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指切りの船  作者: 影津
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プロローグ

 三層吹き抜けのアトリウムで開かれた立食パーティーに、少年は足が痺れるのを感じていた。


 船内パーティーは、十歳の少年にとっては別に目新しいイベントごとでもなかった。母親の会社が開催する忘年会、新年会、そして今日の夏の納涼会といつも大阪港発のフェリー上で行われてきた。


 少年の母親は司会者の横でずっと立っていたが、「社長から一言お願い致します」と振られて、「一言でいいの?」とすっとんきょうなリアクションをしてお客さんたちを笑わせている。


 ここからあと何分退屈な話を聞かないといけないのだろうと、少年は俯いた。少年はピンクの花を咲かせたデザインの青いブラウスを着ている。別にバカンスというわけではないが、この服は船上の陽気さを反映させられたものだと蒼白い顔で感じている。


 少女のような華奢な少年は軽やかに、今いる六階フロアから八階フロアに駆け上がる。


 八階の操舵室を見に行く。スイートルームのすぐ近くにあるし、母親のコネを使って、入れてもらおうと少年は思った。


 操舵室のドアは開け放たれていて、何やら騒がしかった。誰かが怒鳴り込んでいた。タキシードで着飾っているおじさんのようだが、粗野な印象を受けた。黒髪をオールバックにし、口髭、顎鬚を共に蓄えている。


「だからバラストを抜けって言ってんだよ」


 少年は即座に不穏なことが起きていると察する。バラストとは、船がバランスを取るために船内に注入する海水のことだ。船を重くし、喫水線(船が浮かんでいる部分と海面に沈んでいる部分の境界線)が上がることによってバランスを取ることができる。船が倒れそうになっても、元の位置に戻ろうとする力を調節している、船の重しだ。バラストを交換することはあっても、航行中に抜くことはあり得ない。


「そんなことはできるわけがない」少年と顔なじみの船長は毅然と言い放つ。


「できるできないは問題じゃねぇ、やるかやらないかだろうが」


 タキシードのおじさんの吊り上がった目が嫌らしく微笑んだ。


 おじさんが何か液体をまき、タバコが落ちたのが見えた。と思ったら視界は真っ赤になる。


 大きな爆発音とともに、少年は熱いと思った。後方へ飛ばされた少年は、何秒か意識を失っていたが、機械を破壊する乱暴な音で目が覚めた。


 船長は火だるまになって転がっている。ほかの航海士もだ。


 タキシードのおじさんは手にバールを持ち、機械類を破壊しはじめた。無線電話や遭難自動通報用送信機、自動操縦装置を壊しているに違いない。


 人間の焼け焦げる臭いが少年の鼻を刺激した。誰かが這って廊下に出て来た。と思ったら、こと切れた。真っ白な威厳のある服が燃えて、船長か航海士か判別できない状態だった。それどころか、廊下のカーペットに炎が燃え移りはじめた。


 燃え広がる黒煙に、たまらず放火した張本人も破壊工作をやめて、飛び出してきた。燕尾の部分がちりじりに燃えている。大慌てのおじさんはバールを放り出し、服を叩いて消化した。


 少年はおじさんが、手を伸ばしてきたことに驚いて目を瞑った。それがいけなかった。少年は十歳にしては低い身長と、軽い体重だったために軽々と持ち上げられてしまった。


 最初はこの烈火から救われたのかと思ったが、乱暴に引きずられていくにつれ、大変な事態が起きていると知った。


 悲鳴が階下から響いてきた。火災のはじまりは、六階のパーティー会場からだったのだ。ビッフェの乗ったテーブルクロスは燃え盛り、絨毯に炎が移り、それが人を舐めるようにさらっていく。


 三層吹き抜けのため、立ち昇った黒煙はパーティー会場から少年のいるフロアへ充満してくる。


 少年は黒煙の中意識を失わないよう、口元を押さえた。だが、階下から響き渡る悲鳴と混乱の足音に怖気を振るう。


 少年が意識を失う直前まで、火災ベルが地獄となったパーティー会場を賑やかしていた。


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― 新着の感想 ―
燃える描写がイイ感じ (*´艸`*)
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