悪役令嬢 もらいました
「それでは、お勉強を始めましょう」
キシィが鞭を取り出す。
それを見たエリーは薄く笑い、
「そう言えば、キシィお母様。私が毒を飲んで倒れたのはご存じですか?」
「え?……ええ。知ってるわよ。それがどうかしたのかしら?」
エリーは思いついていた作戦を実行する。
成功すれば、エリーの人生はかなり変化する。
「そこで、お医者様に見て貰ったんですが、お医者様が私の体の鞭の跡について尋ねてきましたの。そして、その質問を聞いた国王に、誰がやったんだと聞かれまして」
そこまで言って、エリーはキシィの瞳を見つめる。
キシィの顔には、先ほどまでの見下すような表情が消え去り、怯えたような表情に変化していた。
「まあ、その時にははぐらかしましたわ。ですけど、私、明後日の王族方との面会の時に、お伝えしようかと思っているんですの」
「っ!?や、やめなさい!そんなことをしたらむち打ちを強くするわよ!!」
それを聞いたエリーは、さらに笑みを深める。
「ふふっ。それなら、そのことも伝えなければ行けませんわねぇ。私、王様に、誰にされたのか聞かれてるんですの。国王様の質問に答えないなんて、この国の貴族としてはできないことですわ」
「あ、う、ぐ」
キシィの顔は青白くなっており、真っ赤に染まった目でエリーを睨んでいる。
「でもね、私、キシィお母様にあることをして貰ったら、誰にやられちゃったのか忘れちゃう気がしまいますの」
その言葉を聞き、キシィは目を見開いた。
そして、エリーの肩を掴んで揺らす。
「何!私は何をすれば良いの!?」
ーーふふふっ。落としたわ。コレでキシィからの虐待はなくなるわね。
エリーは予定通りにキシィが動いたことを喜ぶ。
「条件は2つですわ。1つは、今まで通り勉強を教えていただくことですわ。ただ、鞭で打ったりするのはなしですわよ。そして、もう1つ」
エリーは、キシィのすがりつくような瞳を見て、
「私、優しい妹が欲しいですわ。キシィお母様のお腹から生まれた、平民思いの、優しい妹が」
「なっ!?」
キシィの顔が固まる。
自分の嫌いな思想を、自分が産んだ子に植え付けなければならないのだ。
嫌に決まっているだろう。
虫嫌いな人が、自分の子供に、「虫って良いよねぇ」と、言わなければならないのと、同じようなことなのだ。
エリーだって、自分の嫌いな思想を他人に教えるのは嫌だ。
「うっ、ぐ」
キシィが、エリーの肩を掴んだまま震えている。
かなり強く肩を掴んでおり、エリーの肩に爪が突き刺さっていた。
「別に、やらなくても良いんですわよ。そしたら、ただ私が忘れないだけですから」
エリーはそう言って、黒い笑みを浮かべる。
もし、このときの顔を鏡で見たら、自分でも引いているくらいの黒い笑みである。
「くぅぅ!……わ、分かったわ。いいでしょう」
かなり長く唸っていたが、最後は力なく頷いた。
国王のお気に入りであるエリーを虐待していたとなれば、どんな処罰をされるか分からない。
キシィとしても、自分の思想より命の方が大事なのだ。
キシィの承諾を聞いたエリーは黒い笑みを優しい笑みに変える。
「それでは、キシィお母様。早速お勉強を教えていただけますかしら?」
「も、もちろんよ」
キシィは頷く。
そして、この日から、痛みのない新たな勉強が始まった。
知識欲の強いエリーにとっては、その日々はとても楽しいモノとなる。
キシィから勉強を教わり、色々あって夜になった。
明日はエリーの領地に行く予定なので、今日は少し就寝時間が早い。
「こんばんは」
「あぁ。クラウン様」
もちろんエリーが素直に寝るわけもなく、夜の世界へと足を踏み出していた。
エリーが老婆の家に行くと、少年のセカンドが出迎えた。
因みに、エリーにもゼロというコードネームがあるのだが、クラウン様で通じるので、ゼロという名前は使われていない。
「……妹さん、なかなか見つからないわね」
エリーは、暗いトーンで切り出す。
そうなのだ。
実は、セカンドとともに連れ去られたというセカンドの妹が、まだ見つかっていないのだ。
「ああ。最近本当に、生きているのか不安になる」
そう答える少年の顔はとても暗い。
家族が行方不明なのだ。
心配なのは当然だろう。
「手がかりが欲しいわ。名前とか、教えて貰えないかしら」
「そうだな。……そうか、名前も教えてなかったのか。俺の妹の名前は、セラニナだ」
ーーセラニナ。……え?もしかして、ゲームに出てきた、あのセラニナかしら?
セラニナ。
ゲーム中で主人公を襲い、主人公の説得により仲間になるメンバーである。
一般の兵士を片手で、しかも2秒ほどで倒せる力を持つ。
セラニナはゲームの中盤で出てくるのだが、終盤になると一切その姿を見せなくなる。
姿を見せなくなるきっかけは、ある死体を見ることだ。
とある地下にセラニナが潜入し、主人公に死体を見つけたと報告してくる。
その時から姿を消すのだ。
ただ、最後の台詞が、
『兄さん』
だったことから、その兄を探しに出かけたのだとエリーは考察していた。
だが、
ーーもしかして、セラニナが見つけた死体って、セカンドの死体。
だと考えれば、セラニナは復讐の道を選んだとも考察できるし、兄の後を追ったとも思える。
そこまでセラニナの考察を行ったところで、ゲーム内のセラニナの情報をかなりの数、思い出せていた。
セラニナは、かなり長い期間暗殺者をやっていたという話だった。
つまり、今まで通り盗賊関係を探していけば見つかるはず。
ーー殺しちゃったりとか、してないわよね?
不安を覚えるエリーであった。
「さて、それじゃあ私は帰るわ」
エリーは別れを告げ、帰路につく。
帰り際、数人の盗賊を見つけたので。
「ほっ!」
スパスパスパッ!
数個の首が飛ぶ。
そして、その首が地面に血の池を作ったときだった。
《スキル『暗殺LV1』を獲得しました》
《称号『暗殺者』を獲得しました》
《称号『断罪者』を獲得しました》
《称号『死刑執行人』を獲得しました》
幾つかの称号を獲得した。
エリーは眉をひそめながらも走る。
ーー断罪者とか、死刑執行人とか、物騒な称号ね。他の人には見せられないわ。
またステータスに見せられないところが増えるエリーであった。
因みに、称号の効果は、
暗殺者:対象に気づかれていないとき、対象へ与えるダメージが3倍。
断罪者:罪を犯したモノへ与えるダメージが2倍。
死刑執行人:死刑以上の罪を犯したモノへ与えるダメージが10倍。
かなりチート級の称号だった。
まあ、いくら優秀でも、名前の関係でエリーは嫌がるわけだが。
いくら仕事ができて使えるからと言って、言葉遣いが荒かったり、見た目の手入れをあまりしなかったり、他のところがダメなら好かれないと言うことである。
社会人にも言えることだ。
「エリー行くよ」
「はい。お兄様」
エリーは家族と一緒に、漁村に行くことになった。
最初に、馬車で神殿のような場所に行く。
その神殿で魔法陣に乗ると、
「わぁ!?」
「っ!?ここは?」
周りの風景が一瞬で変化した。
転移されたのである。
「それじゃあ、こっちの馬車に乗って」
父親の指示に従って、新しい馬車に乗る。
ーーん~。周りに数人の気配。
エリーは少し離れたところに集団を察知した。
が、盗賊とは違う気がする。
ーー護衛かな?
エリーはそう判断した。
「ん~。いいわね」
エリーの母親が、窓から外を眺めながら呟く。
エリーも窓の外の、自然あふれる景色に心が落ち着くように感じた。
ーー畑が多いわね。田は少なめ。
エリーは道中の景色から、作物の特性を把握しようと心がけた。
エリーの思うとおり、この辺りには畑が多い。
土地の水はけが良いのだ。
ーー私が管理するのは漁村と言うことだったから、魚を畑でとれるモノにマッチさせる必要があるのね。
エリーはこの辺りの産業と、自分が管理する場所の産業を組み合わせて考える。
「エリー。着いたわよ」
考え込んでいると、不意に肩を叩かれる。
母親が、漁村に着いたことを知らせてくれたのだ。
「ふむ。荒れてますね」
最初に見た感想がコレだった。
家屋はボロボロ。
道には雑草が生い茂っており、もう道とは言えない状態になっている。
道に雑草が多いということは、人がその道を使わないということ。
ーー相当廃れてるのね。
「さて、エリー。これから村長と話そうと思う」
馬車から降りると、先に待っていた父親からそう言われた。
エリーは覚悟を決め、シッカリと頷く。
が、
「その前に、少しだけ村長のことを住民に聞いてもよろしいでしょうか」
一応情報収集をしておこうと思い、父親に許可を取る。
父親も問題ないと答えたので、エリーは早速こちらを不思議そうに眺めている住民達に話しかける。
「こんにちは。皆様。少しお話を聞かせて貰ってもよろしいかしら?」
軽く頭を下げ、5歳くらいだと思われる少年の顔を覗きこむ。
少年はキョロキョロと視線をさまよわせたが、周りの大人達から目線で促され、渋々と言った感じで承諾した。
「何が聞きたいんだ?」
「私、これから村長さんとお話しするのですけど。村長さんについて教えてくださらない?」
そう言うと、途端に少年は嫌そうな顔をした。
少年は、不快感を隠そうともせずに応える。
「あいつは屑だよ。俺たちが苦しい生活してるって言うのに、公爵様とつながってるとか言って何もしようとはしない!お前もあいつの仲間なのか?だったらもう話したくない」
ーーなかなかの嫌われようね。これなら、整理しても問題はなさそう。
エリーはそう判断し、少年にお礼を言って立ち去る。
「こっちだ」
エリーは父親に連れられ、少し豪華な小屋へ連れて行かれる。
少し豪華と言っても、周りと比べれば相当豪華だ。
護衛らしい兵士が小屋の戸を叩くと、でっぷりと膨らんだお腹の青年が出てきた。
エリーは色々と貴重品が置いてある小屋の中を見て、この自分が村長であると判断する。
「お久しぶりですなぁ。公爵様ぁ」
語尾を不自然に伸ばして話すその青年は、父親に頭を下げる。
ただ、膨らんだお腹が邪魔をして首ががくんと下がるような礼になっている。
「村長よ。今日で貴様をその任から解任する」
「……はぇ?」
父親の宣言に、村長は呆然とする。
エリーは父親の気遣いを感じた。
ーー私に村長の怒りが向かわないようにしてるのね。
そう思ったのだが、
「後任は我が娘、エリーになる。もし異論があればエリーに言いたまえ」
ーーいや、そこは押しつけるのぉぉ!??
「さて、もちろんエリー様は私に資金を提供し続けてくださるのですよね?」
村長はあえて見下ろしながらエリーに尋ねる。
だが、エリーは冷たく応えた。
「そう言うなら、あなたの成果を教えてくださるかしら?」
エリーの考え方。
成果主義である。
まあ、本来の成果主義とは少しだけ違うが。
「せ、成果ですと!?平和に治めてきたことが成果ではないのですか!!」
村長は顔を赤くして叫ぶ。
だが、それとは反対にエリーの視線はさらに冷たくなるのだった。
「ふむ。ここの村は周りの村と比べても、明らかに廃れています。どこが平和なのか聞かせていただいても?」
「平和ではないですか!1度も反乱が起きたことはありませんよ!」
「それはそうでしょう。公爵家が、怖いですからね」
エリーは次々と村長の言葉を論破していく。
そこで、村長はこのままではらちがあかないと思い、
「そ、そうだ!成果と言えば、私の父の成果はどうなるのですか!私の父がこの村を作ったのですぞ!」
「あなたの父親ですの?」
エリーは首をかしげる。
そこで。村長はエリーの否定がやんだのを好機とみた。
「そうです!私の父の努力があったからこそ、この村は存在しているのです」
「でも、お父様のお話では、この村を潰すことが決定し掛かっていたそうよ。あなたのお父様が凄い人だとしても、息子のあなたが潰すようじゃ、何の意味もないですわよ」
「はぁ?」
エリーの言葉に、村長は公爵を見た。
それもそのはず、村を潰す予定は計画段階で、まだ村長には伝えられていなかったのだ。
村長からの視線に気づいた父親は、1度ため息をつく。
それから、説明を始めた。
「まあ、エリーの言うとおりだ。本来ならこの村は、2月後に取り潰すつもりだったのだよ。赤字だらけの村など必要ないからな。いくら君の父上に世話になったからと言って、これ以上赤字を増やされるようでは、私としても対応しなくてはならない」
エリーの父の言葉を聞き、村長は顔を青くした。
エリーからも、公爵からもこれ以上金を貰うことができないと悟ったのだ。
そして、今までの生活が崩れてしまうと言うことも。
「そ、そんな!どうか、どうかご慈悲を!」
村長が青い顔を机にたたきつける。
だが、エリーの顔は少しも変化しなかった。
「慈悲は差し上げますわ」
「ほ、本当ですか!?」
エリーの言葉に、村長が顔を輝かせる。
心の中では、
ーーガキだけあって、チョロいな。
と思っていたりする。
「ええ。これ以上あなたにお金を差し上げることはないけど、今までの賄賂の分を没収することもしないわ。今ある物を売ればそこそこのお金になるでしょう?その後のことは、自分で考えるとよろしいですわ」
エリーの慈悲に、村長は固まる。
慈悲というのを、これからも賄賂をくれると言うことだと勘違いしていたのだ。
「さて、それでは私は行きますわ。さようなら、元村長の一般人さん」
「ま、待ってください!」
元村長はエリーを呼び止めようとするが、エリーが振り返ることはなかった。




