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【改訂版】夢のつづきを見にいこう  作者: 羽藏ナキ
第二章:家族

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31/59

楽じゃない

 歩けば汗は出るものの、午前中ということもあって暑さにはまだ少し余裕があるように感じられた。湧き上がった高揚感も相まって、暑さによる不快感はあまりない。

 商店街に入ってからは少し速度を緩めて周りを見渡ながら歩いた。どの辺りだったかと探すうちに中ほどを超え、遠目から酒屋が見えてきたところで足を止めた。向かって右側にいまにも潰れそうな雑居ビルがあった。壁には昨日見たものと同じ文言の張り紙が張ってある。俺は逸る鼓動に合わせるように歩調を速め、二階の店まで上がっていった。


 店は電気が点いていて棚の陰からは夢野さんが台所で洗い物をしている様子が見えた。もしかして、朝食を済ませたばかりだったか。よく考えずに来てしまったが、時刻はまだ九時前だ。

 夢野さんは俺を認めると水を止め、タオルで手を拭いてからこちらに歩み寄った。


「坂木さん。いらっしゃいませ」

「どうも。すまないね。こんな朝早くに」


 恐縮して言うと、夢野さんは「いえいえ、お気になさらず」と手を振りながら笑顔で答えた。


「それより、昨日書いた夢は無事に見られましたか?」

「ああ、見られたよ。正直、半信半疑なところもあったんだが」


 夢の内容を思い出し、自然と声が高くなった。

 思えば細かいところまで鮮明に思い出せるのも不思議だ。いつもはすぐに忘れてしまうのに。これも夢を見せる力の効果なのか。


「いったいどういう原理なんだ?」

「それは企業秘密です」


 夢野さんは口元に人差し指を立てながら言った。すると、今度は後ろで手を組んで何やら訳知り顔でニヤリと笑う。


「すると坂木さん。今日はリピートをしに来ていただいたということですかね?」


 言い当てられて、言葉に詰まった。

 こんな朝早くに来てしまって、よほど楽しみにしていたんだと思われたかもしれない。そう考えると急に恥ずかしくなり、俺はぶっきらぼうに答えた


「まあな、一枚頼む」

「かしこまりました」


 夢野さんはそう言うと昨日のように奥のテーブルへと俺を案内する。

 俺は手前の椅子に腰かけ、夢野さんは再び台所へと戻っていった。カランと氷の鳴る音が聞えてきて、飲み物を用意してくれているのだと悟る。

 その予想は当たり、夢野さんは昨日と同じく麦茶をお盆に乗せてやってきた。氷で冷やされた飲み物は見ているだけでも涼しくなる。

「どうぞ」とテーブルに置かれた麦茶を俺はさっそく一口飲んだ。火照った身体が内側から冷やされていく。


 ひとり冷たい麦茶を堪能している間に夢野さんは紙とペンを棚から取り出してテーブルに置いた。それを認めて俺はお代を払おうとポケットから財布を取り出したが、正面に座った夢野さんが手を突き出して制した。


「代金は記入が終わってからで大丈夫ですよ」

「ん? そうか」


 俺は財布をポケットに戻し、紙とペンを引き寄せた。

 名前と日付を書いたところで俺は一度ペンを止めた。夢の内容はどうしようか。とりあえず店に行くことだけを考えていて、次にどういう夢を見るかは具体的に決めていなかった。

 俺はペンを顎に当てながら目を閉じた。昔の楽しかった思い出を頭の中でひとつひとつビデオを再生するみたいに振り返る。まず印象的な場面が浮かんできて、それを起点に全体像が浮かび上がってくる。


 そうしていくつかの候補が出てきた。

 例えば遊園地に行ったこと、少し遠出して臨海部にある水族館に行ったこと、そして一回だけだが、美央のピアノの演奏を聴きに行ったこと。他にもどんどん浮かんできて、とても一枚じゃ収まりそうになかった。


 どうするか。さすがに思いついたものすべてを見ようとしたら金がかかりすぎる。かといってどれを選ぶか悩ましいものだ。うーんと唸りながら背もたれに体重を預けて頭を掻く。気づけば夢野さんは席を立っていて窓から外を眺めていた。

 なんだか待たせているような気がして、悩んだ末すぐに思いついた遊園地、水族館、ピアノの演奏会の三つを選ぶことにして夢野さんを呼んだ。


「書き終わりましたか?」

「いや、紙をあと二枚くれないか? 他にも見たい夢があるんだ」

「おや、そうだったんですね」


 夢野さんは驚いたような声を出し、棚から紙を二枚取り出してテーブルに置くと、今度はクスっと笑った。気になって顔を上げると夢野さんはいたずらっ子のような笑顔で俺を見つめていた。


「それにしても坂木さん。初めは見たい夢なんてないとおっしゃっていたのに」


 からかうような口調でそう言われ、俺は恥ずかしさを隠すように視線を紙に落とし、まるで言い訳をするように早口で言った。


「まぁそんな大層な夢じゃないけどな。しばらく休みで暇だから見てみるだけだ」


 俺の場合、言ってしまえばホームビデオを見返すみたいに過去の思い出を振り返っているだけだから、夢の内容としては本当にたいしたことはない。

 好きな夢を見られるというなら、大半の人はもっと欲張ったことを願うだろう。実際、いままでのお客の中にはもっと壮大な夢を願った人もいたんじゃないだろうか。


「なぁ、この紙を使えば望む夢を見られるんだよな? じゃあ例えば、小説やゲームみたいなファンタジーの世界にも行くことができるってことか?」


 俺が訊ねると夢野さんは腕を組みながら眉をひそめた。


「……一応そういう夢も見ることはできますよ。実際、過去に見た人もいました。ただ、結構難しいんですよね。現実ではないぶんしっかり頭の中で内容を決めておかないと、支離滅裂な夢になってしまうんです」


 やはり大それた夢を願う人はいるんだな。どうやら難易度は高いみたいだが。だからなのか分からないが、夢野さんがあまり勧めようとしていなくて、それが少し意外だった。望む夢を見ることができると公言していたから、どんな夢でも受け入れてくれるものだと思っていた。


「あくまでも夢は脳の働きによるものですから。想像の埒外にあるものは見ることができないんです」


 夢野さんは少し首を傾けて小さく笑いながらそう言った。

 脳の働きか……。

 いつだったか忘れたが、テレビで心理学者が言っていた。夢を見ている時は脳が記憶の整理をしているのだと。夢野さんの言っている脳の働きというのは、もしかしたらこのことなのかもしれない。そう思うと、超常現象みたいなこのサービスも少し身近なものに感じられた。


「夢を見るのも楽じゃないんだな」


 俺は独り言のようにつぶやき、三枚の紙を書き進める。日付は今日から三日間で時間は初回の時と同じにした。これでまた枕の下に置いて寝れば、いい夢を見ることができる。そう思ったとき、ひとつの疑問が頭をよぎった。昨日の夜に置いた紙はどうすればいいんだ。起きてから触っていないから、枕の下にそのまま置いてあるはずだ。

 俺は夢野さんに問いかける。


「そう言えば、昨日の紙はどうすればいいんだ?」

「ああ、昨日の紙でしたら消えていると思いますよ。紙は効力を発揮したら自然と消滅するようになっているんです」


 当然のようにさらっと言われ、俺は驚きで言葉を失う。身近に感じたと思ったそれは、またしても遠く離れていった。

 家に戻ってからすぐに枕の下を確認すると、夢野さんの言う通り、置いたはずの紙は跡形もなく消えていた。


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