第4話 魔物襲撃
「うわぁぁぁぁーーーー!!」
「ぎゃあっ!」
ガイン ギイン ドコォッ!!!
本来であれば穏やかな月明りの元、静寂に包まれているはずの夜の街に響き渡るは阿鼻叫喚の聲。
それにおそらくは美しかったであろう街を破壊しつくす地獄からの協奏曲。
俺は今、魔物の軍勢とともに訪れた街で魔物の大群を相手に奮戦する兵士達、その惨劇から逃れようと逃げ惑う一般市民であろう人々、それらをただぼんやりと眺めている。
なぜ眺めているだけかって?
いや、そもそもいくらヴァンパイアになったとはいえ魔物と一緒に街を滅ぼすなんてとんでもない。
だからといって人間側に立ち、魔物どもと戦うという選択肢もない。
なぜなら俺にはその力がない。
壁の落書きか目つぶし程度にしか使えない血糸では戦えない。
剣が持てれば剣技のスキルも役立つのだろうが俺に剣を持ち上げる力などないことも分かっている。
なぜそう思うかって?それはもう試したからだよ。
あのお城の鎧が持っていた剣じゃないよ。
ちゃんとこの街の兵士が持っていた剣を持ち上げてみたんだ。(もしかしたらオブジェとして作られた剣と実用の剣で重さが違うかも?って思ったからなんだが・・・)
ちょうど吹っ飛ばされて動かなくなった兵士が持っていた剣がカランカランと甲高い音を響かせながら足元に転がってきたもんだから、持ち上げてみたんだよ。
結果は・・・、なんとか持ち上がりはしたものの、とても振り回せるような重さじゃなかった。
というわけで、どうしようもなく突っ立っている次第である。
「お嬢ちゃんっ!そんなところにいると危ないわっ!一緒に逃げっ!?」
ガラガラガラッ
そんな女性の声が聞こえたと思ったとほぼ同時に建物が崩れてくる音。
「きゃあっ!」
「ママッ!!」
ドーーーーンッ!
一際大きな瓦礫が地面に衝突した音が響くとそこには瓦礫に下半身を挟まれた女性とその側で泣き喚きながらその女性に縋りつく少女の姿があった。
「大丈夫ですかっ!?」
俺は咄嗟にその女性の元に駆ける。
そしてなんとか瓦礫を持ち上げようとするが、
「くっ!」
思いっ!!
とてもじゃないが俺の力では持ち上げられそうにない。
「ママァッ!」
少女も頑張って持ち上げようとするが結果は同じ。
おそらく俺と二人掛かりでも結果は変わらないだろう。
「ソニア・・・、私のことはいいからこの子と一緒に逃げて・・・」
「イヤッ!ママと一緒じゃなきゃどこにも行かないっ!!」
何か・・・、何かないか?
俺に出来ることは・・・。
見知らぬ人とは言え、俺に一緒に逃げようと声を掛けようとしてくれた人たちだ。
俺に声を掛けなければ、この事態にも巻き込まれていないかもしれない。
もちろん、今は街全体が危険領域だ。
この場で難を逃れたとて生き延びられるかは分からない。
だが、そういう問題じゃないんだ。
・・・・・・
とにかく、試せることは試そう。
こういう時は考えるより動け、だ。
俺は近くに落ちていた鉄の棒を手に取る。
建物の何かの部品だろうか。
割と軽い素材で何とか俺でも振れそうなやつを見つけたのだ。
「やぁっ!」
俺は気合の掛け声とともに女性を圧し潰さんとしている瓦礫に向けて鉄の棒を振り下ろす。
剣技はパッシブスキルっぽいのでこれで一応発動するだろう。
ガンッ!
それなりに大きな音はするも瓦礫に何の変化もない。
当たった瞬間、女性の顔が一瞬苦痛に歪んだ。
衝撃が女性にも加わってしまったのだ。
瓦礫が割れてくれさえすれば、女性を助け出せるはずなんだが、女性の身体への負担がデカすぎるか。
何より確実に壊せる保証もない。
結果、女性に負担だけかけて瓦礫には何のダメージもないままということもあり得る。
これは続けるべきではないだろう。
「ヒックッ、ヒグ・・・」
「大丈夫よ。ねぇソニア。お願いだからこの子を連れて逃げて?」
嗚咽を漏らしながら泣き続ける少女の頭を何とか伸ばした手で撫でながら、女性は語り掛ける。
「いや・・・。だよぅ・・・。」
ザッ ザッ ザッ
嫌な予感がして音の方を見る。
やはり、というかスケルトンがいた。
「ひっ!」
「ソニアッ!!逃げなさいっ!!!」
スケルトンは何も言わず、(しゃべれないからだろうが)、シミターを上段に構え振り下ろそうとしている。
やばいっ!
どうすれば良いっ!?
考えろっ!!
考えるんだっ!!!
しかし、時は待ってくれない。
スケルトンはシミターを振り下ろした。
「くっ!」
ドンッ!
俺はその瞬間に何とか少女にタックルをかまし、自分の身体ごとシミターの攻撃線上から逃れた。
ザシュッ!
「っ!!」
無情にもその攻撃は瓦礫に挟まれている女性の、上半身を切り裂いた。
具体的にどこを斬られたのかは分からない。
とても、直視できるようなものじゃなかったからだ。
女性は最期まで悲鳴を上げなかった。
おそらく、あくまで推測に過ぎないが、ソニアと呼ばれた娘に、逃げる躊躇をさせないためであろう。
母親が悲鳴を上げて助けを求めている中、逃げられる子供はいないだろう。
女性はそれをわかっていたのだと思う。
スケルトンの攻撃は一撃にはとどまらず、その後も繰り返し、シミターを振っていた。
俺は少女の手を引いて、その場から逃げた。
逃げる事しか、出来なかった。
少女も諦めたからなのか、それとも放心状態で思考が追いついていないからなのか、特に抵抗するでもなく付いてきてくれた。
そして俺たちは、何とか人間たちが立てこもっている、街の中心にある教会のような建物へと辿り着いた。
「おおっ!ソニアちゃん、それに・・・、君は?」
入り口を守るのは兵士ではなさそうな男の人だった。
「おれ・・・、いえ、私は・・・。(そういえば名前決めてねぇ!)」
「ソニアちゃん、お母さんは、フィリアさんは一緒じゃないのかい?」
俺の返事を待つことなく、男性はソニアにいま一番聞くべきではない質問をした。
もっともこの状況では仕方がないのだろう。
おそらく、この男性、ソニアたち母娘と面識があるのだろうし、聞かない方が不自然ではある。
ソニアも少しは落ち着いたのか、何とか泣きながらではあるが今の状況を説明している。
俺は、とにかく名前を決めないとっ!
しかし、もともと名づけが苦手な俺である。
そんな短期間に名前が決められるわけもなく。
「それで、君もこの街の子かい?見たことない顔だが・・・」
「あ、えと・・・、ちょっと記憶が曖昧でして・・・。」
「なんと!?記憶喪失かいっ!?」
「無理もない。突然こんな惨劇に見舞われちゃあな。」
男性が驚いていると、そこにもう一人やってくる。
片目に眼帯をしている赤毛の女性だ。
兵士とは違う軽鎧を装備している、ゲームとかでよく見る、いわゆる『冒険者』っぽい恰好である。
「そうか。それもそうだな。お嬢ちゃん、とにかくここは危ない。奥に避難してなさい。ソニアちゃんも。」
そうして俺はソニアという少女と一緒に建物の奥へと入っていった。