悪役令嬢、喧嘩するほど
大量の屋敷が燃えた日の夜。
エリーは屋敷から抜け出し、元老婆の家だった小屋へと入る。
そこには予想通り、少年のセカンドの姿があった。
エリーはクラウンとしての姿で尋ねる。
「どうなっている?アレは本当にお前たちがやったのか?」
「違う。貴族の屋敷に火を付けたのは、俺たちとは関わりのない毒龍に反抗する勢力の1つだ」
セカンドはそう言って、今回の件の犯人である組織の資料を手渡してくる。
エリーはそれをとり、ざっと目を通した。
ーーよそ様の名前を使うなんて、迷惑な組織もあったモノね。
エリーはそう感想を抱きながら、資料をセカンドに返した。
「この組織、潰すか?」
セカンドは尋ねてくる。
その顔には明確な怒りがこもっており、セカンドとしては今すぐにも潰したいのだろうと言うことが分かった。
だが、エリーは首を振る。
なぜなら、もっと利用するべきだと思うからだ。
「必要ない。こいつらが勝手に暴れてくれれば、こちらが裏で動きやすくなるからな。悪評などこの際気にする必要はない。我らの目的は、全ての闇を支配することなのだから」
ただそこまで言った後少し考えて、
「……だが、そうだな。少しこちらも活動するか」
エリーは仮面に手を当てながら言う。
すると、セカンドの顔に笑みが浮かんだ。
「どうするんだ?火傷蜥蜴がこちらへ入ってきやすいようにするか?」
セカンドが何をするのかと尋ねてくる。
エリーは、セカンドの提案に首を振り、今考えついた作戦を口にした。
「……なるほど。いいな。それ」
セカンドは考え込むように顔を下げながら数度うなずいた後、顔を上げる。
その顔は、期待にあふれる表情をしていた。
「それでは、早速動く」
「ああ。……あと、明日の夜は我も参加するからな」
「了解」
そこまで話して、2人は分かれた。
エリーはこれから、王都へと戻る。
だが、素直に帰宅するわけではない。
王都は、火事が起きて混乱しており、
「ぐひひひっ!金を出しやが、ぐわぁぁ!!????」
絶好の稼ぎ時なのだから。
プシュッ!
血が吹き出て、周囲が赤く染まった。
「な、何だ!?」
その光景を見ていた男たちは慌てる。
そして、次の瞬間には、
プシュプシュプシュッ!!
全員の首から血が吹き出た。
ーー普段潜んでるだけで、実際は沢山悪人っているのねぇ。
エリーはそう感想を抱きながら、その場を離れた。
この日は、サッド家の領地で行なった以来の大殺戮が行われたのだった。
そんな虐殺が起こった次の日。
「おい。昨日のあれ、全部盗賊殺しの妖精がやったって本当かよ」
「分からん。でも、あんなことができるのは、妖精くらいしかいないだろ」
民衆の話題は、盗賊殺しの妖精で持ちきりだった。
昨日は沢山のモノが寝ずに過ごしていたため、
「私、盗賊殺しの妖精見たよ!!」
等という目撃者も現れたのだ。
コレにより盗賊殺しの妖精は、国中で有名になっていく。
なんてこともありつつも、妖精ことエリーは全くそれを察知されることなく屋敷で忙しく働いていて、家を燃やされたモノたちの対応をしていた。
「うっせぇ!!」
「うるさいのはテメェだぁ!!」
「ふ、2人とも落ち着いてよぉ」
喧嘩をする2人の貴族の子息。
そして、それをキョドりながらも止めようとする少年。
通常なら周りのモノが止めたりするのだが、彼らを止めるモノはいなかった。
なぜなら、彼らが、
「お2人とも。やめて下さいまし。ここはあなた方のお屋敷ではないのですよ。次期公爵たるお二方なら、場所をわきまえることくらいできるでしょう?」
「「くっ!」」
彼らが公爵家の子息だからだ。
そんな彼らを止めようとしていたモノも、当然公爵家の人間である。
「だが、ガリドルが、俺より上だと言ってきやがったんだ!嘘つきを懲らしめる必要があるだろ!!」
「本当のことを言って何が悪い!それに、ターリルが自慢をしてくるのが悪いんだ」
「ふ、2人とも喧嘩しないでよぉ」
「お二方、そんなに相手のことが嫌いなら、話さなければ良いではないですか」
エリーは困ったように頭を抱えながら言う。
すると、慌てて2人とも否定してきた。
「いや、別にガリドルのことが嫌いというわけでは」
「ターリルが嫌いなわけではじゃないよ」
何ともツンデレな感じが予想できる2人。
ゲームでも、ツンデレ2兄弟として有名、
ではなかった。
彼らは、ゲームの頃には性格をかなり落ち着かせていたのだ。
そのため、エリーとしても現在の2人の性格がよく分かっていない。
エリーは、相手のことを理解するために観察をかねて言葉を交わしていく。
「なら、騒がずに仲良くしていて下さいまし」
「ど、努力はする」
「善処する」
2人とも不安な感じの回答をしてきた。
エリーはもっと相手のことを知ろうと思い、もう1人の攻略対象にも声をかけることにした。
「他の方々に迷惑をかけることも非常に困りますが、1番困っているのはクイフ様のようですよ。せめて、クイフ様を安心させてあげて下さい」
エリーはそう言って、先ほどまで2人のことを止めようとしていた少年、クイフに目を向ける。
すると、2人は急いでクイフに謝った。
「クイフ。すまんかった。お前の言葉を無視しちゃって、ごめんな!!」
「クイフ。ちょっと熱くなり過ぎちゃってたんだ。ごめんね」
この光景を見れば、少し関係性が見えてくるかも知れない。
2人とも、クイフラブなのである。
「い、いや。いいけど。もう、喧嘩しないでね」
「「も、もちろんだ!」」
このクイフラブ設定は、ゲームでも変わらない。
2人とも、クイフが出てくるとクイフの方に付きやすいのだ。
そして、マズいのは会話でクイフの悪口を言うこと。
コレをしてしまうと、好感度が大幅に低下するという、ひどい仕様がある。
「……とはいえ、こんな見知らぬ場所に閉じ込められてストレスが溜まるのも理解できますわ。気晴らしを兼ねて、庭でもご覧になりますか?」
エリーが提案すると、3人はすぐに頷いた。
そのまま歩いて案内した先にあるのはこの状況でエリーも都合がいいと思う場所であり、
「こちら、我が家の庭ですの。向こうから先は危険な植物があるらしいので、行かないようにして下さいませ」
「「「はぁい」」」
3人が素直な返事をする。
エリーはそんな3人を信用していなかった。
ーー子供を信用しすぎるのは良くないわ。
まあ、それだけが理由ではないが、エリーは3人を疑っている。
「わぁ!綺麗!!」
「広いな!」
「流石はハアピ家と言ったところか」
各々の感想を口にしながら、3人は庭を歩き回る。
ただ、数分すると予想通りと言うべきか、
「何だとぉ!もういっぺん言ってみろぉ!!」
「何度だって言ってやるよ!ターリル!お前より僕の方が上だ!!」
「2人ともやめてぇ!!」
なんとも低レベルな争いが繰り広げられている。
とはいえ子供の喧嘩なんてこんなモノ。
エリーには、その様子が子供らしくてかわいらしく思えた。
微笑みながらそれを眺めていると、エリーは周りからの視線に気付く。
その視線は、エリーの両親や他の3人の公爵たちのモノ。
エリーはその視線を受けて、そろそろ喧嘩の仲裁に入るべきだと考えた。
「お2人とも、そろそろおやめ下さい。人が集まってきていますよ」
「あ?関係ねぇ!」
「丁度良いさ!!ターリルの負ける無様な姿を、大勢にさらしてやるよ!!」
エリーの言葉を2人とも大して気にした様子はなく、喧嘩を続けた。
途中から取っ組み合った2人はバランスを崩し、
「「うおぉっ!?」」
ドシャッ!
花の上に崩れ落ちる。
それによって、数名の大人の視線が変わったことをエリーは感じ取った。
ーー何か雰囲気が変わったわね。……って、あの花!
「お2人とも。流石に花を潰すのはどうかと思いますわ」
エリーは数段トーンを低くして言う。
2人からはすぐに反論が来た。
「花なんて、どうでもいいだろ?」
「そうだ。どうせこんな花なんて、すぐに直せるだろ?」
花なんて価値はない。
そんな意思を2人からは感じられた。
エリーはその言葉に、薄く笑みを作る。
ーーこれは、大きい貸しを作れそうねぇ。
「確かにそれが、普通の花ならすぐに治せるし、たいした価値はないですわ。しかし、我が公爵家がこのような目立つ場所に安い花など植えると思っていらっしゃるのですか?」
エリーがそう言うと、2人の表情が大きく変わる。
とは言っても、2人とも花のことをよく分かっていないので、相場などは分からない。
そのため、
ーー高いと言っても、1万くらいだろ?そんなにキレる必要ねぇだろ。
と、思っていたのだが、
「その花、1つ100万するのですが」
「「え?」」
固まる2人。
そして、
「ひゃ、100万!?」
「こ、こんな花1つで100万だとっ!?」
目を見開いた。
というか、コレを見ているほとんどのモノが目を見開いていた。
「その花を、あなた方は一体いくつ潰されたのでしょうか?」
「え?……うっ」
2人は自分たちの下を見て、顔をゆがめる。
彼らの下には、沢山の潰れたりへし折れたりした花があったのだ。
しばらく2人は顔を青くしていたが、ガリドルが何かに気づいたようで顔を上げた。
自分たちの予想よりは、はるかに高いものだったが、
「100万くらい。俺たちには痛くもかゆくもない!その程度すぐに払ってやるよ!!」
だからといって、通常の公爵家に払えないような金額ではなかった。
そう。
通常であれば。
「そんな簡単に払えるものなんですの?あなた方の屋敷を建て直したりしなければならないのに?」
「「あっ!?」」
「あらぁ?お具合が悪いんですの?そんなに顔を青くされちゃってぇ」
エリーはそう言いながら、笑みを浮かべる。
実に生き生きした表情。
まさに悪役といった感じの表情だ。
もちろん、悪役にこういうことをされると主人公でなければ言い返せるわけもなく。
「そ、そんな」
「ど、どうすれば」
2人は絶望的な表情をした。
エリーはあくどく笑いながらも、視線をちらっとその親の方に移してみる。
ー-あの表情から察するに、そこまで損失があるわけでもなさそうね。
反応を見る限り、弁償に関しては何も思っていなそうである。
ー-さすがは公爵家といったところね。
エリーは素直に、公爵家の財力に感心した。
ということで、エリーは別の切り口から攻めてみることにした。
「まあ、あなた方が払えないというのなら、貸しにしてもかまいませんわよ」
「「貸し?」」




