悪役令嬢、売却だって!?
「内容は?」
父親が疑うような目でエリーを見てくる。
急いで集めてきた情報で、たいした情報は無いと思っているのが見て取れた。
「はい。イルデの教育係が消えたそうです。それと併せてなのですが、王族方の教育係も消えてしまったらしいのです」
「教育係が?……なるほど。教育係に目を向ける必要があるということか」
父親は下を向いて考え始める。
エリーはそんな父親がどう考えるのか推測しながら、父親を観察した。
「よし」
しばらくして、父親は顔を上げる。
ーーなんとなく思案中の癖は読めてきたわね。
「なるほど。助かった。これからも引き続き頼むぞ」
「分かりましたわ。でもその前に、今回のご褒美が欲しいですわね」
「ご褒美?」
父親の表情が変わる。
かなり警戒しているようだった。
エリーにねだられたもので真っ先に思い浮かぶのが領地だったのだから、警戒するのも当然だろう。
そんな警戒の中出てきたおねだりは、
「私、ご褒美に商会を幾つか買収したいのですわ」
「商会を、買収?」
父親は首をひねる。
だが、すぐにハッとした表情に変わる。
「今回の件で打撃を受けた商会を買うということか!?」
父親は驚いたように言う。
エリーはそれに、黒い笑みを浮かべて応えた。
「お父様から商会への打撃を聞いてしまいましたので、この機会を逃すなと言われているのだと思ったのですが」
「………ははっ。末恐ろしいな。だが、買収くらい私の許可が無くてもできるだろう」
父親はそう言って、エリーの目的を探る。
エリーは首を振った。
「私が主導でやらせて頂いてますが、書類上とはいえ責任者は、まだお父様ということになってますわ。大きな動きをするなら一応言っておいた方が良いと思いまして」
「そうか。………そういえば、最近他の公爵家から、船の会社を売って欲しいという風に懇願されていてな。非常に面倒くさい」
話題が無理矢理変えられたように思えるが、これは要求。
つまり、父親からの交換条件ということだ。
買収には父親が協力して動くが、代わりに他家からの要求をどうにかしろと言いたいわけである。
「あら。そうなんですの?では、10兆出せば1つだけ売ると言っておいて下さいませ」
「10兆か。欲張るな」
父親は笑う。
エリーも薄い笑いを浮かべ、そのまま部屋を退出した。
このときはまだ、2人とも軽い考えだった。そこまでして買うバカはいないだろう、と。
だが、2人はこの後、大慌てすることになる。
数日後。
「エリー!いるか!?」
「お父様?どうされましたの?そんなに慌てられて」
父親が慌てた様子でエリーを訪ねてきた。
エリーは何事かと首をかしげながら対応を。
エリーは落ち着いていたが、次の父親の言葉で表情は一気に崩れ去る。
「サッド家が、100兆で会社を買いたいと言ってきたんだ」
「は?100兆?」
ーーどこからそんなお金が!?
エリーは呆然としたが、すぐに対応を考え始める。
「それで、会社売却に関する話し合いをしたいとサッド家から言われているんだが」
父親は顔をゆがめながら言う。
父親も、他家に売りたくはないのだ。
だが、10兆で売ると言ってしまった手前、100兆を出すと言われれば断れるわけがない。
2人はそろって難しい表情をした。
「会談は致しましょう。私も、それまでに色々と考えておきますわ」
「ああ。そうしてくれると助かるよ」
エリーは父親の部屋から出ると、急いで必要な書類をまとめてゆく。
いかに無茶な要求をするかで、相手の買いたいという気持ちを折ることができると思うから。
「100兆。悪くはないんですけど、出所が気になりますわね」
エリーは、サッド家が提示してきた100兆がどこから出てきたのか気になった。
サッド家の1年の利益は数億から良くて数十億。
とてもではないが、100兆など貯められるような利益は出ない。
何百年とその利益を上げ続けたとしても、不可能な額だ。
ならば、他の場所から金は出ていると考えられる。
考えられる候補は、
「教会、かしら?」
新たな思惑が動き始めていることを感じながら、エリーは会議へ向けて準備を始める。
そしてその日はすぐにやってきて、会議の開催場所となるサッド家の屋敷にエリーの姿はあった。
「はじめまして。サッド公爵閣下。私、エリー・ガノル・ハアピでございます」
「ふっ。挨拶くらいはできるのか」
エリーは頭を下げて挨拶をする。
だが、相手はそれを鼻で笑うだけだった。
エリーの相手は、サッド家公爵。
父親と同格の存在であり、残念ながらエリーとは比べものにならない地位にいる。
「私としては、君から船についての権利を1部買い取りたいのだが」
「100兆で、ですか」
エリーはそう言って、サッド公爵の瞳を見つめた。
公爵はニヤリと笑う。
「その通りだとも。もちろん、売ってくれるよなぁ?」
公爵の笑みは嫌らしいモノとなった。
エリーが断れないと思ってのことのようだ。
「条件付きでなら、売りましょう」
「ほう。条件とな。どんなものなのかね?こちらとしても100兆出すのだからあまり厳しい条件を付けられても困るのだがねぇ」
公爵が、エリーを見下すように見つめる。
その姿にはエリーも圧を感じた。
ーーまあ、公爵家だし、威厳が身につくのは当然ではあるわね。
エリーはその圧を真っ向から受け止め、かわいらしく笑顔を浮かべて条件を告げた。
「条件は、出航時間や到着時間を前日までに全てこちらに伝えて頂くというものですわ。それらがやむをえない事情以外で変更になる場合は違約金を払っていただくということで」
微妙な条件に思える。
公爵も、そう判断した。
だが、
ーー待てよ。この天才と言われる小娘が、そんなどうでも良いような条件を出すわけがない。これには、きっと裏があるはずだ。
と、すぐに疑いの目をエリーに向ける。
エリーはその様子から、ある程度サッド公爵の考えたことを読み取った。
ーー私のことはある程度評価しているみたいね。なら、それを利用させて貰いましょう。
エリーはそう考え、笑顔を浮かべる。
「大きな条件はそれくらいですわ。私の売る会社は旅行用運送会社ですもの。港の停泊料や燃料費など、必要なものの値段を考えればそれ以上の要求など通るとは思っておりませんわ」
「旅行用運送会社だと?」
サッド公爵は眉をひそめる。
エリーの売るというモノが、微妙なモノだったからである。確かに船に関連する会社を1つということではあったが、できれば手に入れたいものなかには入っていない会社だ。
微妙と言っても、エリーたちの領地ではかなりの売り上げを出しているのも確か。
しかし、利益はそこまで高くない。
なぜなら売り上げも高いが、かかる費用も多いからだ。
差額を考えると、非常に魅力の低い事業である。
だが、
ーー現在では、船の旅行というのが民衆たちの憧れとなっている。つまり、ある程度値段を上げれば、良い売り上げになるのではなかろうか?
と、公爵は考えた。
さらに、
ーーこの小娘は、私に買われることを嫌がっているように感じられる。何か大きな利益の元が埋まっていると考えられるな。……よし!
サッド公爵はエリーを評価していており、裏があるのではと考えた。
そして、そのエリーの裏を奪ってしまおうと決意する。
「いいだろう!条件をのんで、その事業を買おうではないか!!」




