悪役令嬢、未来への懸け橋
ある日の夜。エリーは耳に手を当て、何かを聞いているような仕草をしていた。
実際にエリーの耳には声が聞こえており、
「ボス!本部の奴ら、クラウンにやられちまったみたいですぜ!」
「いやぁ。本部の奴らもたいしたことないですね。やっぱり、ボスが本部でもトップになるべきじゃないですか?」
ボス、と言われる人物を褒め称える声が常に聞こえる。
そのボスと言われる人物は、
「あ?いやぁ。でも、本部とは数が違ぇからな、もっと加護持ちの手下を集めないと」
この国の火傷蜥蜴のトップである。
火傷蜥蜴は、世界中に広がる盗賊団(エリーはそう思っている)で、たまに本部という所から各地に人が派遣され視察が行なわれるのだ。
その視察の人員が、クラウンによって殺された。
それが、この国の火傷蜥蜴を勢いづかせる。
本部の奴らが殺されたクラウンを、自分たちは退けた。
だから、自分たちが本部の奴より凄い。と言う理屈である。
最近では、この国の3分の2が本部に攻撃を仕掛けようという気持ちになっている。
盗賊のほとんどは、簡単に調子に乗せられてしまうのだ。
「大丈夫ですよぉ!ボスがいれば、本部なんて小指1本で潰せちゃいますって!」
これは自分たちの実力であり、仕組まれたものだとは思わない。
そんなものばかりだった。
「ふふふっ。計画通りだな」
音声を聞いていたエリーは、低い声で笑う。
そして、目の前で同じように盗聴を行っていたセカンドの方を向き、
「どうだった?久々の妹との再会は」
エリーが言う再会とは、先日のボスへの襲撃の時のこと。
セカンドも襲撃メンバーに入っており、妹と刃を交えている。
妹の名簿を見たときの慌てようから考えれば、かなり落ち着いているような気がするが、それには理由がある。
エリーから、急ぎでは解除できないと言われているのだ。
闇の加護を持っていると言うことは、エリーの光の加護に対抗できる可能性がある。
だから、妹を無理矢理奪ったとしても、正気に戻せない可能性があったのだ。
しかも、敵のボスの命令に忠実だった。
だから、攫われたことがバレてしまえば、自殺するように指示される可能性もある。
「セラニナは、かなり様子がおかしかったな。わざとあいつだけに顔を見せてみたんだが、全く反応がなかった。あと、思考能力もかなり落ちてる気がするぞ。ほとんどの攻撃が力任せで、防御なんて頭にないみたいだった」
「ふむ。なるほど。感情の抑制効果まであるのか。こちらとしても取り入れたい技術ではあるのだが」
エリーは腕を組んで悩む。
そこで、セカンドが何かを思い出したように、「あっ!」と声を上げ、
「そう言えば、ここの制度を変えようと思うんだけど、いいか?」
「制度を変える?具体的には?」
エリーは具体的な内容を尋ねる。
セカンドは、老婆のファーストにも声をかけ、2人で説明を始めた。
「俺たちとしては。貴族たちの制度を参考にして……」
セカンドたちの提案は、いわゆる一般的な企業の階級制度を作るというモノだった。
1人では管理が厳しいので、それぞれ管理職を作るという話で、一見合理的であるように思えたのだが、
「それはやめておいた方が良い」
エリーは却下した。
却下されるとは思っていなかったため、ファーストと、セカンドは目を見合わせ、
「な、なんでだ?」
「悪くないと思ったんだけどねぇ」
理由を尋ねてきた。
エリーが却下した理由は、前世の経験も含まれており、
「まず、そう言った制度を作ると、行動が遅くなる。下から提案が出てきて、1つずつ階級が上の相手に話が上っていく。それでは遅いのだ。変化に対応ができない」
大企業にありがちな、変化に対応できない理由である。
まず、上まで報告がいくまでが遅いし、管理職のモノとしては、それを自分の手柄にしたがるため、さらにややこしいことになる。
それよりは、トップと1番下の社員が話す機会をたくさん作るべきなのである。
社員が提案して、社長が良いと思えば即座に許可を出す。
これこそが、変化に対応しやすい企業の形だ。
「まあ、階級を作ること自体は悪くないと思うが、上と下の繋がりに関して考えるべきだな」
結局、しばらくは検討が行なわれるだけで今のところこの話は終わる。
それから少し時間は流れて。
「エリー。ちょっと良いかい?」
ある日、エリーは父親に声をかけられた。
特に予定も無かったので、よく分からないが頷く。
「実はな。エリーに沢山縁談が来ているんだ。そろそろ顔合わせだけでもしておかないと、貴族たちがうるさくてな」
そう言って、父親は苦笑いを浮かべた。
ーー縁談!そうだった。それがあったんだったわ。
エリーは毒を飲んだ日から、王族との繋がりを持ちたいという理由で、エリーとの婚約を求める貴族たちがとても多くなっている。
「……分かりましたわ。では、まずはどなたから?」
無視するわけにもいかないので、エリーは了承する。
その日から、エリーの顔合わせ地獄が始まった。
「エリー様。どうか我が子と婚約を」
「エリー。君はなんと美しいんだ。よし!僕と結婚しよう!」
「公爵家として、我が家との繋がりを重視すべきでは?」
などなど、様々な口説き文句がエリーを襲う。
因みに、1番上は口説き文句ではないが、その分エリーの精神的なダメージは少なかった。
2番目の台詞は、30代くらいの男性がいっている台詞で、エリーの年齢から考えてしまうと、かなり痛々しい台詞である。
3番目は、婚約相手としての候補がかなり優秀で、普通に面倒であった。
縁談はなかなか途切れず、
「エリー。今日は午前中にレール家と、午後にはタール家と、それぞれ面会があるから」
「……分かりましたわ」
父親の言葉に、エリーは死んだ魚のような目で応える。
エリーにとって、痛々しい告白を毎日のように聞かされるのは、かなりきつかった。
だが、それでも耐えられるのには理由があった。
その理由は、頭の良い人間が相手であれば、
「実は私、領地でこういうことを計画しておりまして」
「なるほど!是非、俺にも協力させてくれ!」
こういった形で、丸め込めるのだ。
他の領地の協力が得られて、エリーとしてもウハウハである。
因みに、エリーが領地で計画していることは、船関連のことである。
まあ、エリーの管理する漁村には、魚と船以外、あまり強いところがないのだが。
「今日会う両家は、頭が良い人物が多いから、きっと楽なはずだよ」
「まあ。そうなんですの?それは楽しみですわ」
こうして、告白に耐えながらも、エリーは繋がりを作っていくのであった。
それは、村のためなのか、それとも………
ただ、とりあえず村は大事である。
ということで、
「エリー様。先週言われていたとおり、すでに働き手を雇っております」
縁談のない時を作り、エリーが3度目の領地訪問を行った。
そこで村のモノに、2度目に計画した求人が成功したことを伝えられる。
エリーは早速その人たちが居るという場所へ向かう。
その場所では、すでにエリーが考えていた計画が進められていた。
「貴族様が来たぞ!一旦、作業をやめろ!」
リーダーらしき人物が、作業をしていた他のメンバーの手を止めさせる。
そして、エリーの前で膝をつき、
「どういったご用でしょうか?」
低い姿勢のまま、エリーに用件を聞いてきた。
ただ少し言葉に隠れたトゲがあることから、権力者を嫌っていることが分かった。
「ここを運営しているのは私ですわ。きちんと仕事をしているか確認するのは、当然の事ですの」
エリーは、偉そうに言う。
ただ、作業員たちは反応を示さなかった。
ーーあら?権力者が嫌いなんじゃないのかしら?
エリーが悩んでいると、作業員たちは顔を上げた。
その顔は、満面の笑顔である。
「エリー様。感謝致します」
「エリー様!一生ご恩は忘れません!」
頭を下げる作業員たち。
目に涙を浮かべるモノも多い。
理由は、今までの生活からだ。
村長から虐げられていた作業員たちにとって、権力者とは自分たちを苦しめるモノ。
だから作業員たちは、求人に書かれていた仕事内容は建前で、自分たちはてっきり、エリーの遊び道具として集められたと思っていたのだ。
だが、実際にエリーは呼びかけたとおりの仕事を期待していた。
今までの経験などもあり、作業員たちはエリーが神の使いのように見えたのだった。
「それで、本当に大型の船を作って、他の場所への移動用としてお使いになるつもりなんですか?」
泣き止んだ作業員たちのリーダーらしき男が尋ねてくる。
エリーは大きく頷いた。
「そうですわ。私が目指しているのは、金持ち以外が移動する手段ですの。平民も移動が自由になれば、この国はさらに発展すると思いますわ。どうかしら、私の理想に協力してくださるかしら?」
エリーの計画は、他の沿岸にある領地と、船を使って移動できるようにすることだった。
まあ、実際にエリーの頭にある計画は、それだけではないのだが。
「分かりました。この作業員一同、私、ダリージャルを筆頭にエリー様のために働かせて頂きます」
またしっかりとした姿勢でひざまずく作業員たち。
その様子に満足気な表情でエリーは頷き、
「それで、ダリージャル。現在はどこまで大型化が進んでいるんですの?」
エリーは作業員のリーダー、ダリージャルに経過を尋ねる。
尋ねられたダリージャルは、実験の成果をエリーに報告した。
「まず、一般の船より防水性能を上げることを目指して材質の開発を行っております」
そう言いながら、改良によってできたらしい板に、水を垂らす。
すると、その板は、水をほとんどはじいた。
かけられた板を触ってみても、全く水がしみこんだ様子はなく、上に幾つか水滴が付いていた。
「まあ、材質はそれでいいかも知れませんが、ちゃんと隙間無く敷き詰めることはできますの。それに大型化するのですから、量産化は大変になるのではなくて?」
エリーの質問に、ダリージャルは暗い顔で首を振った。
まだ材質を作ることに手一杯で、そこまで手が回っていないのだ。
「うぅん。時間が掛かりそうね。人員が足りなさすぎるわ」
エリーは肩を落とす。
そこで、ダリージャルは思い出したように言う。
「人数はそろえられます。貴族様だからって怖がってた仲間たちがまだまだ居ますから。給料も、私たちの分をわけるので心配しなくて大丈夫ですよ」
その言葉にエリーは目を輝かせる。
給料はきちんと払うと言っておき、エリーは働き方など、その後もいろいろなことをダリージャルと話しあった。
それから1週間が経った。
今日もまた、エリーは領地の漁村へと向かう。
「やっていますかしら?」
エリーは声を出して、工房へと入る。
工房では、前回とは比べものにならないくらいの人数が働いていた。
「エリー様。お久しぶりです」
リーダーであるダリージャルが膝をつくと、他の作業員たちも一斉に膝をついた。
エリーは手を振って立つように促す。
「わざわざ、そのようなことをする必要は無いですわ。私が来ても気にせず作業を続けてくださって構いません」
エリーはそう言っておく。
自分のせいで作業に遅れを出すなど、あってはならないのだ。
自分が偉いと威張って部下を困らせるのは、無能な上司がすること。
エリーは、そんな無能になるつもりはない。
「いいですわね。順調ですわ」
エリーの目の前にあるのは、一般漁村の船の、10倍以上の大きさを持つ船。
十数人が乗れそうな大きさである。
ーー1週間でこれだけ改良できるのだから、豪華客船くらいの大きさになるのに、1年もかからないかしら?
「ダリージャル。後、どのくらいで50人の人が乗れる船が、作れますの?」
「50人ですか?………そうですね、あと2週間あればできると思います。ただ、」
「ただ?ただ、何ですの」
言いよどむダリージャルに、エリーは何があるのかと尋ねる。
ダリージャルは、言いづらそうな顔をしながら、
「ただ、そこまで行くと、1隻を作るだけでも大量の時間が掛かって、実験にかなり時間が掛かってしまうようになるかと」
「な、なるほど」
エリーは頭を抱える。
それだけ大きなモノを作るとなれば、時間が掛かる。
大きくなれば大きくなるほど、時間は掛かってしまうため、それ以降の進化がいつになるか分からない。
エリーとしては、最低でも100人は乗れるようになってから実用化したかったのだが。
「となると、作業速度の上昇をするしかありませんが」
そこまで言って、エリーは作業しているモノたちを見る。
作業員たちはかなり素速く動いており、これ以上の効率的な動きを求めるのは難しそうである。
「まあ、課題は見えてきましたわね。私もしばらく考えてみますわ」
エリーはそう言って、ダリージャルに、全員分の給料を渡しておく。
そして、家へと帰るのであった。




