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【改訂版】夢のつづきを見にいこう  作者: 羽藏ナキ
第一章:ギタリスト

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17/59

0と1

 僕がギターを受け取ると、夢野さんはそそくさと椅子のセッティングを始めた。僕が座っていた椅子を窓が背になるように置き、少し離れた位置で向かい合うように自分の椅子を置く。

 そうしてあっという間に簡易的な会場が完成した。観客一人のちっぽけな会場。だけど虚しさはなくて、むしろ高揚感が湧いてきていた。傾いてきた日の光が窓から入り込み、まるで淡い橙色のスポットライトを浴びているみたいで雰囲気がある。


 僕は夢野さんが用意した定位置に腰かけて、ギターを構えた。


「なにかリクエストとかありますか?」

「そうですね。ここはやっぱりオリジナルの曲で、その中で西田さんの一番好きな曲をお願いします」


 オリジナルで一番好きな曲、か。

 軽く弦を弾いて音を確かめながら、頭の中で曲のリストを探る。

 ……やっぱり、あの曲かな。


 手元から顔を上げると、夢野さんが椅子に座ってソワソワとしていた。


「決まりましたか?」

「ええ。……では、聴いてください」


 僕は少しはにかみながら最初のコードを押さえ、メロディを奏でた。

 イントロの終盤で、短く息を吸う。そして、お腹に力を込めて、歌い出す。

 出だしは悪くない。さっき声を張ったからか、喉が開いて歌声がよく通っている気がする。

 歌唱力に自信があるわけではないけど、今日は上手くできる気がした。


 僕の一番好きな曲はなにか?

 そう訊かれて最初に浮かぶのはやっぱりこの曲だ。中田と二人で活動していた時に作った曲。自分で作詞・作曲をした曲。昨日、久しぶりにギターを持って最初に弾いた曲。


 バラード調に仕上げたこの曲は、ラベリングするとしたら応援ソングになる。当時の自分たちも含め、目標を持って努力している人を支えたい、鼓舞したいと思って作った曲だ。明日も頑張ろうと、そう思ってもらえることを願って作った。込めた願いとは裏腹に、作曲した当人が折れてしまったというのは皮肉な話かもしれないけど、それでも変わらず好きな曲だった。


 ズキッと鋭い痛みが走る。

 昨日、血がにじむまで弾いていたから、コードを押さえるたびに左手の指が悲鳴を上げていた。塞がりかけの傷が開いているのかもしれない。

 だけど、やめない。久しぶりの熱唱で声がかすれ、喉もお腹も痛い。だけど、やめない。続ける、この一曲だけは。目の前の人に届けるために。たったひとり、聴きたいと言ってくれた人のために。


 ラストのサビに入った。

 ここまでミスなくきている。この調子で、一気に弾ききる。

 最後の盛り上がり、全身全霊をかけて、想いを、心をのせる。

 残りの力を振り絞りながら声を張り上げ、最後の伸びも少しビブラートをきかせながら途切れさせずに歌い上げた。


 エンディングであるアウトロは盛り上がりを沈めて静けさを出す。

 優しく慎重に弦を弾く。

 そして、最後の音を奏でた。弦の震えがおさまるまで、止めずに余韻を残した。



 完全に音が止み、部屋には再び演奏を始める前の静けさが広がった。だけど一拍置いてすぐに、静寂を破る軽快な音が鳴り響いた。

 パチパチパチパチパチパチ。

 夢野さんが立ち上がって力強く手を叩いている。


「すごいですね! 感動しました!」

「あ、ありがとうございます……」


 一曲弾き語りしただけなのに息が切れていた。前は四曲くらいなら連続して弾いても大丈夫だったのに。

 身体も熱くなって少し汗ばんでいる。それでも不快感はなくて、むしろ爽快感の方が強かった。


「とてもいい曲ですね。メロディも歌詞も、私すごく好きです。背中をそっと支えて押してくれるような、そんな優しさを感じました」

「……ありがとうございます」


 すばらしい賛辞だ。込めたメッセージが届いたことに純粋な感動を覚える。

 僕は顔を伏せて噛み締めるようにぎゅっと目を瞑った。


「それに、すばらしい結果も出ています」

「え?」


 顔を上げると、夢野さんは自分を指さしながらあっけらかんと言った。


「ほら、私というファンを獲得しました。これはすばらしい結果でしょう」


 その言葉に僕は苦笑を漏らした。

 虚しさがあったわけではなくて、むしろ充実感があった。夢野さんがふざけて言っているわけではないことが分かったからだ。だけど、喜びを表に出すのも気恥ずかしくて、つい口からは正反対の言葉が出ていた。


「たったひとりだけじゃなぁ」

「でも、0と1は違うじゃないですか。小さな変化かもしれませんが、ここから積み重ねていけばいいんですよ」


 積み重ね。その言葉が強く頭に響いた。


「そうですね……。確かに、その通りかもしれません」


 どんなプロでも、たいていは長い下積みの期間があるものだ。分野に関わらず、コツコツと努力を続けていた人だけが成果を勝ち取っている。そう考えると、僕は恥ずかしいくらいになにも積み重ねていない気がした。プロを目指して活動したのもたった一年しかない。


「僕はいままでの人生、全然積み重ねてこなかったんだな」


 僕がそうひとりごちると、夢野さんは大きく首を振った。


「そんなことはありませんよ。思い返してみてください。ギターを弾けるようになったのも、作曲できるようになったのも、小さな積み重ねの結果じゃないですか。それがあったから、いまこうして演奏をして、私というファンを獲得したんです。全部つながっているんですよ。そしてやめない限り、これからもつながっていくんです」


 夢野さんは僕の方へと歩み寄り、両手を出した。僕は立ち上がって、抱えていたギターを渡す。

 夢野さんは受け取ったギターを見つめながら、ぽつりと言った。


「音楽だって同じなんじゃないですかね。ひとつひとつの音がつながって、壮大なメロディになっているんです」


 目の覚めるような言葉だった。

 音楽だって同じ。確かにそうだ。ひとつひとつの音は、単体で見たら大きな意味は持たないかもしれない。だけど、ひとつの曲として見たら、それは欠かすことのできない一音になる。

 僕はいつからか、大きな結果に囚われて、それを支える小さな結果を軽視していた。いままでやってきたことすべてが無駄だったと決めつけていた。自分を支えてくれる土台が足元にあったかもしれないのに、上ばかり見て、届かないと勝手に諦めていた。


「……僕も、これから腐らずに積み重ねていけば、いつかプロへの道が拓けるのかな」


 こぼすように言うと、夢野さんはギターから僕へと視線を移し、まっすぐに僕を見つめながら言った。


「西田さんはどうしてプロになりたいんですか?」

「え?」

「どうしてギターを弾くんですか?」

「えっと……」


 ふいに深い問いを投げかけられ、僕は黙り込む。

 だけど、すでに自分の中には答えがあるような気がした。


「……よく考えてみます」


 僕がそう答えると、夢野さんはギターをクローゼットに戻し、今度は棚から紙と黒ペンを取り出した。


「よかったら一枚どうぞ。お代はけっこうですから」

「え? いいんですか?」


 たしか無料なのは初回だけで、二回目以降は一枚三千円がかかるという話だったはずだ。


「ええ。西田さんの進むべき道を見つける助けになるかもしれませんから、ぜひ」

「いや、でも……」

「すばらしい演奏を聴かせていただきましたから、そのお礼ということで受け取ってください」


 夢野さんはまったく引く様子がない。それにそう言われると、断るのはかえって無粋な気もした。

 僕は頭を下げながら「ありがとうございます」と言って受け取った。


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