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 キャラバン隊長のブルーノは、砂漠地帯の王族もかくやという豪奢ないでたちだった。

 光沢のある絹の羽織の縁取りには、複雑に刺繍された金糸。

 指には卵ほども大きさのある緑柱石の指輪。

 日焼けした肌は笑うと深い皺をつくるので、かなり年上に見えるが実際は三十手前だという。

「辺境伯様、ご無沙汰しておりました」

「ああ、遠いところをご苦労だった。先日話していた我が領の工芸品の輸出について、もう少し詰めて話したい」

「もちろんでございます。ところで、こちらの姫君は?」

 ブルーノは私の首元をチラチラと見てくる。魔術宝石を身に着けていることが、すぐにわかったようだ。

「堪え性がないな、楽しみはもう少し先延ばしにしようと思っていたんだが」

「はは、高貴な方のようにお上品ぶっちゃいられません。好機を逃さないせっかちさがなきゃ商人は務まりますまい」

「紹介しよう、ロゼット嬢、こちらへ」

 手招きされて進み出る私を、ブルーノはまじまじと見つめる。

「キャメリア侯爵家のロゼットと申します」

「ほうほう、()()ロゼット様ですか! それはそれは……」

 私はかるく小首をかしげてみせるが、アリエル様は眉間に皺を寄せた。

「ブルーノ、あまり失礼な態度を取るようなら、彼女には帰ってもらうが」

「そんな殺生な! 失敬、あまりにお美しい姫君なので、浮かれてしまったようだ。私はしがない旅商人のブルーノ。おかげさまで、まあ食うには困らない生活をさせてもらっております。ご挨拶のキスをお許しいただけますかな」

 ちらりと、アリエル様の方を見ると、困ったような顔をしている。

「……許します」

 手を差し出すと、かなりしっかりと手を握られて口づけされた。

「……!」

 手の甲に、ぬるりとしたものが這うのを感じた。もしかして、手を舐めた……?


 ブルーノはゆったりとした動作で姿勢を戻すと同時に、長い袖で手の甲をするりと撫でていった。


 やっぱりこの人、わざとだ……。

 私は鳥肌を立てる。


 身を固くする私に、アリエル様はチラリと怪訝な目を向けた。

「もう気付いていると思うが、彼女の首にあるのは呪いを弱める魔術宝石だ」

「ほう、実物を見たのははじめてです。呪いにかかっているという方も。長く旅してきましたが、たいていそういう話は作り話や詐欺のたぐいです」

 ブルーノは若干疑わしそうに私を眺める。

「状況から察するに、現在彼女の呪いはかなり強まっている状態だ。俺は呪いのたぐいには耐性があるから何ともないが、この宝石を外した状態だと、普通の者なら妙な抵抗感を覚えるだろう」

 それを聞いてブルーノはケタケタと笑い出した。

「まったく、辺境伯様ときたら。上品なお顔でこれだからおもしろい。よろしいでしょう、お望みは何ですかな」

「東側諸国の政治情勢」

「ふむ、私はあくまで商売人ですから。我が一族に有利な情報をお出しするかもしれませんよ」

「むしろそうしてくれた方が助かる。誰の立場かもわからない情報などろくなものではない」

 どうやらアリエル様は、ブルーノを純粋な商売相手としてではなく、貴重な他国の情報の入手先のひとつとして重宝しているようだ。

「ロゼット、頼めるか」

 私は頷くと、首のチョーカーを外す。


 ブルーノ様は、無表情でこちらを眺める。


「どうかな、人によっては何も感じないかもしれない」

「……あ、ああそうですね。少し遠くてわかりにくい気もしますな。もう少し姫君に近づいても?」

 言いつつブルーノは、ぐっと距離を縮めてきた。

「ああ、何となく気持ちの揺れを感じます。これは、興味深い」


 ちょっと、近すぎやしないだろうか。

 私は半歩後ずさるが、ブルーノはさらに一歩踏み出て、

「なにか、惹きつけるようなものを感じます。これは香り、いや違うな」


 ブルーノは私の二の腕をつかみ、自分の方へ引きつけようとした。

「おい、何をやっている!」

 アリエル様が私の肩を後ろ側からつかんで引き戻す。


「ロゼット、早くこれを」

 驚きで咄嗟に動けなくなっていた私は、アリエル様に言われてあわててチョーカーを付けなおした。


「おかしいな、ここにいるのは大商人ブルーノではなかったか? 本物なら貴婦人に無礼な振るまいをするほど無文別ではあるまい」

 アリエル様の怒気に満ちた声に、ブルーノは慌てて弁解する。

「いや、いや、大変な失礼を。しかし、辺境伯様も強い呪いだとおっしゃっていたではないですか。誘惑に抗えなかったのですよ」

「そうだとしても、たちまち理性をなくす程ではない」

「そうおっしゃらずに。呪いなどなくとも、女神のごときご婦人の魅力に、世の男がどうして逆らえましょうや」


 私の頭に、『せくはらおとこ』という文字が浮かぶ。

 ――ああ、いるよね。こういう最低な奴。

 そう前世の私が囁いて、私は若干冷静になった。


 代わりに隣のアリエル様がヒートアップしていた。

「君はロゼットのことをいったい何だと思っているんだ」

「いやもちろん、高貴なお生まれの方だと把握しておりますとも。しかし、辺境伯様も少し過保護ではありませんかな。市井の男どもの中では、こんな私でも紳士だともてはやされるのです。いつまでも籠の鳥では、将来お困りになるのでは?」


 なるほど。ブルーノの知る噂の中では、私は罪を犯し、いずれ平民落ちする娘という認識なのだろう。

 私はアリエル様が道化よろしく見せびらかしてきた、落ちぶれて取るに足りない女。

 そんな女のことを、大事に扱う必要もないだろうと。

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