悪役令嬢、襲撃を避けるために
「良いだろう。エリー。剣術を習うことを許可しよう」
父親は、諦めたように言った。
エリーは、薄く笑みを浮かべて、
「ありがとうございま「だが、」
エリーは礼を言おうとする。
しかしそれを遮って父親は、
「だが、バリアルも許可する」
父親はそう言った。
エリーには無理に兄を剣術から遠ざける必要性も感じなかったので、大人しく従うことにする。
そして、
「お父様。実は、今回の件でお話ししたいことがあるのですが、お時間を作って頂けないでしょうか」
と言っておく。
今回の襲撃の黒幕など、エリーでは分からないことが多いから。
「良いだろう。夜に来てくれ」
「はい」
約束を取り付けたところで、今度こそ解散となった。
エリーはキシィやバリアルと今回のことを話し合い、父親に伝えておくべきことをまとめる。
そうして万全な体制で準備を整え、
「さて、エリー。話とは何だい?」
父親が椅子にどっかりと座って、エリーに尋ねる。
エリーは。まず、バリアルとキシィと話し合ったことを伝える。
「お兄様とキシィお母様と話して、分かったことをお伝えします。2人の話では隠れている場所が貴族領であり、かなりの熟練の腕を持ったモノたちだったと言うことでした」
「なるほど。それならば陛下に話して、貴族領の警備を強化して頂かなければな」
貴族領というのは、首都にある、貴族たちが住む場所だ。
上の階級のモノは、ほとんどが貴族領に住んでいる。
「で?お前はどう思っているんだ?」
父親は笑顔で尋ねる。
ーー私の意見でないことは見破られたわね。でも、この表情から考えると、私の提案については分かってなさそうね。
「……私は、あくまで推測ですが、私の計画に参加していない貴族が、私の計画に気づき、暗殺を仕掛けてきたのだと思っております」
「ほぅ。お前は、貴族が犯人だというのだな?」
「さぁ?正確なことは私にも分かりません。ですが、私の名が高まりすぎれば、私が狙われるのは避けられません。ですので、私の計画の責任者に、お父様か、他の名前を借りても安全な方から、名前を貸して頂けませんか?」
「は?」
父親が口をポカンと開けて固まる。
まさか、エリーが、国をつなぐ大規模な計画の責任者という、とても名誉で利用できそうな立場を、手放すとは思っていなかったのだ。
因みに、エリーの考えはこうである。
ーー私が有名になりすぎて、今回みたいに襲われることが多くなって、さらに護衛が増えれば、クラウンの活動ができないじゃなぁぁい!!!
で、あった。
エリーとしては、名誉や金よりも、闇の組織のボスという憧れの方が大事なのだ。
「名前を貸すと言っても、流石にエリーに知り合いの名を貸すわけには行かない。子供に貸すなど、信用問題に関わるからな」
「そうですか」
エリーは、ショボンと落ち込む。
それを見て父親は、にやりと笑って、
「だが1つだけ条件をつけてなら、私の名前を一時期だけ貸すし、その後も他のモノの名前を貸してやろう」
エリーはここで、ピンときた。
ーーたしか、来年は、弟が来る年のはず。ならばそれまでに、ということかしら。
「条件というのは?」
「条件は、利益を1億以上あげることだ」
出された条件はなかなかに厳しい物だった。
伊奈野は苦笑を浮かべるほかない。
だが、だからと言ってあきらめるわけにはいかず、
「ダリージャル!居るかしら!!」
エリーはガリタッドの工房で、ダリージャルの名を呼ぶ。
すると、すぐに彼はやってきた。
「エリー様。お元気そうで何よりです。急ぎのご用ですか?」
「急ぎと言えば急ぎですわね。この事業を、早めに始めなければならなくなったんですの」
エリーの言葉に、ダリージャルは目を見開く。
そのダリージャルに、エリーは事情を説明した。
「そ、そう言われましても、研究に時間が掛かりそうですし、大型化など」
そう言って顔を暗くするダリージャル。
だが、エリーは首を振った。
「ただ急げ、とは言わないですわ。幾つか王都で研究などに使えそうなモノを用意してきましたの。是非お使いになって」
エリーはそう言って、手を叩く。
すると、兵士たちがさまざまなモノを、工房に運び込んできた。
中身は、本や木工品など。
とりあえず、使えそうな物を大量に買ってきたのである。
それを見たダリージャルは苦笑い。
ただ、研究に必要なモノであることは確かだったので、ありがたく受け取った。
エリーにも、ここまで焦って名前を借りようとしているのには理由がある。
少し時間はさかのぼって、それは、エリーに護衛が増やされた晩のこと。
「それでは、お休みなさいませ」
「お休み、メアリー」
いつものようにメアリーと別れを告げ、エリーはベットに入った。
そして、メアリーの気配が消えたところで分身を作り、外に出る。
そこまではいつも通りだった。
だが、
「っ!?」
エリーは外に1歩出た瞬間、危機感を感じて急いで部屋に戻った。
なんと、見張りが大量に居たのである。
人数はいつもの3倍ほど。
外に出るのもかなり大変そうである。
「ど、どうしよう」
エリーは、魔力感知のスキルを使って警備の様子を探る。
少し待っていると、警備がエリーの部屋から一瞬だけ目を離した。
ーーここね!
エリーは全力で跳ぶ。
かなりレベルも上がっており、エリーは誰にも見られずに脱出することができた。
ーー帰り、どうしようかしら。
エリーは不安を抱えながらクラウンの拠点へと走る。
「ん。クラウン様。いらっしゃい」
エリーが小屋へ行くと、クラウンのメンバーが全員そろっていた。
その集合は、偶然ではない。
「皆のモノ、良いか。これから、最重要の作戦を行う。絶対に失敗をするわけには行かない作戦だ。だが、そこまで気負う必要も無い。我らであればできる。我らがやってきたことに自信を持つのだ。……我らに永遠の闇を」
「「「永遠の闇を!」」」
全員が真剣な顔で小屋を出る。
そんなときだった。
「クラウン様。本当に、上手くいくでしょうか」
セカンドがそんな情けないことを言い出した。
がらにもなく敬語を使っている。
エリーはそれを鼻で笑い、
「失敗など、この作戦では存在しない。それより、未来の話をしよう。実は、我の昼の護衛をクラウンのモノに頼みたいんだ」
「……はぁ。すまない。少し緊張しすぎていたみたいだ」
セカンドの顔が変わった。
先ほどまでの怯えは薄くなり、決意に満ちた顔に変わっている。
クラウンがこれから行う計画は、闇の加護を持ったモノたちの解放計画だ。
セカンドの妹、セラニナの奪還も、もちろん計画に含まれている。
これまで、エリーたちはボスからの解放方法が分かっていなかった。
だが、これまでの活動によってある程度実験結果や資料が集まり、独自の解放方法を開発した。
その方法の開発により、通常の魔力狂いはクラウンのメンバーにも解放できるようになった。
ただ、闇の加護持ちにはエリーが対応する必要があるようだが。
「クラウン様。あちらです」
そう言って、近くの部下がとある建物を指さす。
そこは、森の中にある火傷蜥蜴のアジト。
本部との争いが起きて、新たに作られたアジトだ。
新しいため、まだ設備や人員がそろっていない。
そんな場所を守るためには、誰が必要か。
……そう。闇の加護持ちだ。
圧倒的な力を持ちながら、見張らなくても命令に従うモノ。
その条件に当てはまるモノが。この場所の防衛にはふさわしい。
まあ、普通の人間はその条件に当てはまらないので、闇の加護持ちが使われた。
そして今回は闇の加護持ちが入れ替わる日で、全員が集まるらしい。
だからこそ、今日が計画を決行する日に決まったのである。
「クラウン様。それでは合図をお願いします」
「分かった。それでは、全員掛かれ!!」
エリーが小声で言い、手を下ろす。
すると、辺りに隠れていたクラウンのメンバーが、一斉に飛び出した。
「はっ!」
「ていっ!」
クラウンの部下たちは、闇の加護持ちに手加減しまくった攻撃を放つ。
ただ手加減しているとは言え、突然現れたクラウンへ対応できず、
「よし!こっちは気絶させた!」
「こちらも成功!」
一瞬にして全員を気絶させることに成功した。
この早さからも分かるように、ボスへの襲撃を失敗させたときには本当に手加減しまくっていたのである。
「薬を飲ませろ!」
セカンドが指示を出し、クラウンの部下たちは精神の支配を解除できる薬を飲ませていく。
そして、すぐに闇の加護持ちから離れた。
ここからは、エリーの出番なのである。
「じゃあ、浄化するぞ」
エリーは光の加護を利用して、浄化を行った。
すると、光が闇の加護を持つ子供たちを包み、
「………あれ?体が、自由に」
「え?どう、して?」
困惑する子供達。
だが、説明はせず全員にいったん浄化を行なう。
そこから改めて、
「君たちは自由になった」
セカンドたちが、解放された闇の加護持ちたちに説明していく。
精神の支配からは解放されたが、闇の加護は所持したままだ。
闇の加護は魔力狂いの上位互換なので、クラウンたちとしては、是非とも仲間に引き入れたい人材たちである。
加護持ちたちも、帰る場所などないので、クラウンへと加入することを決めた。
そんな複雑な状況の中、抱き合うモノも数名。
その中の1組が、セラニナとセカンドである。
「兄さん!怖かった、怖かったよぉぉぉ」
「セラニナ。よく頑張ったな。これからは、ずっと兄さんと一緒だ」
兄妹の、感動的な再会である。
他の抱き合うモノたちも親族関係のモノたちだったり友人であったりして、エリーには声をかけることができない。
ーー侵入が大変だから、今日は早めに帰りたいんだけどなぁ。
エリーは自分の屋敷の警備を思い出しながら、そんなことを思っていた。
だが残念ながらエリーの思いが届くことはなく、結局エリーが帰ることになったのはいつもよりも遅い時間だった。
よりによってこの日に警備が強化されたことにエリーは嘆くのであった。
 




