第拾漆話 青いドア
「ねぇねぇ、お殿様!貴方から最近、絵の具と化粧の匂いがするって噂になってるの。何をしていらっしゃるのかしら?」
「おっ、節子に勘づかれてしまったか!しかし、ディープな話をするとあの2人に怒られるからのぉ。秘密じゃ」
「そう言われてしまったら、余計に気になってしまうわ!富士宮さんもそう思うわよね?」
いつも通り、秘書の席を節子は乗っ取り朝風の話を興味深々に聞いているようだ。
「そう言えば、殿は絵も嗜まれるそうですね。...何をと言いたい所ですが。女性関係の絵に夢中になられてるのが想像出来ます」
「美人画かしら?私はね、版画とか浮世絵が好きなの!勿論、水彩画も自分で描いたりするわ。でも、お殿様は匂い的に油絵かしら?やっぱり、油の匂いがするもの」
そう言われると朝風はショックを受け、何処に隠し持っていたのか?懐から高そうな香水を取り出した。
「殿、悪あがきはお辞め下さい」
それと同時期、小坂の秘密倶楽部には望海の姿があった。
「まさか、依頼が急遽キャンセルになるなんて。でも、まだ倶楽部の中を全部見てる訳じゃありませんし丁度良いかも。仮眠室とかも確認しておきましょう」
ラウンジの奥の扉にその仮眠室が存在する。
以前は朝風が常務で帰宅出来ない際に第二の家として作ったのが此処の仮眠室らしい。
睡眠は必要ないと言えども、念力が切れれば気絶状態に陥いる。その為、床に就く場所は必要なのだ。
「凄いですね、まるで秘密基地みたい!三段ベットなんて中々お目にかかれませんよ。こっちは個室になってるんですね。...あれ?」
廊下の突き当たり、その奥に向かうと不自然な壁が現れた。
構図的にお手洗い等がありそうな場所だが行き止まりとなっているようだ。
「可笑しいですね。これだけ部屋があって此処だけ変に行き止まりな事あります?こっちの廊下側に出入り口もないのに?...もしかして、隠し部屋とか?」
彼女はラウンジに戻り、棚から写真機を手に取るとそのまま壁に向かう。
すると、レンズを合わせた段階で青い扉がある事が分かった。
そのままシャッターを押すと、目の前にそれが現れる。
「やっぱり!他に人はいませんよね?朝風名誉会長の事ですから、嫌らしい本でも隠してるんじゃないんですか?後で、脅す材料にでもしましょうか」
そんな風に軽快に望海はクスクスと悪い笑みを浮かべながら扉の向こうへ行こうとする。
中に入ると、全面。白いコンクリートで覆われており、空調は整えられているようだ。
壁には絵が飾られており、綺麗な額縁に入れられている。
そんな絵達に引き寄せられるように望海は見ているようだ。
「此処は彼のアトリエって事ですよね?...凄い、まるで生きているみたい」
そう食い入るように見つめているのは風景画もとい人物画だった。
どうやら季節事に合わせた風景画の中に1人の女性がいるという構図は全ての絵に関わらず一致している。
黒髪の透き通るような白い瞳は望海を見つめてくる。
しかし、その視線の先は自分ではなく桜の枝に触れようとしている所である事が分かるだろう。
良く目を凝らし、匂いを嗅ぐとほんのりとだが化粧品の匂いがする。これには望海も驚いていた。
「これ、絵に口紅と頬紅が使われてる!本当に化粧をしてるんだ。どうりでリアルな筈だ」
そんなアイデアがあるのだと感心していると、その隣にある絵には同じような女性がひまわり畑におり、色鮮やかな赤いワンピースを纏っている事が分かる。
両端は着物姿である為にこの絵はまた印象が違うように見えた。
しかし全てにおいて、まるで生きているような躍動感。
女性は化粧を施され、鮮やかな服を見に纏う。
それが望海には誇らしく、羨ましいとも思えた。
「...貴女はこの絵を描かれた方にとても愛されてるんですね。でも、もしこれが朝風名誉会長の絵だとして。この方は一体?モデルがいらっしゃるとか?或いは理想の女性とか?でも、なんでだろう。凄く、儚い。寂しい感じがするな。こんなにも華やかなのに」
そんな疑問を解消すべく、望海が行ったのは変化だった。
特に夏の絵は全身が見える事もあり、一番イメージしやすい物であった。
この絵の女性になりきる。それが一番理解する上での近道だと望海は考えたようだ。
「声は流石に分かりませんけど、これだけ同じ絵があればモデリングもしやすいですね。でも、冬の絵がない。これから書くのかな?」
そのままの姿で周囲を見渡すと何も書かれていないキャンパスとそれを乗せるイーゼルがあった。
そんな時だった、廊下の方から男性の声と足音が聞こえて来た。




