悪役令嬢、初の弟
「それでは、契約成立と言うことで」
細かい調整が終わり、エリーは悔しそうに呟いた。
そんなエリーを勝ち誇ったようにサッド公爵は見ている。
「くふふふ。………ん。そうだ」
勝利のうれしさで笑い声をこぼしていたが、そこであることを思いついた。
サッド公爵は試すような目でエリーを見ながら提案する。
「エリー嬢よ。今度我が領地でパーティーを開くのだが、そこで事業の買収について宣言したいのだよ。君も来てくれないかね?」
エリーは、行く、と即答しそうになった。
だが、喉まででかけたその言葉を押し込む。
ーーそういえばサッド家って、毒龍とつながってたわよね。しかもその毒龍は、というか、この人たちは私の暗殺を企んでいたはず。つまり、
エリーが考えていると、サッド公爵はどう勘違いしたのか、さらにエリーの不安を後押しをしてきた。
「もちろん、私が買いとった事業の旅行用の船に乗って貰うのだよ。君の頃よりもさらに発展した船に乗せてあげよう」
ーー海上って、この世界じゃ助けの来ない絶好の襲撃場所じゃない!?嫌よ!絶対に行きたくないわ!
とは思ったのだが、今までの話から断る要素は1つもなかったので。
「……わ、分かりましたわ」
泣く泣く了承することしかできなかった。
売却以上にとてつもなく嫌なことができてしまったんおであった。
そこからサッド家からの帰り。
エリーたちは馬車に乗っていた。
エリーとサッド公爵との会談中は、ほとんどしゃべらなかった父親が口を開く。
「エリー。大丈夫なのか?」
少し心配そうな声色。
今回エリーが会談で失敗したせいで、父親への収入に打撃が加わるという警戒をしているのだと予想された。
だが、エリーはそれにキョトンとした表情になる。
それから、おかしそうに肩をふるわせた。
「エリー?」
父親は笑い出したエリーに、気でもおかしくなったのかと首をかしげる。
しばらくすると、笑い終わったエリーは語り出した。
「大丈夫ですわ。お父様。あの事業に100兆の価値なんてございませんもの。私としても、できれば来年に100億ほどで売るつもりでしたわ」
「ほう。売ってしまうつもりだったのか。なぜだ?」
父親は解説を求める。
本当に分かっていないのかどうかは不明だがとりあえずエリーは解説を始めて、
「まず、あの事業は色々と準備や点検などをしなければならず、時間が掛かりますの。とても私では手に負えるような事業ではなくなってしまったんですわ。それに、移動用ですから、このまま続けていけば、転移陣を持つ教会と敵対関係になってしまう恐れがありましたの。ご納得いただけまして?」
売却の理由を簡単に話し終わり、エリーは父親に納得できたか確認する。
父親は黙って頷いた。
「では、これから先のことをお話ししますね。まず、事業が売却されることを関連の貴族に伝えなければなりません」
「ああ。そうだな」
「一部やりづらいところも出てくるはずです。ということで、お詫びのようなモノをした方が良いかと思いまして」
「ほう。詫びか」
父親としても、他貴族への影響は考えていた。
最悪、現金を払って解決する必要があるかと思うほどだった。
だが父親は、エリーの言い方からお詫びが現金でないと推測した。
とは言っても、それが何かまでは読めない。
「何をお詫びにするのだね?」
父親は尋ねる。
エリーは、父親に商人を思い起こさせるような目で応えた。
「魔物船を、出張させますわ」
そうして売却が決まってから1週間。
数日は抗議の声が大量に届いていた。
だが、4日しないうちにそれは1つも無くなる。
理由は、お詫びに関する手紙を送ったからだ。
「全ての家が、アレで納得してくれたのか」
父親が考え込むような声で呟く。
全ての家が納得するとは考えていなかったのだ。
だが、先ほどの通りお詫びの手紙を出してからは全く抗議が来なくなったのだ。
そのお詫びの内容は、
「魔物船の貸し出し。……そんなに魔物の人気は高いのか?」
父親は首をかしげる。
そう。お詫びの内容はそれだけ。
だが、それだけで全ての家が納得してしまったのだ。
父親は首をかしげることしかできない。
そんな父親に、エリーは解説した。
「理由は簡単ですわ。魔物船は子供からの人気が非常に高いんですの。そのため、各地から家族ごと船でこちらの領地までやってきます。その数は、私たちが用意した船が足りなくなるほどですわ。そして、子供というのは次の労働力。こういうときに子供に楽しませておいて、領主たちへの忠誠心が落ちないようにしようというのが、了承された理由だと予想しておりますの」
「なるほどな」
エリーの説明を聞いて、父親は納得する。
そんな父親を見て、エリーは自分の役目を終えたと思い、部屋から退室しようとする。
その背中に、ついにあの言葉が掛かった。
「エリー。私の代わりの責任者を見つけた。夕食の時に紹介してあげよう」
「夕食の時に?」
エリーはどういう事かと首をかしげる。
だが、父親は笑顔を浮かべるだけで答えなかった。
エリーは不満そうにしながらも、部屋を出て行く。
その心の中では、
ーーいやぁ。知ってるのよね。代わりの責任者とか、私の弟くらいしか思いつかないわ。でも、知ってると伝えるわけにも行かないし、どうにか、それらしいリアクションがとれれば良いのだけど。
と、どのような演技をするかしか考えていなかった。
答えを知っているというのは、それはそれで大変なのである。
相手を傷つけないようにしつつ、演技らしさが出過ぎないようにする。
エリーもこのときばかりはスキルに感謝するのだった。
ーー演技のスキル、持ってて良かったわ。
そしてそれから数時間後。
「来たか」
普段は、食事の際最後にやってくる父親。
だが、今日は珍しいことに早く来ていた。
しばらくすると、家族が全員そろう。
ほとんどが父親が先に来ていることに驚いていた。
そろった家族を見回し、父親は手を鳴らす。
すると、ギィと音がして扉が開き1人の少年というにもまだ幼さを感じる男の子が現れた。
「紹介しよう。我が息子、次男のアシルドだ。さて、アシルド。自己紹介しなさい」
父親が優しく声をかける。
アシルドと呼ばれたその子は緊張したような顔をして背筋を整え、
「はい!アシルドといいます。これからよろしくお願いしましゅ」
最後に噛んだ。
アシルドの顔が一気に赤くなる。
「くくっ」
「ふふっ」
家族たちから小さく笑い声が漏れる。
エリーは優しく微笑みながら眺めていたが、知らないフリをしようと知っていることを質問する。
「お父様。養子をとられましたの?」
「ふふっ。エリー。違うぞ。アシルドは、エリーともバリアルと血のつながった兄弟だ」
そんなことは知っている。
それでも、エリーは頑張って不思議そうな顔をした。
そんなエリーに、父親は説明を。
「アシルドは病弱でな。生まれたときはかなり衰弱していて、死ぬのではないかと思われていたのだ。そのため、兄弟を失うことで衝撃を与えぬようエリーたちには伝えず、ずっと療養を続けてきたのさ」
「えぇ!?私に弟がいたんですの!?全く気がつかなかったですわぁ!」
エリーは驚いたように声を上げる。
その様子に父親は笑みを浮かべた。
エリーに隠せていたことが嬉しいのだ。
自分がエリーより上であるという証明になるから。
「ふふふっ。仲良くするのだぞ」
父親はドヤ顔で言う。
その顔を見たエリーは、子供らしく無垢な笑顔で、
「はい!」
と、応えて頷く。
その瞬間、
《スキル『演技LV2』が『演技LV3』になりました》
スキルがレベルアップした。
レベルアップ自体はあまり嫌ではなかったが、タイミングが少し微妙な気分にさせた。
ーー何か、私がアシルドと仲良くしたくないみたいな感じがするタイミングね。
エリーはタイミングの悪さに気分を曲げながらも、そんな気持ちは全く出さずに弟を見つめ、
「私、エリーですわ。よろしくお願いしますね。アシルド。……あっ!お姉ちゃんって呼んでくれて良いですわよ。というかお姉ちゃんと呼びなさい。ほら、アシルド。お姉ちゃんって、言ってご覧なさいな」
エリーはアシルドに促す。
当のアシルドは少し困ったような表情に。
「えぇと。名高いエリーさんを呼び捨てにするなんて、とても」
そう言って、困ったような笑みを浮かべた。
エリーは少し首をかしげる。
ーー私が名高い?そんなに私の名が売れるはずはないのだけど。
加護を2つ持っていることなどで有名になっているのは知っているが、それ以外で有名になる要素はそこまでなかったはずだとエリーは思考する。
「そんな謙遜は必要ないですわ!なんと言ったって、私たちは家族なんですから!ほら!お・ね・え・ちゃ・ん!」
「うえぇ。で、でもぉ」
エリーが圧をかける。
だが、それでもアシルドは抗おうとした。
「でも、何ですの?まさか、私のこと嫌いですの?」
エリーは悲しそうな顔をする。
すると、流石にアシルドは慌てた。
「そ、そんなこと無いですから!」
否定が入るが、まだ達成はされていない。
エリーは1度顔を上げてアシルドの顔を見て、また視線を下に落とす。
そうすると、
「分かった。分かったから。……お、お姉ちゃん」
ついに折れた。
その言葉を聞いた途端、エリーはアシルドに抱きつく。
「うわっ!?」
「ふふふ。可愛い弟が来て、楽しくなりそうですわぁ」
驚くアシルドのことを撫でながら、エリーは微笑む。
それを見守っていた家族たちも、笑顔を浮かべた。
《スキル『演技LV3』が『演技LV4』になりました》
スキルがレベルアップする。
エリーは外には出さなかったが、
ーータイミング悪すぎるでしょ!?すごくいい雰囲気だったのに!
と、心の中で抗議する。
なお、もちろんここで変な遊びをしてたのは弟との関係を良いものにするためのものであるから、あながち演技というのも間違いではなかった。
「それでは、エリーたちも席に着け。夕食を食べるぞ」




