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 ど、どうしてこうなったの……。

 呆然としたまま目の前の鉄格子に寄りかかると、冷え切った温度が手のひら越しに体を冷やしていく。

 こんなはずじゃあ、なかった。

 世界が足元からすべてひっくり帰ったようで、何を信じればいいのかわからない。

 支えを失った心を体が真似るかのように、私はその場にへたり込んだ。



 私は物語に出てくる意地悪な女の子だった。

 魅力的なヒロインに嫉妬し、婚約者である王太子を取られるのではと恐れて、意地悪を仕掛ける。

 そのことを知った王太子は非常に怒り、私に重い罰を与えようとする。

 だけど、心優しい寛大なヒロインは私を憐れみ、ヒロインの優しさに心打たれた王太子は、私を僻地への追放のみで許す。

 

 心を入れ替えた私は、追放先で罪を償い、まっとうに生きていくことを決意する。

 ここはそんな優しい物語の世界。……のはずだった。



 私は国家反逆罪にに問われて、重罪人が入る檻の中にいる。

 たとえ罪人であっても、裕福な育ちの人間が耐えられないような檻。

 もう貴人として扱う価値もない、死を待つためだけのような檻。


 きっと私は、処刑されるのだろう。


 嫌だ、死にたくない……。

 じわりと涙が浮かんでくる。


 いったいどこで間違えてしまったのだろう。

 こみあげる不安と恐怖を抑えつつ、私は今までの行動を思い返した。



 いまから一年ほど前のこと。

 突如、私は前世の記憶を思い出した。


 前世の記憶はとても朧げで。何をしていたのか、どんな人間だったのか、家族や友人はいたのか。肝心なところはなにひとつ思い出せなかった。

 文明のよく発達した世界で、高貴な身分ではなかったが、不自由なく生活をしていたようだ。

 そして、いまの私が前世で見た物語とそっくりな世界にいることに気づいた。

 おとめげーむ、そんな風に呼んでいたと思う。

 基本的に、挿絵付きの物語のようなものだけど、途中で話がいくつか枝分かれしていて、どちらの話を読むのか決められるようになっていた。


 私は、その物語のヒロインの敵役、悪役令嬢だった。

 どの分岐でも、ヒロインを虐め、罪を問われる役回り。


 もし、私が物語通りの運命を辿るとしたら……


 そう考えかけて、私は思いを断ち切るように首を振った。

 まだ私は、「ヒロイン」を見たことがない。


 そんな()()()()()()、あるわけがないんだ。



 きっと妙な夢でも見たのだ。そう思い始めた矢先、王太子、レオニード様と懇意にする女性が現れた。

 プリムヴェール子爵令嬢のメロディ様だ。一目見てわかった、この方がヒロインに違いない。


 私は人知れず小躍りした。


 誰にも言い出せなかったけれど、自信家で高圧的なレオニード様の性格が苦手だった。

 お会いする時間は、いつも少しだけ苦痛だった。


 それに、私自身が王太子妃の器ではない自覚があった。

 勉強はそこそこできる。大人しく黙っていれば非の打ち所がない令嬢だと褒められることもしばしば。

 だけど、性格は前世の私の語彙を借りるなら、「貴族令嬢らしくない」。

 駆け引きは苦手中の苦手。腹芸はさっぱりで、思ったことはだいたい顔に出ているし、考えたことはすぐ口をついて出してしまう。

 堪え性なくレオニード様の独善をしばしば指摘しては、顔しかめられる。

 私はレオニード様を好きになれないが、レオニード様は私のことを嫌いかもしれない。


 ……とはいえ、仲が悪いかと言われるとそうでもなかった。

 レオニード様は私を婚約者として尊重し、蔑ろにするような真似はしなかったし、口うるさい私の意見も10回に1回くらいは聞いてくださる。

 外から見れば、いたって順調な婚約関係だ。


 不満はあっても、きっとこのまま王太子妃になるのだろう。

 諦めの境地だった矢先に、天からの救いのようにやってきたメロディ様。


 あまりに嬉しくて、うっかり近親者に前世の話を漏らしてしまったりもした。

 あとから思うに、かなり危ないことをしてしまった。

 夢でも見たのかと笑って受け流してもらえたから良かったものの、精神を病んでしまったのかと思われてもおかしくなかった。


 それから私は、大団円の物語の結末を目指しはじめた。

 そう、物語をなぞって、悪役令嬢としてメロディ様への嫌がらせを開始したのだ。


 ドレスに水をかけたり、嫌みな言葉を吐いたり。


 いくら物語のシナリオにあっても、さすがに怪我をさせてしまうような暴力的な行いは避けていた。だけど、ささやか過ぎる嫌がらせでは罪に問われない可能性も出てくる。

 考えた末、大勢の前に限って大きな声で嫌みを言ったり、嫌っているそぶりを見せることに重点を置くことにした。

 彼女を責めるときには、人が見ていない場所でもなにか大きな嫌がらせをしているような含みを持たせる。

 そうやって、目撃者を増やしつつ地道に実績を築いていった。

 まったく気がとがめなかったわけではない。

 だけどこれは、ヒロインが愛する人と結ばれるための障害なのだ。

 そう言い聞かせて、できるだけ悪役らしく大げさに振舞うよう努力した。


 大丈夫、きっと最後には、何もかも良くなる。

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