悪役令嬢、次期教皇と
「ぐぬぬぬ!!」
教会側の出席者は、事情聴取が終わって、即座に教会へと戻った。
その顔は、怒りに染まっている。
「生意気なガキ共め!私に刃向かおうなんて、愚かなモノたちがぁぁ!!!」
怒りにまかせて壁を殴る。
それによりガンッ!という音と共に壁が揺れた。
「大丈夫ですか?」
そんな音を聞いて気になったのか、幼い声が掛かった。
出席者はすぐに部屋の扉を開ける。
「これはこれは、イルデ様。驚かせてしまって申し訳ありません」
出席者はそう言って頭を下げる。
その頭を下げた先には、エリーたちと変わらないくらいの年齢であろう少年が。
「そのご様子ですと、王族方との交渉は上手くいかなかったのですね」
「ええ。そうなのですよ。あの愚かなモノたちは、必ず滅ぼさねば」
再び怒りで顔をゆがめる出席者。
その怒りのせいで、目の前の少年が冷たい目をしていることには、気づくことはなかった。
そうしてどこかで恨みを向けられているエリーはというと、事情聴取やらなんやらが終わり自由が戻ってきていた。
と思ったら、すぐに漁村へ訪問する日となり……。
「あっ!エリー様。いらっしゃいませ」
作業員たちのリーダーであるダリージャルが、エリーを出迎える。
エリーは挨拶もほどほどに、早速本題に入った。
「私この間王族の方々と王都の工場に行きましたの。そこで、面白い技術とかを見つけてきましたわ」
「ほぅ!王都の技術ですか」
ダリージャルは目を輝かせた。
そして、顔を近づけてくる。
「落ち着いて下さいまし。紙にまとめてきましたから、そちらを読んで下さいませ」
「ありがとうございます!」
そう言って。エリーは色々とまとめておいた紙を渡す。
ダリージャルは礼を言ってそれを奪い取り、仲間の元に走って行った。
「エリー様が、新しい資料を下さったぞ!」
「ほ、本当ですか!」
「これは、はかどるぞぉぉ!!」
仲間たちもその熱と言葉に感化され、燃え上がる。
やる気は十分な様子だ。
お陰で、
「……完全に放っておかれてますわ」
「仕方ないです。エリー様。観察していましょう」
落ち込むエリーに、専属メイドのメアリーが肩をたたく。
その言葉に従って、その辺に座ろうとしたのだが、
「エリー様!いらっしゃいますか!?」
兵士が慌てた様子でやってきた。
エリーはその兵士に近づく。
「どうかしましたの?何か問題が?」
「そ、それが、エリー様にお客様が」
「お客様?」
エリーは首をかしげる。
自分に会いにこんな所まで来る人物が考えつかないからだ。
「どなたですの?」
「そ、それが実は、教会の方のようで」
エリーは、教会という言葉に眉をひそめる。
少し敵対的な行動をとってしまったばかりなので、警戒しているのだ。
警戒するエリーの前に、客人が現れた。
「初めまして。エリー様。私、教皇ビリーアの息子、イルデと申します。以後お見知りおきを」
「あ、あら。次期教皇様が、なぜこんな所に?」
エリーは首をかしげる。
特に深い考えはなく単純に疑問に思って良そうな表情だが、その脳内はとても激しく働いていた。なにせ、ゲームに出てきたネームドキャラなのだから。
ーーイルデ。また面倒なのが出てきたわねぇ。
エリーは、ゲーム中のイルデを思い出した。
まず、イルデは教会のトップ、教皇の息子である。
頭も良く、かなり多くの人から支持されており、次期教皇と揶揄される存在だった。
だが、当のイルデにその気は全くなかった。
というより、その心の中では、真逆の感情が渦巻いていたのだ。
イルデを攻略しようとすると、ある言葉がイルデより発せられる。
その言葉が、
「僕と一緒に、教会を潰してくれないか?」
である。
そう。今、目の前のイルデから発せられたように。
ーーえ、えぇぇぇぇ!!!?????
エリーは心の中で絶叫する。
ーーう、嘘でしょ!?この年齢からもうそんなこと考えてるの!?こじらせすぎじゃない!?頭おかしいんじゃないかしら!?
エリーの考えでは、イルデは教会の腐った内部でもまれて、歳を重ねていき、教会に嫌気が差すのだと思っていた。
だが、実際はそうではなかったのである。
とりあえずこんな話をされればエリーとしても何も返さないわけにもいかず、
「教会を潰す。なんとも物騒なお話ですわねぇ」
護衛たちが退出し、2人だけの部屋で、エリーは呟く。
ただ、そのあいだも、一切相手から目を離さない。
「物騒?そうかな?教会という存在の方が物騒な気がするけど」
イルデは負けじとエリーを見つめながら、なんてことの無いように肩をすくめる。
だが、その肩は少し震えている。
ーー優秀ではあるけど、まだ子供ね。この程度では、私がいたとしても教会を潰すのは難しそう。
エリーは紅茶をすすりながら、そう判断する。
「そうですの?でも、教会は人々の心の支え。それを失ってしまっては、民たちが混乱してしまいますわ。その辺りのことは、どうお考えなのですかしら?」
「っ!そ、それは……」
イルデは視線を落とす。
流石にそこまでは考えられてなかったようだ。
ーーやはりゲーム内より思考力は低いわね。というか、ゲーム内ではかなり考えられていた計画を話してたのかしら?
エリーはイルデを評価していく。侮りもせず、されど過度に評価もせず。
まだ、エリーにとってイルデは大して脅威には感じられなかった。
そして評価した結果最終判断として、
「まあ、あなたが何をやるにしても、私に害さえなければ邪魔はしませんわ」
エリーはそう言って、手をヒラヒラと振る。
イルデは少し目を見開いた。
「なっ!関わらないつもりか!今更そんなことが!?」
叫ぶイルデ。
ただその権幕よりもエリーとしては、外に待機しているモノたちに聞こえていないか心配である。まだまだ叫んだところではなにも響かないのだ。
「落ち着いて下さいまし。外のモノに聞かれますわよ」
「くっ!」
イルデは頭を振る。自分を落ち着かせるように。
「……僕の質問に答えてくれ」
「はいはい。分かりましたわ」
エリーは頷いて、真剣な表情をする。
つられて、イルデの顔も引き締まった。
しかしその顔はすぐに崩れることになる。
「関わらないこともできますわ。だって、私たち、子供ですもの。子供の言うことなんて、戯れ言以外の何でも無いですわ」
「なっ!?そんな理屈がまかり通るとでも!」
「まかり通りますわ。子供という立場は、結構使い勝手が良いんですのよ」
イルデは悔しそうに顔をゆがませ、エリーは微笑む。
両者には。圧倒的な経験の差が存在した。
「まあ、でも、私から少しだけ良いことを教えて差し上げましょう」
エリーは、流石にこのまま追い返すのもかわいそうに感じたので、情報を与えることにした。
ーー相手は子供だし、そんなにいじめすぎるのも良くないわよね。
「まず、教会と敵対している勢力として、薬局というモノが存在しますわ。そちらと上手く協力すれば、教会の力を削ぐことは可能なはずです」
「薬局、か。協力はしたいが、あそこも教会と同じようになってしまわないか心配だね」
エリーの言葉に、イルデはあまり食いついてこない。
ーーまだ情報はあるわけだし、教えられるモノは教えてしまいましょう。
「イルデ様は、アロークス殿下が誘拐されたことをご存じですか?」
「ああ。知っているが?」
「これは、私が個人的に入手した情報なんですが、実は、その誘拐犯を殺害したのは、騎士ではないらしいんですの。何でも、騎士とは違う組織が動いたらしいですわ。しかも、その組織は、国に属してないらしいんですの」




