悪役令嬢、発展と代償
《加護『闇の加護』を獲得しました》
「これが、闇の加護」
元火傷蜥蜴の幹部であり、現在はクラウンの幹部であるファーストは複雑な感情のこもった声を、漏らした。
少し前にクラウンの仲間がやって来て、エリーが開発した闇の加護の取得方法が伝えられたのだ。
加護は無事に取得でき、ファーストは、この方法を発見したエリーに尊敬の念を抱いた。
ーーこれで、この老体もまだまだ生き残れるねぇ。ただ、
ファーストは、顔を暗くする。
ーーただ、沢山の罪無き命を奪った私が、生きていて良いのかねぇ。
それは、ファーストの昔からの思いであった。
火傷蜥蜴の追っ手から隠れるため、魔物の住む森の奥に家を作ったときも、何度も死にたいと思った。
だが、それと同時に、罪を償わずに死ぬのは、逃げているだけなのかも知れないとも思った。
そんな思いを何十年も抱き続け、自分の罪の記憶すら忘れそうなときに出会ったのが、現在の上司に当たるエリーだった。
エリーは、自分の罪滅ぼしの手伝いをしてくれた(エリーにその気は無かったが)。
そして、エリーと共に闇の世界を生きることは楽しいと思えた。
それでも、まだファーストの心にある罪の意識は消えない。
ーー私は、本当に……
「あっ!グラマ様!新たな患者様がいらっしゃいました!」
「はいはい。すぐ行くよぉ」
その日、エリーは管理する漁村へやってきていた。
「エリー様。早速ですが、船を改良したので、ご使用いただきたく」
エリーは頼まれたとおりに従い、船へ乗る。
今回は、
グラグラッ!
「あぁ~。ちょっとマシになりましたかしら?」
はっきり言って、ほとんど変化がなかった。
まあ、体感では変化が感じられないだけで、実際は少しだけ揺れが小さくなっていたのだが。
だが、その場所にいない人間というのは結果を求めるモノである。
新規事業開発部に対して、まだ1年しか経っていないのに成果を出せと言うようなモノだ。
エリーは株主総会などを経験して、株主から結果を出せと急かされる、その辛さを知っている。
だからこそ、決して批判することはなかった。
まあ、自分も結果を出せと急かされているので、どうしても急かしてしまったりはするのだが。
それでも、自分は何もせずに結果を求めるよりはマシだろう。
「すみません。エリー様。次こそは……おぇぇ~」
エリーは次を信じて、優しく微笑むのであった。
その後、
「それでは、そろそろ陸に降りたいと思うのですが」
造船の作業員たちのリーダー、ダリージャルはそう提案してきた。
だが、エリーは首を振る。
「この船は、どれほどの期間浮かび続けることができますの?」
「へ?この船ですか?………3ヶ月を想定しております」
エリーの質問の意図は分からなかったが、ダリージャルは正直に答えた。
その言葉を聞いたエリーは、
「では、もう少し乗っていましょう。ついでに、この船は問題が無い限り、3ヶ月間は海上に浮かべておいてくださいませ」
「は、はあ。了解致しました」
エリーの指示に、ダリージャルは首をかしげるばかり。
だが、エリーの顔は真剣なモノであったため、理由を尋ねようとは思わなかった。
そして、30分後。
エリーたちが船から下り、船の点検が行われ、
「み、水漏れが起こっています!」
「こちらも浸水しています!!」
「やはり、問題が起きましたわね」
水漏れが報告される中、エリーは笑みを浮かべて呟いた。
ダリージャルは、エリーの言葉に目を見開く。
「よ、予想されていたのですか!?」
「勿論ですわ。今まで大人数で乗ったことはなかったようですから、こっちまで気が回らなかったのは容易に予想ができます」
エリーの言葉に、ダリージャルは目を伏せた。
確かに、試乗などは何度もしたが、大勢を長く乗せると言うことはやらなかったのだ。
人数が変わっても大差は無い。
それが、ダリージャルたち、作業員の総意だった。
だが、結果は違った。
「申し訳ありません。私たちの思慮が足りませんでした」
暗い声でダリージャルは頭を下げる。
エリーはそんなダリージャルの頭を上げるように言って、
「後悔する暇があったら、その反省を今後に生かしてくださいませ。後悔したところで、過去は変わりませんの。これから、視野を広く持って、侮らずに挑むようにすれば良いだけの話ですわ」
「はっ!以後心がけます!!」
こうして今度こそ船は止まりエリーは陸地へと戻る。
少しそれにより時間が余ったが、
「エリー。お散歩しよう」
「はい!お兄様!!」
エリーは兄バリアルに誘われ、漁村を散歩をする。
周りには屈強な護衛が10人近く付いていた。
「いやぁ~。この村も変わったねぇ」
「そうですわねぇ。家もきれいになりましたし、失業者もかなり減りましたし」
エリーは昔の漁村を思い出して呟く。
昔とは言っても、まだここを任されてから1年も経っていないのだが。
「………うん。まあ、そこも変わったよね」
エリーの呟きに対するバリアルの返答は、少し微妙なモノだった。
バリアルが言いたかったのは、エリーの言ったようなことではなく、
「でも、そういう次元じゃないよね。なんで王都にも負けない家ができてるのに、きれいになった程度で終わらせちゃうのかな!」
バリアルは少し語彙を多く 口調を強くして言う。
エリーは首をかしげるが、通常の人間であればバリアルと同じ反応をするだろう。
この村の発展は凄いモノだった。
廃れた町だったはずなのに、なぜか領地での収入は黒字になってるし、人が大量に来て産業は活性化するし。
発展しまくりなのであった。
「エリーは凄いねぇ。経営の才能もアルなんて」
バリアルは町を眺めながら、エリーを褒める。
ただ、エリーは町が発展することを素直に喜べなかった。
まあ、エリーにとって今の村は、まだ発展しきっていない発展途上都市なのだが。
ーー発展してきたのは良いけど、人が来ればその分だけ犯罪が起こりやすいのよねぇ。
エリーの恐れることは、犯罪件数の増加だった。
兵士などを増やして巡回させているが、それでも対応が難しいときはあると予想されている。
それに、発展した理由も犯罪件数の増加に関連する。
ここが発展した理由は、エリーの考えている計画が影響しているのだ。
計画を聞いた貴族が、この町の発展を予想して、自分の会社などを漁村に次々と送り出してきているのである。
これだけでは犯罪件数が増加する要因にはならないのだが、問題は、計画に参加できなかった貴族の方だった。
計画に参加できない貴族は、このまま計画が進行すると、さらに領地に打撃を受けてしまう。
そのためそういう貴族は、計画を潰したいのだ。
では、計画を潰すにはどうすれば良いか。
簡単な方法は、エリーを殺してしまうことだ。
だからこそ、エリーは暗殺されかけたのである。
では、それが成功しなかった場合、どうするかと言えば、
「きゃあぁぁぁ!?ひったくりよ!!!」
重要都市の治安を悪化させて、産業などに影響を与えてしまえば良いのだ。
「邪魔だぁぁ!!」
女性の悲鳴に近い声が聞こえた後、大柄な男がエリーたちが居る方向へ走ってきた。
それを護衛が、
「ふんっ!」
「ごえぇぇぇ!」
殴り倒した。
そのまま護衛は、その男を拘束する。
「エリー様。私はこの男を連れて行きますので」
「ええ。よろしくお願い致しますわ」
エリーは兵士を、笑顔で見送った。
ーー私が来た甲斐があったわね。
エリーが観光をする目的は、それだった。
この町を荒らす存在を、自分につけられた護衛で解決することだった。
もちろん、普段から見回りの兵を雇っては居るのだが、練度としては護衛の方が高い。
エリーは、こうして治安の維持を図るのだ。
とは言っても数人を捕まえることができるだけで、根本的な解決にはならないのだが。




