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魔術宝石は、魔術の分野では主流でなく、知る人ぞ知るという存在だ。
だが、キャメリア侯爵家に生まれた私はよく知っている。
キャメリア侯爵家と親交の深いコルザ家がその方面の名門だからだ。
手広く宝石の商いをしているキャメリア家との相性が良く、昔から婚姻などで結びつきを強めていた。
ちなみにマリウスの実の母も、コルザ家から嫁いできた。
だけど、まさかそれを使って私が監視されていたなんて。
使用人が夕食に呼びにきたので、私たちはダイニングへと移動した。
アリエル様にいつからイヤリングを身に着けていたのかと聞かれて、数か月前からだと答える。私は装いに関してあまり執着しないので、目利きのできる侍女にドレスや装飾品をいくつかまとめて買わせて、そこから選ぶことが多い。
「縁起の良い石が使われていて見た目も好みなので、よく外出時につけていたんです。まさかそれが……」
質問をした当のアリエル様は、聞いているのか聞いていないのか、よくわからない表情のまま黙々と肉を口に運ぶ。
「いったい誰がこんなことを……」
魔術宝石が手に入る立場にあるか、という意味では、コルザ家と親しい我が家の人々は誰でも容疑者になれてしまうが……身内を疑いたくはないし、何より動機が思いつかない。
「監視については些末だ。それより呪いについでだが」
いつの間にか夕食をほぼ平らげたアリエル様が話し出す。
「お前は変なやつだ」
「……はい?」
突如脈絡なくけなされて面食らう。
「変って、どういうことです」
「呪いのかかり方が変だ。魔術の流れが異常だ。ちょっとした暴走のようになっている」
「暴走、ですか? あの、時間がないとおっしゃってたのはもしや……」
命に危険がある呪いなのだろうか。
「ん? ……それは暴走とは関係ない。ああ、死ぬとかそういう話ではない」
一息ついてから、アリエル様はつづけた。
「……時間がないと言ったのは、のんびりしているとどこに影響が出るかわからないからだ。お前にかかっているのは魅了の呪いだからな」
魅了……?
「自分でも自覚があったんじゃないのか? お前に対して急に優しくなったり、態度を変えた人間に心当たりは」
「優しい、というのはわかりませんが……」
私は牢獄でのメロディ様とレオニード様の様子を話した。
アリエル様は眉をしかめて頷く。
「間違いなく呪いの影響だろうな。どんな形であれ、相手を強く惹きつけてしまうのが魅了の呪いだ」
「呪いのせい、だったのですね……」
原因がわかって、少し安堵した。
「でも、どうしてあの二人だったのでしょう、他の人たちは普通だったと思うのですが」
「多少、他の人間にも影響は出ていたと思うがな。こういった呪いは、元からお前に何らかの強い感情を持っているほど、影響が出やすい」
「ならば、実家の者たちには、もっと影響が出やすいのではありませんか」
長い時間をともに過ごしてきた父母やマリウス、使用人たちも。
「家族は影響を受けにくいと言われているな。家族関係が愛着の最たるものだからじゃないか? 相手に何も求めない無私の愛情ならば、感情が強くなっても困った事態にはならないだろう」
家族を褒められているようで、私はちょっと照れ臭くなった。
「そういえば、こちらの方々に影響が出てきたりはしないのでしょうか。私がここにいて、ご迷惑をおかけすることにはなりませんか?」
「解呪に関してはで少々時間がかかるが、応急的な対策がある。後ほど説明しよう」
食事が終わったタイミングで、アリエル様の従者が私のところに近づいてきた。
従者は金属製の装飾品を差し出す。首に着けるチョーカーのようだ。中央に上品な円形の宝石が乗っている。
「これは、魔術宝石でしょうか?」
アリエル様は頷く。
「呪いの効果を防ぐものだ。完全ではないが、それを着けていれば日常生活には支障ないだろう」
「こんな、高価なものを……」
キャメリア侯爵家が扱う中でも最上級の魔術用宝石に、高度な魔法の付与。かなり貴重なものに違いない。
「どうということはない、伝手で手に入れただけだ。それよりも早く着けてみろ」
「は、はい」
言われるままにチョーカーを手に取る。後ろ手に留め具を引っかけると、つなぎ目がなくなったかのようにすっと首になじんだ。
「着け心地はどうだ」
「悪くありませんわ。むしろ、着けていることを忘れそうなほどです」
アリエル様がそれに応えて頷いた。
今、少し微笑まれただろうか。
そういえば、苦手に感じていたアリエル様と、今は普通に話せている。
ここに来るまでは口数少なく、近寄りがたい印象だった。
それに、少しレオニード様に似た容貌に怖さも感じていた。
私の状況を知ってしまった以上、魔術士として、王族として放置はできないと思ってくださったのだろう。
けれどそんな事情があったにしても、すべて部下に任せておくこともできたはずだ。
けれど、自ら私の状況について説明し、手を貸してくださっている。
この状況が、彼が親切な人間だと物語っている。
思い込みで冷たそうだと決めつけていたのが恥ずかしい。
「アリエル様、いろいろとご親切にしてくださってありがとうございます。なんとお礼を申し上げれば良いでしょう」
感謝の気持ちと誤解していた後ろめたさを込めて、私は深く一礼した。
アリエル様はごくわずかに目を見開いた後、ふいと目を反らして呆れたように言った。
「何を言っているんだ。俺が親切心でこんな面倒なことをするものか。これは取引だ」
「取引……?」
「呪いとハサミは使いようということわざがあるだろう。感謝の返礼がしたいというなら、明日からたっぷりと働いて返すがいい」
アリエル様は意地悪めいた笑みを浮かべると、踵を返してダイニングを後にした。
使用人に付き添われて客間に戻る途中、私はふと気づいた。
そんなことわざ、ないと思う……。