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「ブルーノ。あなたの言い分はわかりました。謝罪を受け入れます」

「ロゼット!?」

「これはこれは、さすが侯爵家のご令嬢は寛大でいらっしゃる」

 ブルーノは調子を取り戻したように、にやけた笑みをうかべる。

「ただね、ひとつ言わせてちょうだい。これは親切心からで他意はないのですけど」

 私はちょっと考えるように右上を向くしぐさをする。

「はあ。何でしょうか」

「あなた、たぶんご婦人方から嫌われているわ」

「はい?」

 ぽかんとするブルーノ。

「殿方にはわからないでしょうけど、たとえ好意であっても、女は親しい間柄以外の方に触れられたくはないのよ」

「いや、しかし庶民の間では……」

「本当にそうかしら? よく思い出してみて」

 私はおっとりとした口調で話す。

「嫌われているとおっしゃいますが、私は、すでに妻も妾もいるのですよ……。これでも家族思いの良い男と自負しております」

「まあ、だったらなおのことよ。現在どのような間柄であれ、女は初対面の無礼をいつまでも忘れない生き物ですから……ですが、あなたに当てはまらいと思うなら、世間知らずの娘の戯言とお聞き流しくださいな」

 私はにっこり微笑む。

 ブルーノが口を開こうとしたところで、

「あ、そうそう、これだけはお伝えしておかなきゃ。あなた、ご自分では気付いていないのだと思うのだけど、かなりお口が緩いほうよ。さっきは手の甲が濡れてしまって、びっくりしたわ。私のような小娘ならいざ知らず、お相手によっては首が飛びかねないもの。ほんとうにお気を付けになって」

 私がここまで言い返すとは思っていなかったのだろう。ブルーノは笑みを引きつらせながら、

「ご忠告感謝いたします」

 と応えた。


 アリエル様は私の反撃に戸惑っていたが、ブルーノの態度が完全に私を馬鹿にしたものだとわかり、怒髪天にきたようだ。

 多少、私を見世物にしている自覚はあっただろうが、保護対象としている私にこうも非礼に振舞われれば、自身も軽く見られていたと受け取ってもおかしくない。


「ブルーノ、君は少しうぬぼれているようだ」

 冷静さを取り戻したような口調だったが、よく見れば握りしめた拳が震えている。

「俺は君の手腕を高く見ていた。だからこそ、できるだけ誠実に振舞ってきたつもりだ。だがな、忘れてはいないか? 俺も王家の血族だということを」

「いえそんな、滅相もない」

 ブルーノは神妙に首を垂れる。

「多くの部下たちを抱えて、多数の国の出来事を知るその立場は、確かに強い力を発揮できるだろう。だが、一国を収める血族が、清廉潔白なはずもないだろう。君の知らない隠し事など吐いて捨てるほどある」

 アリエル様は私をかばうように、隣に立った。


「隠し事のひとつを教えてやろう。ロゼットは、いずれ私の伴侶となる人だ」

「…………はい!?」

 驚きの声を上げたのはブルーノだったが、私の脳内から勝手に音が出たのかと思った。

「し、しかしロゼット様は、王太子殿下の……」

「王太子の怒りに触れ、刑罰を待って謹慎している。それが表向きの情報ということだ」

 え、それでは……まさかそんな……とブルーノはブツブツ言いながら青ざめていく。

「未来の辺境伯夫人は、初対面のことをいつまでも忘れないそうだが」

「お、お許しください。二度とこのようなことは……!」

「え、ええ。いいんですのよ。奥方とお妾さんを、大事になさって」

「はい! つきましては、留守を任せていた妻たちを一刻も早くいたわりたく、本日はこれにて失礼いたします!」

 ブルーノはそういって大慌てで去っていった。


 ブルーノが立ち去ると、今度はアリエル様がブツブツ言い始めた。

「なんて面倒な奴なんだ。こんなタイミングで尻尾を出してくるとは……」

「あの、アリエル様」

「さて、どう追い詰めたものか。やはり国王に相談して……」

「アリエル様」

 ハッとした顔をして私を見るアリエル様。

「俺の伴侶になるというのは嘘だ!」

「やっぱりそうですよね! 安心しました」

「えっ」

「えっ」

 なぜか顔を赤らめるアリエル様。


「と、とにかく、今は急ぎ片付けないといけない仕事がある。君は自室に戻っていてくれ」

「わかりました」

 廊下に出ようとする私を、アリエル様が呼び止める。

「今日は嫌な思いをさせて済まなかった。二度と客人の前に出さないと約束する」


 約束されてしまった。取引はもういいのだろうか。


 窓の外を見ると、高い塀の向こうに魔物の森が見える。

 どんよりとした曇り空のせいか、いつもよりおどろおどろしく見えた。




◇◇◇



 そのころ辺境伯領の中心街に、一台の馬車が停車した。

 青年は地味な服装をしていたが、見る人が見れば裕福な家の出であることがわかるだろう。

 男の一人旅としては少し多く思われる荷物を手に、青年は宿へと入っていった。


 青年は荷解きを終えると、鞄から取り出したクロスボウを抱え、手入れをはじめた。

 念入りに作業を終えると、窓の外を眺める。


 魔物の森を背景に、長い城壁を持つ城がそびえている。

 青年は懐かしむような表情で、その光景に向かって呼びかけた。

「待っていて、ロゼット。もうすぐ迎えに行くよ」

 雨雲が空全体を覆いつくそうとしている中、彼だけが陽光降り注ぐ窓際に立つように微笑んでいた。


◇◇◇

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