悪役令嬢、チュートリアル戦
それでは、ゲームにおいての戦闘について説明しよう。
ゲームでの戦闘は、
悪口の言い合い!
相手の主張の論破!
つまり、口喧嘩である!!
(私もゲームみたいに、口喧嘩やらないと行けないのかしら?)
エリーはゲームの口喧嘩を思い出してゲンナリした。
なぜゲンナリするのかを説明する前に、攻撃力について説明しよう。
ゲームにおいての攻撃力は、言葉で相手をどれだけ傷つけられるかを表している。
そして、精神力の方は心の体力と防御力を表している。
攻撃力と防御力は、口喧嘩がどれだけ強いかを表すステータスなのだ。
そして、エリーは攻撃力と精神力が共にA。
ゲームでは極振りに近いことをしないと出せないような数値だ。
とはいえ、いくら数値が高くても、それは口喧嘩が強いだけ。
(口喧嘩とかどうでも良いわぁ。というか、そういう争いにならないのが1番だと思うんだけど)
エリーはあまり口喧嘩をしたいとは思わなかったが、運命からは逃れられない。
(ん?なんだか嫌な予感が)
エリーは背中に悪寒が走った。
「大丈夫?」
「ん?具合でも悪いのか?」
男子たちが心配してくれる。
それに軽く笑って大丈夫だと示す。
だが、心の不安は消えなかった。
そして、数秒後、
バタン!と扉が開く。
そこから現れたのは、
「このようなところにはハアピ家がいるとは!汚らわしい不信信者め!神殿長として宣言します!今すぐここから去りなさい!!」
エリーたちがいる神殿の長。
若い女性で、目が血走っている。
(新しいステータスが手に入って、こういう人と会うのは、偶然じゃないわよね。ということは、これは、チュートリアル?)
エリーはコレが口喧嘩のチュートリアルではないかと推測した。
「出て行きなさい!」
と、騒ぐチュートリアル用らしき教会のモノ。
エリーは突然のことに、どう答えるべきか迷った。
(これ、普通に口喧嘩して良いのかしら?イルデたちの目の前で口喧嘩して煩わしく思われても困るんだけど)
エリーはチュートリアルを受けるかどうか迷っている。
そんなことを考えて沈黙しているエリーに、教会のモノは無視されていると勘違いして、更に汚い言葉を投げてくる。
「私の話を聞いてるの!私の話を聞かないなど、無礼にもほどがあるでしょ!!」
そろそろ返答しないとまずいと考えたエリーは、できるだけ男子たちの嫌いでなさそうな言葉を選ぶ。
エリーは口喧嘩で勝つことではなく、男子に嫌われないことが本当の勝利であると考えている。
「あら。ごめんなさいね。まさかイルデの友人である私に、教会の方がそのような言葉を言うとは驚きで。あなたは、イルデを軽視されているのかしら?」
ーー喧嘩を売ってくるんだから、このくらいは返し方を考えてるでしょ。
エリーはそう考えていた。
だが、
「うぐっ!………お、覚えてなさい!!」
と言って、教会のモノは部屋から出て行ってしまった。
「え?……行っちゃった」
アロークスが、教会のモノの出て行った扉を見つめて、ぽつりと呟く。
他のモノも、同じようにその扉を眺めていた。
沈黙が部屋に流れる。
微妙な空気を感じ取ったエリーは、話題を提示してみることにした。
「さ、先ほどの方は何だったのでしょうか?」
「さあ?この神殿の長ではあるんだけど。………何がしたかったんだろう?」
エリーの問いかけに、イルデは首をかしげた。
同じように、アロークスとデュランスも首をかしげている。
全員、心の中では、
ーーあの人、何がしたかったんだろ?
と、思っていた。
そんなときだった、エリーにとっては爆弾な発言をアロークスが繰り出す。
「あの人、悪だったのかな?」
ーーや、やばい!コレは返答次第で正義感が爆発しかねないわ!!
エリーが、このグループで集まった場合に恐れていたことが起きた。
「悪ねぇ。………まあ、悪は悪なんじゃないかな?」
「あれは悪でしょぉ。エリーのことを敵視してるんだから、悪に決まってるでしょ」
イルデは、アロークスの問いに神妙な顔で答えた。
それに対して、デュランスはどこか盲目な感じの返答。
ーーデュランスの私への好感度高すぎないかしら?
エリーはデュランスの言葉に違和感を覚えつつも、フォローにまわることに。
「それは、私たちから見たら悪かも知れませんが、教会から見れば正義かも知れないですわよ。確かに、我が家はあまり教会に好かれていないわけですし」
エリーの言葉の通り、ハアピ家は教会との仲が悪い。
その理由は、教会の第3士官というモノを王族たちと共に追放してしまったからだ。
王族たちにもヘイトが向かいそうな気がするが、教会のモノたちの敵意はエリーだけに向いていた。
教会のモノたちは、王族たちをエリーが洗脳していると思っており、王族たちが敵対したのは全てエリーが悪いという考えになったのだ。
あながち間違いでもないのが難しいところである。
それに、旅行用の船を持っていたことで、教会の転移陣の利益を一部ハアピ家が奪っていたのも、また事実。
それもハアピ家が敵視されている要因の1つである。
が、そちらの方はサッド家に売却したので、薄まってきている。
「エリーは、正義じゃないのぉ?」
デュランスがチャラい感じで尋ねてくる。
だが、その声とは裏腹に、エリーを見る目はとても鋭かった。
ーーこの辺りは気を遣って返答する必要がありそうね。
エリーは言葉を選んで回答しようとしたが、その前に、
「エリーは正義じゃないと思うよ。まあ、僕も僕自身を正義ではないと思ってるけどね」
「そうだな。僕もエリーは正義だとは言えないと思う。ただ、悪だとも言えないから、グレーな感じ」
アロークスとイルデが返答した。
2人ともエリーを正義だとは思っていないようだ。
その返答を聞いたエリーは、
ーー2人とも、変わったわね!私が正義じゃないとしても、友達で居続けられるなんて!……もしかして私、洗脳上手い?
さて、現在の状況は1体3に近い。
しかも、孤立しているデュランスは相手方の3人をかなり信用しているため、
「ふぅん。じゃあ、まあ、エリーは正義じゃないのかなぁ?」
と、エリーが正義でないと納得してしまった。
だが、エリーとしては、それだけでは困る。
「じゃあ、デュランスにとって正義とは何ですの?」
「僕にとっての正義は、民衆が幸せで居続けられることをすることかなぁ」
「なるほど。では、デュランスは更に借金をしてでもサッド家は民衆のための方策をとるべきだと思いますのね?」
「うっ!そ、それは」
デュランスは表情を変える。
彼としても、これ以上の借金はマズいと思っている。
その理由は、自分の家が潰れてしまうから。
ではなく、家が潰れた際の領地への影響を、エリーと話してから考えるようになったからだ。
「……そうだとしても、僕はやるべきだと思うなぁ。そっちの方がメリットが大きいように感じるし」
デュランスは、覚悟を決めた声で言った。
エリーは、
ーー正義感強いわねぇ。
くらいの感想しか抱かなかったが、他のモノは違う。
「そうなんだ。僕は、借金の返済の方に力を入れるかな」
「え?そうなんだ。僕は両方やるけど」
アロークスとイルデが、それぞれ自分の意見を言う。ここで初めて、彼らの正義感に違いがあると言うことが共通認識となった。
ーー少し、正義感爆発を抑制できてるかしら?
エリーは今回の目標が達成できたことを感じ取り、3人の会話に入っていく。
それから数時間、4人は意見を言い合い、正義感の理解と友情を深めていった。
その頃には。チュートリアル用に出てきた教会の人間のことなどすっかり忘れ去ることとなる。
「……それでは、私はこの辺りで失礼致しますわ。今日は楽しかったです。またお時間が合えばお呼び下さい」
良い具合に正義感の爆発が抑えられそうだと感じられるようになってから、エリーは3人に見送られながら神殿から出て行く。
夕日に照らされる中、見送った3人は部屋へと戻った。
「……エリー、指輪喜んでくれて良かったよ」
「そうだな。ただ、ちょっと反応がおかしかった気もするが」
「あれじゃない?2人のセンスがエリーとは合わなかったんじゃなぁい?やっぱり、僕が最初に選んだヤツが良かったんじゃないかなぁ。2人とも、エリーのことよく分かってなさそうだし」
「「何だと!」」
3人はにらみ合った。
今にも喧嘩が起こりそうである。
3人は思想が似ているところもあり、特定の話をしていない時はとても仲が良い。
ただ、彼らが集まる理由は思想が似ていることだけが理由ではない。
「エリーのことを1番理解しているのは僕だ。それを譲る気はないよ」
「「いやいや。僕の方が分かってるから」」
彼らのもう1つの共通点。
それは、エリーに特定の感情を抱いていること。
そんなことが起こっているなど知らないまま、帰る馬車の中にいるエリーは視界に映るステータスの変化に気付いた。
ーーあっ。口喧嘩やったから、新しいのが出てきちゃってる。
エリーのステータスには、新しい欄が出てきていた。
《エリー・ガノル・ハアピ》
オシャレ:B ダンス:C 体力:A 学力:A 魔力:AA 攻撃力:A 精神力:A
財力:AA
撃破数:1
撃破数という欄が増えている。
これは、口喧嘩で何人倒したかが分かる数値だ。
ーー確か、この数値が増えていけばステータスが上がるのよね。
エリーはこの数値の面倒くささを思い出した。
口喧嘩に勝っていくと、ステータスが全体的に上がっていく。
もちろん、それ以外でもステータスは上がる。
剣術をしてみたり勉強をしてみたりしたってステータスは上昇するのだ。
だが、全体の上がり方で考えると1番効率が良いのが口喧嘩。
ーー最初の内だけの話ではあるけど。
エリーはゲームのことを思い出し、口喧嘩でステータスがあげられるのは最初の内だと考えた。
口喧嘩で勝っていくと、敵もだんだんと強くなってくる。
そして、敵が強くなっていくほど勝つのが不可能になってくるのだ。
例えば、敵の悪口一言で敗北するようなったりとか。
ーーまた、口喧嘩を誰かに仕掛けられたりするのかしら?
エリーは面倒に思いながら、あり得そうな事態を想像しておく。
そんな時。
「エリー様。あちら、火事でしょうか?」
メアリーが窓の外を見ながら言う。
エリーも窓に視線を移すと、
「……そうですわね。あれ、かなり大きくありませんこと?」
かなり大きな炎が見えた。
炎の位置からして、
「貴族街に、見えるのですが」
貴族街。
エリーたちが住むような場所。
そんな場所に炎があるように見える。
エリーは、家族が大丈夫かと心配になった。
「確かに、貴族街に見えますね。ということは、私たちは……」
メアリーの目が死んだ。
エリーたちはその炎に向かっていると言うことなのだ。
ゴトゴトと揺られながら進んでいくと炎で焼けた部分が間近に見えてきて、
「いやぁ。何もなくなってますわね」
「そうですねぇ」
メアリーと会話を交わす。
馬車の通る道の横は、黒い炭が落ちているだけだった。
「あぁ。でも、我が家はやられてないみたいで安心しましたわ」
エリーがそう言って目を向けた先には、燃えていない屋敷があった。
その中の1つがエリーの住む屋敷。
エリーの屋敷は燃えずに済んだのだ。
エリーは馬車から降り、屋敷へと入る。
屋敷に入ると、家族たちがいる。
だけでなく、見覚えのある貴族が数名いた。
ーーやはり、そうよね。
エリーには、それが予想できていた。
「あっ。エリー。無事だったんだね」
エリーを発見して、駆けよってくるバリアル。
エリーは数度言葉を交わした後、バリアルに事情を尋ねると、
「何でも、クラウンとか言う犯罪者組織が貴族の家に火を付けたらしいんだ」
「…………へぇ?」
 




