悪役令嬢、知り合いの誘拐
「…はぁはぁ」
「うん。まだまだ改良が必要ね」
エリーたちは、船から降りた。
エリー以外の作業員たちは肩で息をしていて、かなり疲れ切った表情をしている。
陸にいた作業員たちは、その疲れ切った者たちを抱え、休憩スペースに運んでいく。
そして、唯一無事だったエリーに事情を聞いた。
「何があったのですか!?」
「そうね。まず、船の乗り心地が最悪だったわ。高さがあるせいで、小型の船より激しく揺れるの。広いせいで辺りに摑まるものがないと、すぐに転んでしまうレベルよ」
エリーは起きたことを原因も含めて伝えていく。
その内容を、一言一句逃さないようにメモを取っていた。
そして、エリーの話が終わると、
「うぅん。課題が多すぎますね。ただ、エリー様の持ってきてくださった本にヒントがあるかもしれませんし、いろいろと研究してみたいと思います」
解決策を考えるには、もう少し時間がかかりそうだった。
エリーは分かり切ったことだったので、何も言わずにうなずいた。
ー-1つ1つ課題を解決していく感じ。なつかしいわ。
懐かしさを覚えつつ、エリーは解決に向けて取り組んでいく。
それから、1日経って。
今日は王族と会う日。
「エリー。大丈夫なの!?盗賊に襲われたって聞いたわ!」
ガシッ!
と、エリーは抱き付かれた。
「リファータ。大丈夫ですわ。どうにか怪我無く生き延びられましたの」
抱き付いてきた相手は、第2王女のリファータ。
性格はおてんば、髪はロングで縦ロール。
エリーの頭にある、貴族の令嬢を体現したような人物だ。
エリーに好意を全開な人物で、エリーとしてもそういう人物は嫌いではない。
「ほ、本当に大丈夫?心配してたんだよ」
第3王子のエイダーが、上目遣いで言ってきた。
最年少のエイダーにそういうことをやられると、
ー-あぁ。今日もかわいいわね!
母性本能を刺激されてしまうエリーであった。
「まさか、王都に盗賊が潜んでいたとはな」
「びっくりした。私たちも気を付ける」
第1王子のロメルと、第1王女のタキアーナは、あまりエリーを心配している様子ではない。
どちらかといえば、王都に盗賊がいることを警戒しているようだった。
「いやぁ。でも、今回はかなり危なかったですわ」
エリーは、盗賊に襲われたときのことを話していく。
それを、アロークス以外の王族たちはシッカリと聞いていた。
「皆様も、護衛をつけておくことをおすすめ致しますわ。公爵家の私を襲うのにあのレベルでしたから、王族の方々を狙うならさらに精鋭が送られてくるはずですわ」
エリーはきちんと忠告をしておいた。
話を聞いていたモノたちは、エリーの言葉に頷いている。
「護衛は大事。1人では行動しないようにする」
「王城を歩くときも、2人は護衛をつけて行動するとしよう」
第1王女のタキアーナと第1王子のロメルが、真剣な声で言う。
他のモノたちも、きちんと護衛をつけて移動すると口々に言った。
そして、その後はいつも通り世間話を楽しんだ。
王子たちも、民衆たちの技術に興味を持ったと言っていて、しばらくしたら国営の会社から、考えた商品を売ってみるのだと言う。
ーー商業関係はかなり強くなったわね。私も、教えたかいがあったわ。
そう思いながら、エリーは帰宅した。
そんな日の夕方のこと。
父親がエリーに、衝撃的なことを告げた。
「アロークス殿下が、盗賊に攫われたらしい」
「はぇ?………も、もう1度お伺いしてもよろしいでしょうか」
エリーは自分の耳を疑った。
父親もその気持ちは分かるようで、もう1度ゆっくり伝えてくれる。
「アロークス殿下が、攫われた」
「………ちゅ、忠告致しましたのに!!」
エリーは目を覆った。
せっかくエリーが忠告したのに、アロークスは聞かなかったのだ。
ーーん?アロークスの誘拐?それって、ゲームで出てきた話な気がするけど。
エリーは、アロークスが正義という、呪いに取り憑かれるストーリーを思い出した。
エリーの知るストーリーでは、アロークスが誘拐されるときに、大切な物をなくす。
それによって、自分から大切なモノを奪った悪を、許せなくなり、正義というモノに執着してしまうようになるのだ。
そして、その大切なモノが、姉である第1王女、タキアーナの命。
アロークスをかばって死んでしまうのだが、
ーー護衛を増やしたから安心、タキアーナが死ぬことはないのね。まあ、彼女は優秀みたいだし、生き残ってて悪いことはないでしょう。
………。
夜になり、エリーは行動を起こす。
「セカンド。仲間を集めてこい。アロークスを救出したい」
「すでに手配している」
そうしてエリーが準備をしている間、
「くそっ!僕をどうするつもりだ!!」
アロークスは騒いだ。
だが、アロークスの目の前に居る男はそれを笑ってみている。
「なんだ!何がおかしい!!」
「いやぁ。どっかの公爵令嬢と違って、お前は簡単に捕まえられたと思ってねぇ。王族もこの程度か」
盗賊の言葉に、アロークスは顔をしかめる。
ーーくぅ。あいつの話を聞いとけば!
アロークスは後悔した。
そして、エリーに対して申し訳なさがこみ上げてきた。
ーーかなりひどい対応をしてしまった。向こうは何も害をなそうとはしてこなかったのに。……謝りたかった、な。
アロークスの心は、捕らえられてしまった恐怖などから、かなり衰弱していた。
そのため、捕らえられた相手に何をされても、反抗する気すら起こらなかった。
「従順なのは良いねぇ。最後は、痛み無く殺してあげることにしよう」
男は、アロークスの血を抜きながら笑う。
そして、その血を、
「うぅ!!!」
自分に入れ込んだ。
直後、
「うおおおぉぉぉぉ!!!!!」
アロークスを捕らえている男が、突然叫びだした。
アロークスは目の前で起こっていることを理解できず、ただ呆然としている。
「……ふぅふぅ。成功だ」
しばらくすると、男が全身から汗を流しながら呟く。
そして、アロークスの居る部屋から出て行ってしまった。
その時だった。
ドォォォンッ!と、爆発音が響き、振動がアロークスを襲う。
「っ!?な、何だ!」
アロークスが声を上げるが、誰も答えるモノはいない。
しばらくすると、焦ったような顔をした男が戻ってきた。
「な、何が起こったんだ!」
アロークスは尋ねる。
すると、男は、
「あ、あいつらが、ガバッ!」
何かを途中まで言いかけて、口から剣をはやした。
崩れる男の後ろにいたのは、仮面を被った、
「初めまして、第2王子。我らはクラウン。全ての闇を飲み込むモノだ」
クラウンと名乗る存在が現れた。
ただ、救出に動いたのはクラウンだけではなく、
「アロークス殿下をお助けするのだ!!」
「「「「おおおぉぉ!!!」」」」
当然王族が攫われたと言うことで、騎士たちが動くことになったのだ。
王国の中の精鋭たちである。
騎士たちは敵のアジトを発見することに成功した。
だが、そこで困難に直面し、
「な、何だこいつら!?」
「強すぎ、ウギャアァァァァ!!!????」
次々に騎士たちがやられていく。
敵の盗賊たちが、盗賊とは思えないほど強いのだ。
「ぐぬぬぬっ!このままでは」
騎士長は歯ぎしりをする。
このままでは、王子を救うどころではなく、部隊が全滅してしまう可能性があった。
退却をすべきかと心が揺らいだ。
が、直後事態は急変する。
「うわああぁぁぁ!!!???」
「ク、クラウンだぁぁぁ!!????」
「ぎゃああぁぁぁ!!???」
突如現れた黒い外装をまとったモノたちによって、敵が次々と討ち取られていくのだ。
「何者だ!」
黒服たちに、騎士長は問いかける。
そして、その答え次第ではいつでも戦えるように、シッカリと剣を構える。
「……騎士長様、お初にお目に掛かる。我らはクラウン。闇を飲み込むモノだ」
「闇を飲み込むモノ?……よく分からん!貴様らは我らの敵なのか!味方なのか!」
騎士長はこの状況で熟考することはまずいと考え、簡潔な答えを求める。
問われた救出部隊の1人、セカンドは、少しも考えることもなく。
「どちらでもないな。貴様らが俺らの邪魔をするなら戦うが、邪魔をしなければ戦うつもりもない。まあ、今の状況なら、敵にならないことを勧めよう」
セカンドが言うと、騎士長はぐぬっ!と唸る。
だがすぐに部下に指示を出し、
「こいつらには構うな!我ら王子の救出のため、館へ乗り込むぞぉ!!」
「「はっ!!」」
騎士長が駆け出すと、その後に数の少なくなった騎士たちが付いてくる。
決死の思いで館の扉を開けると、
「なっ!?」
そこには盗賊の死体だと思われるモノが、乱雑に転がされていた。
騎士たちが館に突入する前、エリーに助けられたアロークスは、その姿をじっと見つめていた。
エリーはその目線を気にせず、そこらにあった王家に関する資料などを回収していく。
エリーが資料をしまい終わりもう帰ろうかと思ったところで、アロークスがぽつりと言葉をこぼした。
「あなたは、正義なのか?」
エリーの動きが止まる。
そして、アロークスの方へ振り返り、
「正義とは後のモノが決めることであり、自分で決めるモノではない。ただ、我は闇を支配する。それだけは真実だ」
そう言って、窓に近づく。
アロークスはその背を追いかけ、
「待って!……って、行っちゃった」
エリーは、アロークスの意思も聞かずに窓から飛び降りた。
アロークスは消えたその背を思い残すように、虚空を見つめている。
「殿下!!ご無事ですか!?」
虚空を見つめるアロークスを。騎士長の声が現実に引き戻した。
アロークスは心配するなと軽く頷き、ヨタリと立ち上がる。
「………クラウン、かぁ」
「クラウン、か」
アロークスの父である国王が、アロークスと騎士長の話を聞き、重々しく呟いた。
王にとって、クラウンはどういった立場なのか分からず、関わる情報がほとんど無いため、とても判断に困る存在なのだ。
「王よ。申し訳ありません。私たちの力が無いばかりに」
「よい。貴様はアロークスを救出するという役割を果たしたのだから」
頭を下げる騎士長に、王は許すと伝える。
そして、その視線をアロークスに向け、
「アロークスよ。貴様はどう感じた?」
「私は、クラウンの1人と話しました。彼は自分は悪でも善でもないが、闇を支配する存在である。といったようなことを口にしました」
「闇を支配する、か。……もう少し裏社会への間者を増やすべきだな」
王はそう言って、近くの近衛に耳打ちする。
近衛はどこかに消えていったが、その近衛が裏社会への対応を任されたのはアロークスにも分かった。
これで、国の対応は決まった。
だがその様子を眺めるモノたちが居ることなど、誰も気づくことはなかった。




