悪役令嬢 夜と昼の散策
「なんだ?猫か?」
小さな生物が、全身に入れ墨を入れた男たちの前を通り抜ける。
男たちは顔を見合わせ、ニヤァと品のない笑みを浮かべた。
「おらぁ!クソ猫が!」
男は罵声をあげながら小さな生物に石を投げる。
その生物は石にビクッと反応し、逃げ出した。
男たちは笑いながら石を投げ、追いかけていく。
そして、かなり走ったところで、小さな生物は路地裏へと駆け込んだ。
「逃がさねぇよ!!」
男たちは二手に分かれ、路地裏で挟み打ちにしようとした。
その時だった。
「さよなら」
か弱くかわいらしい、滑舌の弱い声が聞こえた。
その直後、
スパスパスパスパッ!
男たちの首が飛んだ。
当たりに赤い液体が飛び散る。
「ん~。名のある盗賊って聞いてたのに、拍子抜けねぇ」
《レベル2にレベルアップしました》
《レベル3にレベルアップしました》
《レベル4にレベルアップしました》
…………
《レベル13にレベルアップしました》
そこまででレベルアップは止まった。
エリーは小さな体を広げて体を伸ばす。
そう、男たちが猫と間違っていたのはエリーだったのである。
ついでに言うなら、男たちは国の中ではそこそこ有名な盗賊団の一員。
エリーは父親たちからの会話でこの辺りに盗賊団が居ることを知って、嬉々として倒していたのだが、
ーー光の加護が強すぎて、この程度じゃ物足りないわね。
全く相手にならなかったのである。
理由はもちろん、光の加護と、カンストしたスキル。
たとえ赤子だろうと、魔力系のスキルをカンストさせて、加護を持っていれば、その辺の奴らは瞬殺なのである。
「ちゅまんないなぁ」
舌足らずに呟きながら、エリーは盗賊狩りを続ける。
そして、盗賊狩りを始めてから2時間が経とうかというところで、
「そりょそりょ(そろそろ、加護が切れる時間ね」
エリーはそう呟いて、自分の家へと戻った。
エリーの部屋は屋敷の三階にあるのだが、加護によって強化された体なら簡単に入り込むことができた。
「まだ残ってたみたいね。でも、眠いし、寝ちゃいましょう」
エリーは加護を使って出しておいた幻影を消し、まどろみの中へ
その後も彼女の夜の散策は定期的に行われ、
「ぐわぁ!?」
叫び声が路地裏に響く。
直後、その路地裏が真っ赤に染まった。
《レベル37にレベルアップしました》
エリーは歩けるようになってから、しばらくの間、家の周りで盗賊狩りを続けていた。
だが、最近殺しすぎたため、盗賊の数がかなり少なくなってきている。
「ちょっと、別の所に行ってみようかしら」
エリーは遊び相手が減ってしまったため、他の場所へ移ってみることにした。
場所を移すのは盗賊を倒すためだけではない。
実は、未だに1人も部下が獲得できていないのだ。
コレでは、いつまで経っても闇の組織を作ることはできない。
そういうことで、エリーは少し焦りながらも近くの町へと移動した。
そうしてまた、近くの町から大量に盗賊が消えることに。
「あぁ。やっぱり、王都より発展してないかぁ」
近くの村は、エリーが居たところより遅れていた。
まあ、エリーが居るところが王都なので仕方ないと言えば、仕方ないのだが。
エリーは盗賊殺しという名の観光をして楽しんだ。
そんな風に夜を過ごすある日。
「エリー。お出かけしないかい?」
エリーの兄、バリアルが話しかけてきた。
お出かけ、という言葉にエリーは興味をそそられ、
「行くぅ!」
と、即答。
エリーは、バリアルに手を引かれ、屋敷の中を歩く。
「エリー。ここが、僕の部屋だよ」
そう言って、バリアルはムダに豪華な扉の前で立ち止まった。
ーーもしかして、お出かけって、屋敷内の探索のことかな?
「へぇ!バリアルお兄様のお部屋、おっきいねぇ!」
エリーは扉の大きさから部屋も相当大きいのだろうと判断した。
すると、その言葉には何も返さず、バリアルは扉に手を掛けた。
ギィィィ。
きしみながら扉が開く。
その扉の先には、
「すっごぉぉい!ご本がいっぱい!」
広い部屋。
そして、4面の壁には大量の本が並べられていた。
「ふふっ。それじゃあ、お散歩の続きしようか」
「うん!」
バリアルの部屋に行った後、食堂、訓練場、両親の部屋、執務室など、いろいろな場所をまわる。
そして、最後の部屋は。
「エリー。ここが、調理室だよ」
調理室。つまり、厨房だ。
料理人たちがせわしなく働いている。
「ん~。美味しそうな匂い!」
エリーは鼻をヒクヒクさせる。
そんなエリーが心の中で思うことは、
ーーあぁ。小さい女の子の演技は疲れるわぁ。
コレであった。
意外と精神的につらいモノがあるのだ。
無邪気にあざとく、小さな女の子風にするのは、とても大人の心には辛いのだ!
ーーん?エリーの家の調理場?どこかで聞いた覚えが、
エリーはそんなとき、記憶の片隅にあるイベントを思い出した。
実は、公爵家の家には魔王に対抗するための武器が隠されている。
という設定を、エリーは前世の知識で知っている。
そこで、公爵家の男たちと仲良くしなきゃいけない。
みたいなイベントがあるのだが。
ーーここの家の武器って、調理場にあったんだっけ?
「ねぇ。今日のご飯はなぁに?」
エリーは夕食のメニューをそこらで暇そうにしていたメイドに尋ねた。
話しかけられたメイドは、驚きで声を裏返しながらも答えた。
「ほ、本日のご夕食は、マンドラゴラのサラダと、サラマンダーのたまごのスープ。そして……」
大量の料理をメイドは必死に思い出しながら答える。
それを楽しそうに見つめるフリをしながら、エリーは調理場の観察を行った。
エリーの記憶が正しければ、この公爵家の武器は片手剣だった。
そんな片手剣が、なぜ調理場にあるのかは分からないが、エリーは必死に観察を行う。
片手剣が調理場にあるなら、非常に目立ちやすいはずだ。
だからこそ、発見は容易だと思われたのだが、
「……と、デザートにマジックアイのケーキでございます」
エリーが観察している間にメイドの説明が終わってしまった。
「ありがとう!それで、今は何を作っているのかしら?」
そんなの見れば分かる。
全て作っているのだ。
とてつもない広さと、とてつもない数の料理人。
その2つの組み合わせがあれば、全ての料理を並行で作るのが1番早いのだ。
「現在は、全て並行で作っておりますが…。あっ!アレなど面白いと思いますよ!ワイバーンの解体です。ワイバーンは非常に硬いので、包丁ではなく、片手剣を使って解体するのです」
「か、片手剣!?」
包丁代わりに使われる片手剣。
それが、イベント用の武器である。