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アリエル様は、私の機嫌を直そうと考えたのか、いくつかの装飾品やドレスを使用人に命じて届けさせた。
私はとりあえず中身を確認して、すっと使用人に差し戻した。
「いらないです。服やアクセサリーなど、家族でも婚約者でもない殿方から送られても困る、とお伝えくださいな」
にっこり笑って使用人に告げると、あんぐりと口を開けて固まっていた。
顔を合わせての食事も断っていたが、森に入ってから三日後、使用人から一枚の紙を差し出された。
「旦那様のお書きになった研究論文の一覧です」
書かれた文字に軽く目を走らせると、ひとつの表題が興味を惹いた。
『呪いの効果と個人の体質・特性の因果関係について』
「本日の夕食は、ご参加いただけますか」
使用人の強いまなざしに、私はこくりと頷いた。
わかっていた。意地を張ったってしかたがない。これではただのわがままだ。
なのに、どうしてかアリエル様に対しては、意固地になってしまうのだ。
気まずい気持ちで参加した夕食会だが、何事もなかったかのようにアリエル様は話し出した。
「君は大陸一のキャラバンの隊長、ブルーノという男を知っているか」
「名前だけは。会ったことはありませんが」
「彼が明日、商談にやってくる。君も同席してほしい」
「わかりました」
「……今日は随分素直だな。また君の呪いを借りるつもりだが、怒らないのか」
私は大げさに肩をすくめる。
「怒るのもそろそろ飽きてきたのですが。ブルーノは、私を見たら襲い掛かってきたりする男なのですか?」
「飽きてきた、か……」
アリエル様はくつくつと笑う。
「ブルーノは襲ってきたりしない。以前話したとき、俺の呪いの研究に興味を持ったらしくてな。君と会わせたら機嫌をよくするだろうと思ったのだ」
取引先の接待のネタにしたいということか。
「ブルーノに会わせる前に、呪いというものについてもう少し詳しく話しておこう。呪いの強さや性質は、少なからずかけられた者の特性に影響する。心身が弱っている者には効果が強く出たり、普段から人を恨みがちなものは、恨みにまつわる呪いが強く出る、といった具合だ」
どうやら、本日の夕食会はこれが本題のようだ。私は深く頷いた。
「君にに掛けられた魅了の呪いは、人間に対して発動するよう設計されている。だが、君が経験したとおり、魔物に魅了が効いていた。この状況はそうだな、たとえるなら……」
アリエル様が空のグラスを掲げで蝋燭に近づけると、グラスは炎を反射してきらめいた。
「こちらに向けて放たれた光が、グラスを通すと曲がって別の場所を射すように。呪いが君を通して方向をゆがめられているようだ。なぜそうなるのか。俺の中の仮設は、まだどれも馬鹿らしく信じがたい」
アリエル様は、三本の指を立てる。
「1つ目、君の中に、魔力をゆがめる性質の何かが備わっている場合。君の体に、魔術宝石のような何かの機能が備わっていることになる。あるいは、魔術宝石を体に埋め込むというのもあるかもしれないな。現実的な仮説だが、残念ながら可能性は低い。俺が君自身からはまったく魔力を感じないからな」
魔術の才能はないということか。体に宝石が埋め込まれていなくて良かったが、ちょっと残念な気もする。
「2つ目、君に魔物の血が流れている可能性。魔物と人間の間に子が宿せるという話は聞いたことがないが。遠い昔の先祖に、何かあったと仮定する。『人間に発動』というのを、『同族に発動』と読み替えれば、魔物もまた同族なので効果があるということになる……キャメリア侯爵家に何かそういった言い伝えは?」
私は首を横に振る。
「聞いたことありません」
魔物の子孫を名乗る貴族がいるとも思えないが、キャメリア家は比較的近代に始まった家で、初代の出自も記録に残っている。そんな不思議要素が入り込む余地はないように思える。
「3つ目、君の魂の性質の問題。2つ目が肉体だとすると、こちらは精神の話だな。君の魂が魔物もまた同族であると認識している場合だ。勘違いしないでほしいが、これは君が『そう考えている』という話ではない。あくまで、魂の在り方の話だ」
「魂の在り方……」
「神話的な話になってしまうが。神はまず1つ目の世界を作り、神の御使いを住まわせた。その後、御使いたちにいくつかの世界を創らせ管理させたと伝えられる。神や御使いから見れば、この世界にある生き物はすべて、同じ素材から作られた同種のもの。ならば『魔物も人も同族』と考える魂は、御使いの係累に属するものか、あるいは……こことは違う別の世界の視点を持っているか」
別の世界の視点……これは、話すべきだろうか。しかし、この世界に生まれ変わりという概念はない。こんな荒唐無稽な話を誰が信じるだろう。
俯く私を、アリエル様はしばらく無言のまま待っていた。
「何か心当たりがあるようだが、話せないならそれでもかまわない。だが、君は自分が普通とは異なるということを知っておいた方がいいと思ってな」
話は終わりだとばかりに、席を立つアリエル様。
「あの」
私は思わず呼び止めた。話してしまうなら、今しかないように思えた。
「……私がもし、この話を自分でない誰かから聞いたのだとしたら、作り話か、あるいは気がおかしくなったのかと思うかもしれません。私は治療院に入れられたいわけではありません」
「……なるほど」
アリエル様は頷いて、給仕に新しいワインを二人分注がせた。
「ならばこうしよう。君はこれから、酒の余興に君が見た夢の話をする。俺が聞きたいと言うから話すのだ。それがどんなに荒唐無稽で、冒涜的な内容だとしても、それは俺がそのように誇張して話すよう指示したからだ」
私は少し驚いた。こういう気遣いもできる人なのか。
初対面では随分無口で尊大な風だったし、ろくな説明もなく魔物の森に放置したり、謝罪の方法として手紙も添えずにドレスを送ってきたり。
本人に悪意がないのはわかる。むしろ親切でさえある。
だがその態度と方法が苛立たしい。
そうかと思えば、こうやって顔を突き合わせて話をすれば、冷静で理知的な側面も見せる。
どうにも、ちぐはぐなのだ。
「……あの、アリエル様。ひとつお聞きしても?」
「なんだ」
「ひょっとして、人付き合いが苦手でいらっしゃる?」
アリエル様は、ぽかんと口を開き、秀麗な顔を目に見えて歪ませたあと、顔を赤らめた。
「……酒が回ってきたようだ。酔いつぶれないうちに、早く夢の話をするといい」