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指切りの船  作者: 影津
12/23

3-4

 暗闇の中、壁伝いに進んでイレブンと澪はスイートラウンジに辿り着いた。そこでテレビ台の中にあった懐中電灯を二つ手に入れた。これで、スマホのライトを使って無駄にスマホのバッテリーを消耗しなくて済む。


「もっとあった方がいいだろうな」


「ほかにどこに置いてるかあたしも知らなくて。ちょっと、もっとゆっくり歩いて。本当にこの暗闇、怖すぎるよ」


「暗所恐怖症とか?」


「それはないけど」


「なんだっけ、火が怖いんだっけ。さすがに火はないだろ。火事でも起きない限り」


 澪が立ち止まる。イレブンは何かまずいことを言っただろうかと首を傾げる。


「置いてってもいいのか」


「……デリカシーなさすぎ」


 消炭先生の部屋はW012で左舷側にある。スイートラウンジから近いはずなのだが、懐中電灯の灯りだけを頼りに進むと、一分もかからない距離が遠く感じる。


 幸い消炭先生の部屋から、ほの暗い灯りが漏れていた。ミニサイズの懐中電灯を持っているようだ。


「消炭先生いますか! 俺です。イレブンです」


 部屋から漏れている蛍光色の光が揺らぐ。ドアが開くと、いつもの見慣れた先生の細い顔があった。


「先生無事だったんすね! 良かったぁ。てっきり先生もいなくなったのかと」


「私は大丈夫よ。澪さんから消えなかった人がいるって聞いてね。不良って言ってたから、イレブン君が無事ならいいと、ずっと祈ってたところよ。それに、大変なことが起きてるとか」


「そうなんだよ。料理が腐ってて虫だらけだったり、乗客みんな消えちゃったり。おまけに停電だろ」


「料理?」


「レストランの。賞味期限が切れてるってレベルじゃなくて、何年もほったらかしにしていたような感じで」


「それは変ね」


「先生はずっと自室に?」


「ええ。ライブイベントは疲れちゃうから、はじまる直前まで寝て待つつもりだったの。夕食はレストランが閉まる十時前に行くつもりだったんだけど。そういえば、イレブン君は薬ちゃんと飲んだ?」


「うわ、忘れてた」


 さっき見た指が這い回る幻覚は、薬を飲み忘れたことが原因なのかと思い当たる。


「私の心配はありがたいけど、まず自分の部屋に戻って飲んで来なさい」


「ああ、財布にいくつか入れてるから、今飲めます。お水もらえます?」


 イレブンは尻ポケットから財布を取り出し、薬を飲ませてもらう。さっきの幻覚は幻覚と呼ぶには生々しかった。


 ――薬で治まればいいんだけど。


 消炭先生はイレブンの手を取る。冷たい手だ。


「こんな状況で言うのもなんだけどね、今日は早く寝た方がいいわよ。眠れるうちにぐっすり寝るぐらいの厚かましさがあった方が、体力を温存できるから」


「先生、今日はなんだか格言みたいなことを言うんだな」


「今日は酔っちゃって」


 酔っているのに手が冷たいのは、よほどの冷え性なのかもしれない。


「先生、お酒飲めるんすか」


「ええ。もっぱら家飲みだけどね。スイートルームにスパークリングワインがあるなんて驚きじゃない? つい、夕食前に空けてしまったのよ」


 先生の言葉尻が聞き取りにくいぐらいの大きな声がした。外からの声が漏れ聞こえてきた。


「外で何かあったの? ドアを開けてみなさい」


 部屋のドアを開けると、女社長の声が聞こえてきた。先生の部屋はアトリウムに一番近い位置にあったので、六階アトリウムの声が八階まで聞こえるようだ。


「みんなどこに行ったの!」と女社長が叫んでいる。


 澪が走り出す。イレブンも後を追う。


 八階の手すりから六階を見下ろす。澪が懐中電灯を持つ母親の姿を認めて返事をする。


「あたしと蓮寺さんはずっと八階よ。さっき発見した消炭先生も動いてないよ」


「澪! そこを動かないで。勝木田、六車、覚王がいないのよ!」


 イレブンは身を乗り出す。


「勝木田は大浴場にいなかったのか? 女社長さんは、ソラと会ってない? ソラはあんたに会うって言ってたんだけど」


 澪が懐中電灯でイレブンの頭を殴る。


「いたっ!」


「それはおかしいってさっきあたしが言ったでしょ」


 女社長からもキレられる。


「どうして私が覚王と会わないといけないのよ! あなたは六階まで降りて来なさい! ここからじゃ怒鳴らないといけないでしょ? 澪はそこで消炭さんと二人でいなさい」


 澪は消炭の部屋に戻る。


 イレブンは仕方なく真っ暗な大階段を降りた。レストランに向かう女社長に追従する。


「三人とも消えたんすか」


「ええ。乗船した五百人が消えた中、今さら新たに三人が消えても驚かないけど、責任問題になるじゃない。私は今日、この船に客として乗ったけど何としても見つけ出さないといけないわね。特に今しがた消えた三人なら、何か痕跡が残ってるはずだから」


 女社長の懐中電灯を持つ手が震えている。灯りのないレストランは腐臭もあいまって、厨房から不気味な人影が現れそうな雰囲気がある。


「探すの手伝うよ」


「当たり前でしょ。ほかは女性ばかりなんだから」


「女社長、まさか怖いんすか?」


「こ、怖いわよ。悪い? お化け屋敷だって普段から行かないんだから。絶叫系ならどんと来なさいってなるんだけど。離れないでよ」


 イレブンは一歩引いた。身長一七〇センチもある女社長が寄りかかって来られたらたまらない。


「いや、せめて一人で歩いてくれよ」


「ほかにも確かめないといけないでしょ? どうしてここの料理が腐っているのかとか。こんなのお客様が食べてたら、食中毒事件になっちゃうじゃない」


「俺、もう食って吐いたし」


「あなたは別に心配しないわ」


「え? ひどっ」


「あと調べきれていないのは六階の個室なのよ。七階を調べたときも客室はすべて施錠されていたわ。五百人みんなが鍵をかけてこの船を降りたなんてあり得る?」


「救命ボートがないってことは、みんな勝手に降ろしてそれに乗っちゃったとか」


「膨張式救命筏ね。海に落とせば勝手に開くから、誰でも可能でしょうけど。考えたくないけど、それだとまだましな方よ。本来の航路から外れる前だったら、ほかの船に見つけてもらえる可能性が高いし。でも、それだと理由が分からないでしょ? 退船するときは必ず、船長の船内放送があるはずよ。私たちだけ置いて行かれる意味が分からない。そもそも慌てて下船したのなら、部屋に鍵をかけている暇もないはず。なのに、きっちりどの部屋も施錠されているのよ。まるで最初から誰も泊まっていないみたいに」


 言いながら女社長は身震いする。


「あー、やだやだ。私は幽霊なんて信じないのに、何を言ってるのかしら」


「幽霊が怖いんだ」


「いないのに怖いも何もないでしょ?」


「そういえば、この船って、一代目あおいとりを改修してるって聞いたけど。火事かなんかで」


 女社長はイレブンを睨みつけた。イレブンも言ってからまずいことに気づいた。女社長があおいとりの事件事故に巻き込まれるのは、今日のトラブルを入れると三回目になるのか。


「あ、なんか悪いこと聞いてすんません」


「ねえ、今どうするかが大切だと思わない?」


 ――どうしたんだ急に。正論だけど。


「私は澪を救いたい。あなたも覚王ソラのためならなんでもするんでしょ? イソギンチャク君」


「イソギンチャクって、腰巾着か何かっすか?」


「そう、腰巾着。ほかにあなたのアイデンティティって何かある?」


「うっせぇ」


 女社長はレストランのテーブルに船内フロアマップを広げた。


「あなたにも消えられたら困るから、いっしょに一室ずつ見て回るわよ」


「それって、手分けして探すのが怖いからじゃ?」


「うるさいわね。七階は頑張ってやってやったわ」


 そのときレストラン入り口から人影が動いた。


 女社長が「ひっ」と息を呑む。


 ソラがひょっこり現れた。


「ソラ良かった! 消えたって聞いて」


「え? 女社長を探してたんだ」


 ソラは懐中電灯を持っていない。暗闇の中一人で動き回っていた度胸が、相変わらずすごいとイレブンは感心した。


「俺に嘘ついてまで動き回ってたのかよ」


「女社長を尾行するには、俺一人の方がいいと思ってな。てか、それどころじゃねぇ、大変なんだ!」


 女社長はソラの登場に機嫌を悪くした。


「脅かさないでよもう! 勝手に消えて勝手に現れたりして、もうなんなの!」


「勝木田が殺された」


「え、ちょっとどういうことよ!」


「大浴場で死んでたんだ。死因は恐らく失血死だと思う。とにかくいっしょに見に来てくれ」


「大浴場ならさっき見に行ったわよ」


「ちゃんと中まで入って確認しなかったろ」


「どうしてそれを。だって、男湯に入れるわけないでしょ。それでも、一応は声をかけたわ。真っ暗だし返事がなかったから、てっきりいないと思って……。あなたには部屋で待機って言ったはずだけど、それを無視して私を責めるの?」


「嫌な予感がして、あとをつけた」


「何それ。悪いけど私は霊感とか第六感を信じないのよ。普通に考えて目の前で急に停電になったんだから、懐中電灯を取りに行くのが先でしょ」


「つまりビビッてたのか」


「こんな巨大な船が急に真っ暗になったら、誰だって怖いでしょうが」


「とにかく三人で大浴場を見に行くぞ」


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