇を細く伸ばす絵が描き込まれている。


 嫌いな先生だった。のっぺりした丸顔に、油性マジックで描いたかのような太い眉が特徴のカエル顔。


「うわ、マジキモすぎんだけど」


「上手いだろ? じゃ、とりあえず部屋行くわ」


「あ、俺も行く」


「だから、お前は女子かって。船内を探検でもしてくればどうだ?」


「まぁいいけど」


 ソラが自分を避けているように感じたイレブンは不満げに、六階のショップに立ち寄る。


 ハンカチや船のキーホルダー、ハガキといったあおいとりオリジナルグッズから、大阪と鹿児島のお土産の菓子類が置いている。


 土産屋ものが船内にあるのかと感心すると同時に、ホテルといっしょだなと思った。


 一通り見終えたとき、船内で銅鑼が鳴った。噂には聞いたことがあったが、出航十五分前の合図だ。乗客たちが急に賑やかになって、面白くなってくる。ソラといっしょにデッキに出てみようと思い、呼びに行く。


 ソラは部屋にいない。施錠されている。


 ソラの様子がずっとおかしい。変わってしまったのはイレブンも分かっていたつもりだったのだが。少年刑務所でソラは何を想い、一年の刑期を終えたのか。


 ――本当はソラは俺以上にサポートを必要としてるのかもな。くそ、どうして気づいてやらなかった。


 ソラの行きそうな場所はどこだろうか。人の多いところに顔を出すのが好きだから、展望デッキに先に行ってるなんてこともあり得る。落ち込んでいるソラを想像するよりも、簡単に想像がつくことだ。


 ――声ぐらいかけてくれりゃいいのに。


 最上階である八階展望デッキには人が大勢詰めかけていた。出航まで五分を切った。ターミナル付近には見送りの人達が詰めかけている。


 イレブンは展望デッキをぐるっと一周した。すると、手すりにもたれて黄昏れているソラを発見した。


「おい」


「ああ、イレブン。何カッカしてんだ」


「何って、お前部屋にいねぇし」


「ちゃんと部屋番号確認してくれよな。まさか、相部屋だと思ったのか? 困った奴だな」


「はぁ?」


「チケット見てくれよ」


 イレブンはチケットに描かれている部屋番号を確認する。


「E007のスイートだけど」


「ちげーよ。俺の方」


「E006スイート……。あれ? 嘘だろ。二部屋分のチケットだったのかよこれ」


「そう。だから、俺は隣の部屋な。ちなみに、作りはお前のところとまったくいっしょだぜ」


「ってことは、俺一人であの広い部屋を使うことになるのか。何だかな。結局家で一人寝るのと変わらなくね?」


「かもな。てか、それだとお前の部屋十畳も十五畳もあることにならね?」


 ソラがげらげら笑いながら言うので、イレブンは安心した。


「あるわけないだろ」


「どっちが黄昏れてんだか」


「え、俺、黄昏れてるなんて言ったか?」


「さっき俺のことまじまじと見てたからお前の考えてることはだいたいわかるんだわ」


 ソラの洞察力には参った。


 あおいとりの(もや)いが解かれた。ゆっくり大阪港から離岸する。


 汽笛が鳴り、あおいとりは約五百人を乗せ志布志に向けて出航した。


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