悪役令嬢、見下され
声をかけてきたのは、知らない人。
だがその人はどうやら伊奈野の事を知っているどころか、ある程度関係を持っているという様子である。
「え?誰?」
エリーは記憶にない相手を前に首をかしげる。
すると、若い女性は何かを思い出したように手をポンッと打つ。
「はははっ。そういえば、見た目が変わったんでした」
そう言って自分の全身を見回した。
それからエリーに近づいて小さな声で、
「お久しぶりです。クラウン様。私、ファーストでございます」
そう耳打ちしてきた。
それを聞けばエリーの表情がすぐに変わる。
しかしエリーが何かを言う前に続けてファーストだと名乗る女性は言葉をつづけ、今度は周囲にも聞こえる声で、
「エリー様から教えて貰った方法のおかげで、こうして若返ることができました。感謝申し上げます」
そう言って、ファーストは頭を下げる。
王族たちの目線がエリーに集まった。
「え?どういうことですの!?」
「若返りを教えたのはエリーなの?」
「エリー?若返りの方法が分かれば、稼げるって自分で言ってたよね」
王族たちの視線でエリーが押されることに。
ーー私、何か教えたっけぇぇ!!???
「エリー!どうなってますの!?」
「一体何を教えたんだい!?」
自分が何を教えたのかと困惑するエリーは王族たちに質問攻めにされる。
どう答えようかと困っているとき、
「お待ちください!現在はお客様の対応を!!」
「うるさい!私が来たら客が来てようと私を優先するのは当然だろう!」
言い争うような声が聞こえてきた。
それから、聖職者らしき恰好をした人物が歩いてくるかと思うと、
「貴様がここの局長のグラマだな!!」
「ええ。そうですが、何かご用でしょうか?」
グラマと呼ばれたファーストが、その男に対応した。
ただ、王族たちの邪魔をされたため、護衛たちの顔は険しい。
「あら?現在は私たちとの会談中でしてよ。邪魔をしないで頂けます?」
護衛たちが発言できない様子であるためエリーはわざとらしく煽るように言う。
すると、男は顔をゆがめて、
「何だと小娘が!どこの貴族の娘かは分からないが、教会ではなくこんな所に来ている時点で私より地位が低いのは明白だ!そこにいる貴様らも、私より下なのだよ!下々の者は大人しく、私の邪魔をせずに頭を下げ細々と生きておけば良いのだ!!」
どうやら相手は自分の地位に相当な自信がある様子だ。
聖職者だという話だったことからさすがにないがしろにするわけにもいかず、
「あらあら。あなたはそんなに偉い方なんですの?名前をお聞きしてもよろしいかしら?」
エリーはまず、敵のことを知ろうと名前を聞いてみた。
己を知り敵を知れば百戦危うからず。である。
「私か?私は、キッド・ポー。第3士官だ!」
質問された聖職者の男はえらそうに言う。
聖職者たちには階級があり、第3士官は上から3番目の階級だ。かなり上の方ではある。
上の方ではあるのだが、だからといって公爵家には遠く及ばない。
教会の1番上の階級である第1士官でさえ10人程度いるのに、それより下など、公爵家と釣り合うわけがないのだ。
「なるほど。では、護衛の方々、この方を国家反逆罪で捕らえてくださいます?」
「「はっ!!」」
エリーが護衛たちに言うと、その指示に従ってすぐに聖職者の男を捕らえる。
聖職者の男は何が起こっているのか分からないようで、焦ったように暴れ始めて、
「な、何をする!?聞いていなかったのか!?私は第3士官だぞ!!触るな無礼者ども!!」
何やら騒いでいるが力は内容であっさりと護衛の兵士たちに取り押さえられた。
権力を純粋な力だと勘違いしたものの末路である。
権力に限らずどんな力とて使いようだというのに。
「おい!訊いているのか!私は第3士官なのだぞ!このような狼藉が許されるとでも、」
「許されますわ」
「なっ!?」
エリーは男の言葉を遮り冷たい声で断言する。
まさか断言されるとは思っていなかったので、聖職者の男は声を漏らした後黙ってしまった。
エリーがその隙を逃すわけもなく、
「というか、許されないのはあなたの方ですわ。先ほどの発言は、私が公爵家の者だと知ってのことですの?」
「……は?公爵家?き、貴様は何を言って、っ!?ま、まさか、貴様は、」
エリーの言葉が信用できずに男は騒ぐが、もう1度エリーの顔を見て気づいたようで、目を見開く。
そして、わなわなと体を震わせた。自身のしでかしたことに気づき始めたようだ。
「そうですわ。私、エリー・ガノル・ハアピですの。……でも、私などどうでも良いですわ。私のことなど霞む程度に問題なのは、こちらの方々への発言ですわよ」
エリーは軽く自己紹介をした。
それから、男の不安を煽るため、後ろの王族たちを手で示す。
「そうだな。俺たちとしても貴様の発言は到底許容できるモノではない。第3士官なんだか知らないが、先ほどの発言は王家へのモノとしては到底許されるモノではない」
第1王子のロメルの発言に、男は顔を青くしていく。
男はそれ以降何も言わず、大人しく護衛に引き連れられていくのであった。エリーとしてはここで抵抗してくれた方が罪も増加して後々有利に働くと考えていたのだが、残念ながらそういったことはしないようだ。
そして、そんな聖職者の男によってエリーたちの予定は少し狂ってしまった。
すぐに事情聴取を受けることになったのだ。
「キッド・ポー第3士官が、あなたを侮辱したというのは本当ですかな?」
「ええ。本当ですわ。それに、王族方も侮辱なさってましたわよ。自分より下だとか、自分に頭を下げるべきだとか」
エリーはできるだけ発言が食い違わないように心がける。
そして、できるだけ聖職者の男の罪が重くなるような真実の伝え方をする。
「……ふむ。ありがとうございました。後日また事情聴取を行います」
「分かりましたわ」
次回の聴取を面倒だと思いながらも、そんな思いはみじんも表に出さずに頷いた。
事情聴取を受けた部屋から出ると、父親が待っていて、
「あら?お父様。お迎えに来て下さいましたの?」
「当然だろう。愛しい娘のためになら、地獄にだって喜んで迎えに行くよ」
父親がくさい台詞を口にする。
どちらかと言えば、くさいと言うより胡散臭いと言った方が良いかも知れない。
「ありがとうございます。お父様」
ーー私を利用するためなら平気で嘘をつく感じね。貴族って恐ろしいわぁ。
エリーはそんな感想を抱きながら、父親に礼を言っておく。
彼女もまた父親のことは今後利用する気満々であった。
そのまま父親としばらく話をするという流れになるかと思われたのだが、
「あっ。エリー」
少し疲れたような表情をしながら、第1王女のタキアーナがエリーはいた物とは別の取り調べ室から出てきた。
そのまま、エリーに抱きついてくる。
「タキアーナ。随分とお疲れですのね」
「ん。疲れた。だから、しばらくこのまま休ませて」
タキアーナはそう言って、エリーへ抱きつく力を強める。
エリーは困った顔をしながらも、そのままにさせることにした。
「あれ?エリーと姉さんは終わってたんだ」
少しすると、アロークスも出てくる。
その顔は、どこか明るい。
「随分と嬉しそうですわね」
「当たり前じゃないか!悪を倒せそうなんだから!」
ーー悪を倒せそう?ちょっと待って!その考え方をされると面倒なんだけど!?
エリーは、アロークスの言葉に慌てた。
エリーがゲームで追放されるのは、アロークスは平民好きで正義感が強いからだ。
避けることに失敗し関わってしまったのでアロークスの思想を変えようと計画していたのだが、この現状で正義が悪を倒すという簡単な構図で事態が悪化しそうになっている。




