第5話 岳都陥落
教会の中は溢れんばかりの人でごった返していた。
そして何となく不安に思っていたことの一つ、教会=聖なる空間、ということで、ヴァンパイアである俺が入って大丈夫なのか、ということである。
これについては幸いなことに大丈夫であった。
特にデバフが掛かっているような感じもしないし、陽の光に当たったようなダメージもない。
そういえばもうすぐ夜が明けるな。
陽光に当たらないように何とかせねばなるまい。
せっかく今のところ人々に人間だと認識されてるのに、日光でダメージを食らっているのがバレてはヴァンパイアだとバレかねない。
何よりもうあの痛みは経験したくないというのもあるが。
そんなことを考えながら俺とソニアは人々が避難している広間の端に一緒に座っていた。
しばらく周りを観察してみる。
広間といっても教会の中の一室である。
日本で災害時なんかのテレビニュースで見る避難所のような感じで、それぞれ家族や知り合い単位で固まって座り込んでいる。
「もうおしまいだ・・・」
このような呟きがそこかしこから聞こえてくる。
俺が何とかできれば良いのだが。
今更になって女神にちゃんと能力を要求しなかったことを悔やむ。
いや、チートをもらおうとしたんだから要求自体はしたんだよ?
ただ、行き違いがあっただけで・・・
そうこうしているうちに外の喧騒はだんだん大きくなってくる。
魔物どもの侵攻がこの避難所近辺まで到達しているのだろう。
こうなってはいよいよどうするか考えなければならない。
現状、考えられる選択肢は二つ。
極論から言えば人間を見捨てるか見捨てないか、だ。
見捨てれば俺は助かるのではないかと思っている。
なぜなら、俺はヴァンパイアであり、幸い魔物どもにもそのように認識されているようだからだ。
俺が余計なことをしない限りは魔物に狙われる可能性は低いだろう。
しかし、当然見捨てたくはない。
そして俺は決心した。
ヴァンパイアになったとはいえ、俺の心は人間だ!!
先ほど俺を庇ってくれた女性の娘さんもこの中にいるのだ。
避難所の人たちもそれぞれ声を掛け合ってお互い支え合っている。
世界は違えど、人間が持つ良性、絆というものは共通なのだ。
よし!やってやるぞっ!!
▽▽▽
気が付くと全てが終わっていた。
俺は瓦礫と化した教会の中で意識を失っていたのだ。
なぜ、こうなったのか。
やや記憶が混濁しているようで、はっきりとまとまった思考ができない状態だがなんとか顛末を思い出す。
そうだ。
俺は人々を助けようと魔物どもに挑んだんだ。
思い出してきたぞ。
俺は、避難所の中にまで入ってきたスケルトンに目潰しの血糸を発動、スケルトンが怯んだ?ように見えたのでそのまま落ちてた短剣で斬りかかった。
短剣なら何とか使えたし、それなりに鋭い斬撃をお見舞いできたとは思う。
しかし、俺の攻撃を食らったスケルトンは意に介した様子もなく、その腕を振るってきた。
たかがホネの腕だ。
重さはないし、ちょっと痛いくらいだろう。
そう思っていた俺は一応両腕をクロスさせてガードを試みた。
しかし、その攻撃が俺のガードしていた腕に当たった瞬間俺は吹っ飛ばされた。
そしてそのまま壁に激突、そして意識を失った。
その後、なぜ殺されなかったのかは分からない。
俺がヴァンパイアだからだろうか。
他の人たちはみんな止めを刺されていて事切れているところから考えるに、おそらくそれ以外に理由はあるまい。
どれくらい時間が経ったのか分からないが、外は明るい。
たまたま建物が瓦礫と化したことで陽光を遮るものが多く、直接日光を浴びなかったから良かったものの気絶中に日光を浴びていたらそのまま死んでただろうな。
そんなことを思いながら陽光を遮ってくれている瓦礫に身を隠していると、突然その瓦礫が何者かにどかされた。
「ぎぃやぁぁああああっーーーーーーッ!!」
とんでもない悲鳴が出たもんだが、とんでもなく痛かったのだ。
俺は全身にもろに日光を浴びて、そのあまりの激痛のあまりその叫び声ののち気絶した。
『パッシブスキル(固有スキル)陽光耐性(小)を取得しました』
そんな声が頭の中に響いたような気がしたが、それが何なのか気にする余裕は全くなかった。
▽▽▽
ガラガラガラ・・・
気が付くと、そんな音とともに体に振動が伝わってきた。
俺は何とか起き上がり辺りを見渡す。
「気が付かれましたか?」
その声に振り向くと、いかにも騎士っていう鎧に身を包んだ金髪イケメンおじさまが居た。
「あ、えと。あなたは?」
咄嗟に何て答えて良いか分からないままに口を開いたが、そこそこまともな会話になるような発言ができたと思う。
しかし、俺のその問いを聞いたイケメンおじさま騎士は怪訝な表情をしている。
何て言うか、「何言ってんだこいつ?」みたいな表情だ。
「・・・・・・・、冗談ですよね?」
しばしの間があってそんな事を言われる。
いや、冗談ってどういうこと?
俺も不安そうな表情をしていたことだろう。
その俺の表情をしばらく観察していた騎士は「何という事だ・・・」と小さく呟くと俺にしっかりと向き直る。
「あなた様はご自身のことをどれくらい覚えておいでですか?」
「??」
「おそらく恐ろしい目にあったがために記憶に障害が出ているのでしょう。何を覚えておられて何を思い出せないのか、それを教えていただきたいのです。」
そう言えば避難所に入るときにも記憶が曖昧だと答えたら記憶喪失と思われたな。
あまり根掘り葉掘り聞かれても困るので細かいことは聞かないでくれというだけのつもりだったが、その勘違いには助けられた。
ここでもそのまま記憶喪失設定を通すのが一番だろうな。
実際何を聞かれても元から何も知らない俺には何も答えようがないわけで・・・
「実は、何も思い出せないのです・・・」
「おおっ・・・何と言うことだ・・・」
「おいたわしや・・・」
周りの騎士たちも俺の回答に騒めく。
そんな中、イケメンおじさま騎士だけはジッとまっすぐに俺を見ている。
真偽を見破られそうで怖いな・・・
「なるほど。分かりました・・・」
しばらく観察されていたが、イケメンおじさま騎士は納得したのか大きく頷きながら言葉を続ける。
「あなた様はここシャイナス王国の第十四王女殿下であらせられますアリシア姫でございます。ちょうど視察のために山岳都市ガイナスへ滞在されていたところに魔物どもの襲撃があったのです。」
ん?
「我々は姫さまを守護する近衛騎士団です。私は隊長のザックス。本来であれば姫さまにあのようなお怪我をさせるわけには行かなかったのですが、魔物どもの攻勢があまりに激しく、我々もこの三名を除いて全滅し私も気を失っておりました。」
大変申し訳ございませんとその三名は全員で頭を下げてきた。
その後の説明を要約するとこうだ。
隊長ザックスさん以下、近衛騎士たちはアリシア姫(俺じゃないよ?決して)を避難所に避難させたのち魔物の侵攻を防ぐために教会の外で戦っていたらしい。
時系列的には俺がソニアちゃんという女の子と教会に入った方が先だろう。
その後、姫さまを教会に残して魔物の撃退に向かったそうだ。
その時点では魔物どもに負けるなど露ほどにも思っていなかったようだ。
しかし、魔物達は想像以上の大群だった。
そして、大半はスケルトンのような雑魚で(俺はあっさりやられたが・・・)あったが、中にはAランク以上のやばい魔物も混ざっていたようで近衛騎士たちは一人、また一人とやられていったそうだ。
魔物の侵攻を防げず、なんとか姫さまを連れて撤退しようと思った時にはもう遅く、ザックスさんもやられてしまったらしい。
ただ、運が良かったのだろう、ザックスさんとこの二名は気を失っていたものの命に別状はなく、魔物の軍勢が全てを破壊し、街を去った後で何とか意識を取り戻し、姫さまを探したそうだ。
そして、俺を見つけ出し、傷の手当をしたのち他の生き残った街人から馬車と御者を調達し、王都へ帰還することとなり今に至るというわけだ。
まぁ壊滅した街に馬車や御者やってくれる人なんてよく残っていたなとは思うが、魔物たちも虱潰しに破壊できるものでもなかったのだろう。
しかし、そうなると本物の姫さまはどうなったんだ?
やはり、やられてしまったのだろうか・・・
しかし、これは少々まずいな。
いくら勘違いされてるとは言え、姫さんに成りすますのはまずいだろう。
バレたら死刑待ったなしだ。
「あの、私は姫ではないと思うのですが・・・」
記憶喪失設定だけに断言は避けておく。
しかし、姫ではないとしっかり告げる。
もちろん、姫ではないと分かったらそれはそれでその後は大変だ。
俺が姫でない以上、じゃあ本物の姫さまはいずこへ?ということになるわけで、王都へ向かっているだろうこの馬車も山岳都市に逆戻りということになる。
「何をおっしゃいますか・・・」
「いや、無理もない。ご自分のことが分からなくなるほど怖い思いをされたのだろう・・・」
「ああ、王へなんとご説明すれば・・・」
せっかく助かったは良いが、姫を守り切れずに記憶喪失にさせるなど近衛失格である。
もう自分達は処刑されてしまうに違いないと、隊員たちに絶望が見える。
「何とか、姫さまにご自身のことを思い出していただく他あるまい・・・」
ザックス隊長はそう言うと、俺に王国やその他近隣の国々のこと、王様や王妃、王子王女など姫さんの家族構成(ややこし過ぎてとてもじゃないが覚えるのムリ!)、その他いろんなことを教えてきた。
隊長が話し終えると他二名も次々といろんな知識を教えてくれたがとてもではないが覚えきれるものではなかった。
まぁ成り行きとは言えこの世界の知識ゼロの俺からすれば覚えきれないとはいえこれだけいろいろ教えて貰えたのはラッキーではあるが・・・
いや、ラッキーではないか・・・
このままでは姫さま成りすまし犯として処刑される未来まで一直線のレールに乗っているのは間違いない。
さてどうしたものかと考える俺であった。