悪役令嬢、頂上決戦
「お前が噂の、毒龍の生き残りか」
入れ墨の男が、『右足』の言葉を聞いて視線を鋭くする。
エリーはそれに、少し迷った後、
「残念ながら、それはブラフだ」
「は?ブラフだと!?だったら、だったらお前は何だって言うんだ!!」
エリーは真実を教えることにした。
ーーどうせ殺すか殺されるかなだし、教えちゃってもいいでしょ。
「我が名はクラウン。全ての闇を支配するモノだ」
「クラウン!?おいおい。お前ら、毒龍と手を組んでやがったのか!!」
入れ墨の男は、驚きを隠せない。
火傷蜥蜴の認識では、クラウンと毒龍は争っているということになっていたのだ。
だが、エリーは首を振る。
ここまで教えたし、全部教えちゃおうという考えである。
「手を組んでいたのではない。我らが毒龍を操っていただけだ」
エリーはそう言って肩をすくめた。
その時、ふと会場へ意識を向け、違和感に気付いた。
エリーが入れ墨の男と対峙していたとき、会場ではクラウンの部下が活躍していた。
彼らは、エリーの護衛という名目で戦う。
まずは、彼らが出てくる登場のシーンから。
「ロメル様を解放しろ!」
「エリー嬢はついて行っただろう!!」
貴族たちから非難の声が上がる。
エリーが従ったにもかかわらず、ロメルは解放されていなかったのだ。
「あの小娘が本当に従うまで、こいつは解放しない」
ロメルを捕らえている男は、冷たく言った。
貴族たちの非難の声は上がるが、ロメルが殺される危険があるために近づくモノはいない。
ーーくそぉ!エリー!すまないっ!!
ロメルは、心の中で何度もエリーに謝罪した。
それと共に、彼女に二度と会えなくなるのではないかという思いがこみ上げ、涙もこみ上げてきそうな心情だった。
そして今正に、彼の瞳からしずくがあふれるという瞬間、
「弱いな」
そんな声と共に、ロメルの体が突然解放された。
直後、背中に温かさを感じる。
「おっと。大丈夫か?」
突然解放されて倒れそうになるロメルを、小さな腕が支える。
ロメルが支えられた腕をたどって顔を見ると、そこにいたのは、フードを深く被った少年。
「火傷蜥蜴の奴らも手段を選ばねぇな」
少年ことセカンドはロメルを立たせ、会場に残っている他の火傷蜥蜴のモノに向かってかけだした。
ロメルはよく分からずへたり込むと、ぐちゃっとした感覚が伝わってくる。
「………え?」
嫌な予感がした。
その予感を確かめるべく、ロメルが恐る恐る自分の座った場所を見ると、
「し、死んでる」
先ほどまでロメルを捕らえていた男が、首から血を流して死んでいた。
ロメルは運の悪いことに、その首の上に座り込んでしまったらしい。
「ギャアアァァァ!!????」
「やめ、来るなぁ!!??」
ロメルが複雑な気分になる中、セカンドを含め数名のクラウンの部下たちは、火傷蜥蜴のものたち相手に勝利を収めていた。
次々と死体が作られていく。
ただ、そのときほどの順調な勝利が長く続くことはなかった。
途中で出てきた敵に手を焼くこととなったのだ。
その敵は、
「こいつら、反応が出てる!」
クラウンの1人が叫ぶ。
すると、他のメンバーは出てきた黒装束をじっと観察し出した。
反応といわれても、貴族たちには何の反応か分からなかった。
だが、クラウン内で反応と言えば、
「ちっ。闇の加護持ちか」
「シッカリと洗脳もされてる、さすがは火傷蜥蜴だね」
黒ずくめのモノたちはクラウンのメンバーと同じように、人体実験の被害者だったのだ。
全員から闇の加護を持っている気配が感じ取れる。
「ただこの人数から考えて、実験が成功されたわけではないか」
セカンドは黒ずくめの子供たちを見ながら判断した。
エリーによってあっさりと得られた闇の加護だが、どうやら火傷蜥蜴はまだその方法を発見できていないよう。
「エリー様はどうにか出来るだろ。俺たちはこっちの対処をすべきだな」
セカンドが小声で言うと、クラウンたちは頷いた。
こうして、クラウンは子供たちを救うため、対処に追われるわけである。
「ハッ!!」
セカンドは手加減した手刀で、黒ずくめたちの首を叩いていく。
闇の加護でムダに頑丈になった黒ずくめたちは、死ぬことはなかったが気絶していった。
「何人か運搬しろ!この数なら4人いれば事足りる!!」
セカンドの言葉に、クラウンの部下たちは黙って頷く。
それから、5名ほどが気絶している黒ずくめを小脇に抱え、屋敷の外へと出て行った。
彼らの洗脳を解くために、1度安全な場所へ移動させることにしたのだ。
戦闘をするクラウンの人数は減ったモノの、セカンドたちが負ける要素はない。
ただ、数が減った分倒せる速度は下がっていった。
そしてそのペースから考えると、
「エリー様の方に行くのは、本格的に諦めた方が良さそうだな」
という結論に至った。
セカンドたちとしてもエリーのことは心配であったが、エリーにどうしようも出来ないことは自分たちにどうにか出来るわけがないという気持ちの方が強かった。
「お前たち!こいつらをできるだけ安全に制圧しろ!時間は掛かっても構わない!」
「「「了解!!」」」
数十分後。
会場からは黒ずくめが1人もいなくなっていたのは、言うまでもないだろう。
そうしてセカンドたちが黒ずくめを制圧する中、奮闘していたのは彼らだけではなかった。
エリーの友人たちも、この機会に行動していたのである。
「お前たちはアロークスに!お前たちはデュランスに従え!」
ロメルは、解放されるとすぐに集まっているモノたちに指示を出した。
指示を出された客たちは困惑しながらも従う。
「よし!それじゃあ、テーブルを使ってバリケードをつくって、椅子もこういう風に組み合わせると、もっと強度が上がるから!」
アロークスなどは、割り振られた客たちに身を守るためのすべを教えた。
客たちは実演するアロークスたちに見習って、色々と作っていく。
彼らは、前回エリーが襲われたときの経験がある。
だからこそ前回の反省を生かし、より効率的に客たちの身を守らせることが出来るようになっていた。
「皆、けが人に回復魔法を!」
「で、ですが!」
「いいから早く!今は金がどうとかいってる場合じゃないだろ!!」
奮闘していたのは、前回パーティーにいたモノだけじゃない。
イルデはイルデでまた、教会のモノに指示を出し、けが人を治療させていた。
生き残ってもう1度あの子と会うために、彼らは行動するのだった。
そんな風な詳細までは分からないが、部下たちが活動していることを悟ったエリー。
そして彼らがしばらく来れなそうな事も、エリーは察していた。
「お前はは、私が殺す必要がありそうだ」
エリーはそう言って入れ墨の男を見つめた。
入れ墨の男は数秒クラウン状態のエリーを睨んだ後、
「クハハハハ!!面白い!面白いぞ!!」
笑い出した。
気でも狂ったのかと思い、エリーは眉をひそめる。
「俺は火傷蜥蜴の頂点に立つ男、『脳』だ。お前ごときに殺される身ではない!!」
彼は豪快な笑みを浮かべながらそう言い放った。
相当自信があるようだ。
ただそれをエリーは気にせず、
「どちらでもいいが、とりあえず死ね」
もう1度加護の力を使い、『脳』と名乗る入れ墨の男の首を切り裂いた。
はずだった。
「あぁ?効かねぇな」
だが、『脳』は無傷。
ーーふぅん。面倒な戦いになりそうね。
加護の力で首をはねることができなかった。
ならば、
「『ファイアーアロー』『エアーブラスト』『ポイズンソイル』」
「ほう!魔法か!!」
エリーは魔法を放った。
炎の矢が飛来し、圧縮された空気の衝撃が襲い、毒の地面によってじわじわと削っていく。
だが、
「効かねぇな」
『脳』は相も変わらず無傷。
エリーが顔をしかめると、
「今度はこっちの番だ。くらいやがれ!!」
『脳』は一直線にかけだした。
目指す先は、エリー。
「シッ!」
エリーの懐まで一瞬で潜り込み、右手に持っていたナイフを突き出す。
エリーは体をひねり、それを難なく躱した。
「ちっ!」
『脳』の舌打ちが聞こえる。
ーー防御力は高いけど、機動力は高くない?でも、『左足』の話だと、ステータスの入れ替えが出来るはずだけど。
エリーは、自分の攻撃が通用しない理由を考察していた。
ーーもし、防御力が高いなら、やることと言えば、
エリーは方針を決め、ポケットに手を入れた。
そして、幾つかの指輪を取り出し、
「あれが通用しないなら、コレを使うしかないわね」
自分の指にはめた。
指輪から濁った霧があふれ出し、エリーの腕にまとわりつく。
「あぁ?何だそれは?」
『脳』は霧を警戒しているようではあるが、恐れている様子はない。
エリーはその余裕のある表情を見て、更に指輪を追加していった。
「え?ちょっと、待てよ」
『脳』が少し慌て始めるが、エリーは気にせず指輪をはめていき、巨人のような巨大な腕を作っていく。
10個ほどの指輪をはめたところでエリーは微笑み、
「少し、本気を出そう」
「お、おい。何だよそれ。何なんだよ!!」
『脳』の慌てたような声が響く。
エリーはそれに、腕を振りかぶることで応えた。
「私の本気、味わって逝くといい」
「お前は、お前は何なんだよぉぉぉ!!!」
エリーは拳を突き出した。
圧倒的なレベルを持つエリーから放たれる拳は、到底『脳』が認識できる速度を超えており、何をされたのかも分からず、
ドゴォォォォンッ!
屋敷の壁と共に消滅した。
ちなみに、エリーは気付いていなかったが、まだギリギリ生きていた『右足』も一緒に消滅した。
「私が、何か?私は、」
ーー悪役令嬢になるはずだった、
「闇の女王よ」
エリーは消え去った『脳』に言い放った。
壊れた壁から部屋へ差し込む日差しが、まるでエリーの言葉を肯定するように降り注いだ。
「……ちょと、やり過ぎたかしら?」
エリーは、跡形もなく消滅した壁を見ながら呟く。
痛む心を切り替える為、クラウンの服を脱いでいると、頭に、
《レベル740にレベルアップしました》
《レベル741にレベルアップしました》
《レベル…………
レベルアップの声が響いた。
そして、それが終わると、
《称号『裏の最強』を獲得しました》
新しい称号を得た。
得たモノはそれだけではない。
「エリー!」
ロメルの抱きつきも貰えた。
ゲームの彼を知るエリーにとっては、傲慢な彼からは見ることの出来ない驚きのあふれる光景。
「ちょっ!ロメル!苦しっ!」
「え?ああ。すまない。……あれ?エリー。手に火傷を」
ロメルは慌てて離れたが、そうしたときにエリーの手の部分に変なモノを見つけた。
エリーもつられて見ると、左手の手の甲に火傷の痕のようなモノが出来ていた。




