悪役令嬢、仲直り
クレアが久々に暴れ回った次の日。
「おはよう」
「あっ。クレアちゃんおはよう」
「おはようッス。今日は遅かったッスね」
クレアが部屋から出ると、すでに友人の2人は色々と済ませていた。
ーー寝坊したのね。まあ、休日だし良いか。
「朝ご飯もうすぐ食べれなくなっちゃうから、早く行った方が良いよ」
「そうね。行ってくるわ」
クレアが寝坊した理由。
それは、昨日の夜暴れすぎて、寝る時間が遅くなったからだ。
ーー数日ぶりだし、はしゃいじゃったわ。
クレアは、今後は気を付けようと心に誓った。
「ん。あれは」
食堂へ行くと、見覚えのある生徒が目に入った。
それは、
「おはよう。ハイロラ」
「っ!クレア!何だ?何のようだ!?」
ものすごい形相でクレアを睨む、ファララ商会の会長の息子ハイロラ。
クレアは、嫌われたモノだと苦笑した。
「何のようって、私も朝食を食べるのよ」
「……ちっ!」
ハイロラは舌打ちした。
ーーひどいわねぇ
「なら、黙って食べろ!」
ハイロラはそう言って、そっぽを向いてしまった。
クレアは朝食を受け取り、ハイロラの前に座る。
「おい!なんでここに座る!」
「何で?だって、私たちしかいないから、1人で食べると寂しいじゃない」
クレアがそう言うと、ギリギリという歯ぎしりの音が聞こえた。
前に座るだけでこうなるとは、かなり嫌われている。
「それに、仲良くしておきたいのよ」
「仲良く?何言ってるんだ?」
少し視線が柔らかくなる。
ーーハイロラ、友達が少ないからねぇ。こういうのに弱いのも仕方ないわ。
「何言ってるって、仲良くして損はないでしょ。だって、次期会長候補なんだし」
クレアがそう言うと、雰囲気が変わった。
面倒くさくなるという予感を感じる。
「……ふ、ふざけんな!」
ハイロラが怒鳴った。
口の中にあった食べ物が飛んできたので、防御魔法を張って防いでおく。
「次期会長?ふざけんな!そんなのになりたくて生まれてきたんじゃないんだよ!もっと!……もっと僕を見ろよ」
最初は大声で怒鳴ったが、最後の方はかなり力なく言っていた。
かなり色々抱えているモノがあることが分かる。
「僕を見ろよ、ねぇ。他人に自分を見て貰うとか、今のあなたじゃ難しいわよ」
「な、何でだよ」
「簡単よ。だって、あなたは、結果を残してないんだから」
「…………そんなこと、分かってる!」
ハイロラはうつむいて言う。
ーー結果を残さなきゃいけないのは分かってる、と。なら、
「分かってるけど、上手くいかない、ってところかしら?」
努力はしてるけど結果が出ない。
ありがちなパターンである。
クレアの前世の知り合いにも、こういうタイプは多くいた。
こういうタイプの1番の問題点は、
「あなた、努力すれば何でも出来るとか思ってるのかしら?」
「な、何でもは思ってない。王族になるとかは、無理だし」
そう言いながらも、うろたえたような表情をしている。
ーー努力を異常に美化してるタイプね。現実を直視するのが難しいタイプだわ。
「そう。なら、あなたが主席になれないのも分かるでしょ」
「は?な、何を言ってんだ!?俺だって、頑張れば主席に!」
あなたでは私を超えられない。
そう言っているようにハイロラには聞こえた。
ただそれに言い返すものを遮るように、
「頑張れば主席になれる?本当に?じゃあ、あなたは何歳から勉強を始めて、毎日何時間勉強してるの?」
クレアは問いかける。
ハイロラはその質問に戸惑いながらも、
「えっと。7歳から始めて、毎日3時間くらい」
「そう。私は4歳くらいから始めて、毎日4時間よ。埋められる差じゃないわ」
「……は?」
ハイロラが唖然としたような顔をしている。
その顔を見て、クレアは笑みを浮かべた。
「そんなものよ。私みたいに、学校に行きたいと思う前から家で勉強させられるような人が、主席になれるモノなの。それは、個人の努力でそう易々と超えられるモノではないわ」
「は、はぁ?そ、そんなんじゃ、モチベーションが」
「モチベーション?そんなモノ必要ないわ。長年続けてれば習慣になるモノなのよ」
習慣化。
コレができれば、何だってかなり伸びるモノである。
ただし、かなり、であって、他の人を抜いてトップになれることが保証されるわけではない。
「そ、そんな。じゃあ、僕の今までの努力は」
「ムダだとは言わないわ。でも、その道でトップを目指すのは今以上の覚悟と努力が必要よ」
数秒沈黙が訪れる。
そして、
「……すまない。僕は、お前のことを甘く見てた」
ハイロラは頭を下げた。
ちょっと意外な展開である。
ーーもうちょっとムキになるかと思ってたけど、そこそこの理性はあるのね。
クレアはハイロラの評価を少し改めた。
「謝る必要はないわ。これから仲良くしていきましょう。……ああ。それと、主席をとっても、本当の意味で自分を見て貰えるわけではないわよ」
「え?どういうことだ?」
クレアの言葉にハイロラは首をかしげる。
結果を出せば自分を見て貰えると思っていたのだから、首をかしげるのも当然。
「主席を取れば、主席って言う立場で見られるって言う話よ」
「…………あぁ。そういうことか。そういえば、お前のことを主席呼びしているヤツもいたな」
「そうね。私は主席だからまだマシかも知れないけど、ガガーラナとかは次席呼びされるから、結構嫌なんじゃないかしら?」
クレアは結果を出しても良いことばかりではないと伝えていく。
ーーこの子が成長すれば、ファララ商会は安泰。私が商業方面の知識を教えていくのも一考の余地があるわ。
そうしている時だった。
「面白い話してるねぇ」
突然、横からそんな声が。
クレラたちがそちらを見ると、
「あら。ガガーラナ。いたの?」
「いたよ。君が主席呼びされて、
って言うところ辺りからね」
ガガーラナはそう言って笑みを浮かべる。
ーー次席呼びされてるの、やっぱり気にしてるみたいね。
「え、えぇっと。僕は邪魔か?」
ガガーラナの笑みから何かを感じ取ったハイロラが席を立とうとする。
が、その肩にガガーラナの手が置かれ、強制的に座り直させられた。
「いやぁ。君たちの言うとおり、次席呼びはちょっと嫌だから変えたいと思ってるんだ。ということで、ハイロラ君。一緒に主席と戦わないか?」
「は?主席と戦う?」
ハイロラはそう言われ、主席であるクレアを見る。
ーーあぁ~。これは、とても嫌な予感がするわぁ。
「ねぇ。主席。僕たちと2対1で決闘しないかい?」
「うぅん。決闘ねぇ」
クレアは苦笑い。
ーー決闘とか、絶対目立つわよね?
主席で目立っているモノの、それは一時期でしかない。
だから、しばらくはあまり目立たずに生きたいところだったのだが、
「断れるかしら?」
「へぇ。主席様が逃げるのかい?」
ガガーラナがにやりと笑う。
だが、その程度で動くクレアではない。
「主席だろうと、逃げるときは逃げるわよ。まあ、今回はちょっと違うけど」
「今回は違う?一体どういう事?」
「簡単よ。私が完勝する結果しか見えないから、やる意味はないって事よ」
そう言って先ほどのガガーラナを真似して笑う。
ガガーラナはその表情を見て、
「ぷっ!」
と、吹き出した。
ーーえ?ひどくないかしら?
ただ、そんなガガーラナはまだいい方で、
「くくくっ!」
ハイロラはなかなか笑いやまない。
クレアは、ハイロラの方を見て、
「私の顔、そんなにひどかったかしら?」
尋ねた。
ハイロラは首を振って、
「いや。その、さっきの顔は、……悪役みたいだった」
「は?」
クレアは不思議そうにする。
ーー悪役?私の顔が?
「それは、どう返せば良いのかよく分からないわね」
クレアは口ではそう言うが、心の中では、
ーー悪役令嬢に転生したわけだし、悪役らしくないというのはおかしいと思うのよね。
転生した体が体だから、と思っていた。
コレが善人らしい笑みだとか言われたら、色々変わりすぎでは?と、おかしく思うモノだ。
「で?そろそろ笑うのをやめて欲しいんだけど」
「ごめんごめん。ちょっと面白すぎて」
頭をかいて謝るガガーラナ。
その顔は、まだどこか楽しそう。
ーー反省はしていなさそうね。
ということで、ちょっと真面目なことを言っておくことにした。
「ガガーラナとハイロラ。私だから良いけど、他の女の人の顔を見て笑ったらすごく失礼にあたるからね。気をつけなさいよ」
「はいはい。もちろんそうするよ」
勿論そうするらしい。
ーーえ?何?私を女性認定してないの?
「悪かったから、決闘は取り消させて貰うよ。俺は」
「「俺は?」」
その言葉で、クレアは思い出した。
ハイロラも思い出したようで、2人で顔を見合わせる。
「ハイロラも決闘のメンバーには組まれていたわね」
「そういえばそうだった。取り消せるか?」
ハイロラが、ガガーラナに尋ねる。
ーー私じゃなくてガガーラナが取り消すのね。
話を振られたガガーラナは数秒ほど思案顔になる。
それから、
「取り消せるけど、本当にそれでいいのか?」
「っ!」
ガガーラナの問いに、ハイロラは驚く。
そして、そのままうつむいてしまった。
「僕は、」
「お前は、クレアに負けたままで良いのか?」
ガガーラナは真剣な声で問いかける。
が、その顔には黒い笑みが浮かんでいた。
ーーうわっ!性格悪っ!
クレアは、出会ったときとの違いに驚きを感じつつも、ガガーラナと関わると面倒なことになると感じた。
「僕は、クレアを超えたい!」
「えぇ~。私はやりたくないわよ。面倒だし」
クレアは気怠げに言う。
流石にこの様子にはハイロラもガガーラナも苦笑を浮かべた。
「面倒って、友人が1歩踏み出そうとしてるんだぞ。ちょっとは手伝ったら?」
「嫌よ。私に頼らないと踏み出すこともできないなんて、それは本当に踏み出せてるのか怪しいわ」
クレアは首を振った。
ーー決闘とか、絶対に受けないから。
「……はぁ。なら、仕方ない。今回は諦めよう」
「ええ。というか、何でガガーラナの方が熱くなってるのよ」
「おお。そういえば、決闘するのはハイロラだった」
そんな感じで、決闘はなくなった。
それから数日後。
「それでは、クレアとハイロラの勝負を始める!」
「頑張れクレアちゃん!」
「クレア!頑張るっす!!」
ーーど、どうしてこうなったぁぁぁ!!!?????




