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そして、運命の日がやってきた。
「ロゼット、君との婚約を解消する。そしてこの場で、君の罪を告発する」
そのパーティーは、私が18歳で成人してすぐに開かれた。王家主催の恒例行事のひとつだが、はじめて正式に王太子の婚約者として、公的な場に出るお披露目の場でもあった。
国内の多くの要人たちが出席する中、王太子レオニード様は、私を糾弾した。
レオニード様に呼ばれて登場したのは、メロディ様。
「君はここにいるプリムヴェール子爵令嬢、メロディに嫉妬し、嫌がらせを継続した。王太子妃としてふさわしくない行いだ」
ざわめく周囲の注目が集まる中、私はあわてて顔をうつむけた。
多少、しおらしく見えるように振舞おうという計算はあった。それよりも大きな理由は、ことがうまく運んだことに、にやけてしまいそうだったから。
心配していたのだ。本当に物語の通りに進むのかどうか。
メロディ様への仕打ちが噂になり、噂が広がるのと同時進行でレオニード様とメロディ様は距離を縮めていく。
その点は順調だったのだが、以外にもレオニード様の私への態度は今までと変わらなかった。
物語は主人公の視点ですすんでいたため、私とレオニード様の関係について詳しくは語られていなかった。
だけど、物語の中の王太子からは、婚約者との不仲が読み取れた。
レオニード様が物語と同じくらい私を嫌ってくれないと、婚約が解消されないかもしれないと心配していたが、杞憂だったようだ。
ここまでくれば、あとは消化試合だ。
敬愛する王太子に直接糾弾されたロゼット、つまり私は恥じ入り、どのような罪も受け入れると誓う。
私が準備された言葉を発しようとすると、
「そしてもう1つ、君は重大な罪を犯した疑いがある。……君がこんなことをするとは、気づけなかった俺自身が情けない……。だが言うほかあるまい」
レオニード様の予期せぬ言葉に、私は思わず顔を上げる。
「……殿下、大切になさってた婚約者ですもの。こんなことをあなたの口から言わせるのは残酷です。どうか、私に言わせてください」
メロディ様は愛らしい顔をきりりと引き締めて、私に向き直った。
「我がプリムヴェール子爵家は、宝石の輸入業をしています。しかし、ある日を境に国内での売り上げが落ちたのです。理由は、宝石の国内相場が通常ではありえないほど下落したからです」
どういうことだろう。キャメリア侯爵家でも宝石の輸入業を行っているが、暴落の話など聞いたことがなかった。
「レオニード殿下にご協力いただき、調査したところ、このようなものが見つかりました」
メロディ様は、手を震わせながら一枚の契約書らしきものを掲げる。
「ここにロゼット様の署名があります。これは他国のある商人が持っていたものです。国内で不審な動きをしていたため捕らえたところ、手にしていたものです……」
メロディ様は思わずといった様子で言葉を切り、涙交じりに訴えた。
「ロゼット様…いったい、どうしてこんな、国を売るようなことをなさったのです。契約書にはこう書いてありました。宝石を安く売る代わりに、国の機密情報を教えると」
「そんな、ありえません!」
私は芝居のことも忘れて叫んだ。
ざわつく観衆の中、警備兵が駆け付け、私を取り囲んだ。
兵たちに怯える私に、いくぶん優しい響きでレオニード様が告げた。
「もちろん、君には弁明する機会がある。だが事がことだ。しばらく拘束させてもらう」
そして、私は、ここに投獄された。
「……気づかないうちに、やりすぎてしまったのかしら」
私はため息をつく。
考えてみれば、メロディ様のほうはお芝居ではないのだから、気丈にしていても傷ついていたはず。
そんなこともわかっていなかったから、罰があたったのだろう。
罪が物語より重くなっても、それは自業自得なのかもしれない。
でもやっぱり、身に覚えのない罪についてだけは、なんとしても誤解を解かないといけない。
国家反逆罪だなんて、お父様とお母様をはじめ、侯爵家全体を揺るがしかねない。
大切な人たちを傷つけることだけは、絶対にしたくない。
今更かもしれないが、私にできることをしよう。
私が決意をしたところで、ひとりの面会者がやってきた。
「ごきげんよう、ロゼット様。半日ぶりですわね」
「……メロディ様」
「なんてみすぼらしい場所なのでしょう。こんなところでお過ごしになるなんて、さぞお辛いことでしょう」
憐れみ深い言葉を、嬉しそうに話すメロディ様。
さんざんいじめてきた相手の落ちぶれた姿に、胸のすく思いなのだろう。
私は考えていたヒロイン像とは異なる彼女の姿に違和感を覚えつつ、謝罪を口にした。
「いいえ……そんなことより、今までのこと、本当にごめんなさい。私の勝手な都合で、さんざんあなたを傷つけてしまいました。謝罪したところで許されないのはわかっていますが」
メロディ様は目を丸くして言った。
「あら、謝罪していただくのは悪くない気分ですが、反省する内容はそこですの? それよりももっと大事なことがあるでしょう」
「……それは、あの、信じていただけるかはわかりませんが、あの契約書については本当に覚えがありませんの」
「重罪ですもの、言い逃れしたい気持ちはわかりますが。意地を張らずにお認めになったほうが良いと思いますわ。ご家族の方にも罪が及ぶかもしれないでしょう?」
「それは……」
そこがもっとも心配なところだった、私のせいで侯爵家に罪が及んだら……。
「でも……でも、違うのです。私は……」
言い淀む私に、憐れみと呆れの混じる視線を向けるメロディ様。
鉄格子の向こうから、手を伸ばして、そっと私の肩に触れた。
「ああ、ロゼット様。本当にお気の毒」
そうして小声でささやいた。
「でも、残念ですが、私はお助けできないのですよ。だって私、あなたが処刑されることを心から楽しみにしているんですもの」
無邪気なほほ笑みのままに敵意を口にされ、私はぞっとして肩を震わせる。
「ねえ、ロゼット様。誤解なさらないで。私、あなたにはとても感謝していますのよ。この一年間、本当に楽しかった。優秀で美しいあなたが、殿下に近づいたという理由だけで私に嫉妬するなんて、ふふっ」
最初は完璧と謳われる令嬢に対等だと認められたようで嬉しくて、嫉妬でも意識されていることが誇らしくて。それだけで良かったのにと、メロディ様は言う。
「でも気づいてしまったの。あなたの嫉妬ってどこか、乾いてる。私を見ているのに、私とは違う向こう側を見ているみたい。なんだか違う、そう思いましたわ」
それは、本当は嫉妬なんてしていなかったからだ。
心とはちぐはぐの行動は、わかる人には見透かされてしまうのだ。
まして腹芸のできない私ならなおのこと。そこに思い至らなかったのは恥ずかしい。
「ロゼット様。これじゃあ足りないんです。もっと私のことを考えて、憎んでくれなきゃ。だから……」
より声をひそめて、メロディ様は言った。
「だから、私に罪を捏造されて、名誉も家もめちゃくちゃにされて、そのことを憎みながら処刑されてください」
肩に置かれていた手が、スッと首をかすめた。
「ああ、残念です。私が直接手にかけられれば良いのに。そうすればもっと、もっと、私を憎んでくださるでしょう? 可愛いあなた」
メロディ様は、名残惜しそうに鉄格子から離れると、ほほ笑みを消して去っていった。