悪役令嬢 死と転生と
ズズズッ。
紫色のドレスをまとった16歳ほどの少女、エリーが、優雅に紅茶を飲む。
その細い手には、ティーカップと、文庫本らしき小さな本が握られていた。
「闇の組織、憧れますわ」
とエリーは呟く。
エリーが読んでいる本は、王子が闇の組織を率いて、悪を打ち倒していくというフィクション。
彼女が大好きなジャンルだった。
ペラペラと本をめくっていると、足音が近づいてきた。
その足音の主はエリーの前まで来ると、
「姉さん。お茶菓子を持ってきたよ」
そう言って、クッキーののったお皿をテーブルに置いた。
エリーはそれを1枚つまんで、口に入れる。
「ありがとう。気が利く、わ、、、ガハッ!」
エリーの口から赤いモノが飛び出し、エリーの着ていたドレスは、真っ赤になった。
そんな深紅のドレスに身をまといながら、彼女は床へと倒れ込む
『ごめんね。姉さん。姉さんが僕たちの仲を邪魔するのが悪いんだよ』
ムダにフルボイスなエリーの弟の声とともに、ゲーム内でエリーが死んだ。
そんなゲーム画面を、悲しそうに見つめる人物が1人。
「ハァ~。エリーは闇の組織好きの仲間だし、絶対に良い娘だと思うんだけどなぁ」
黒くて長い髪を後ろで束ねたOL、竹内 明日花はため息をついた。
明日花は現在《異世界ホスト》というクソゲーをやっている。
異世界ホストは、自分の好きなキャラを選んでいき、好きなキャラだけで逆ハーレムを作れるという画期的な(?)システムを導入した乙女ゲームなのである。
「なんで、エリーはこんなに不遇なのかしら」
そう言って、血を吐いて倒れたエリーを見る明日花は頬をプクゥと膨らませる。
明日花にとって、エリーはこのゲームの中で唯一共感できるキャラなのだ。
基本的にこのゲームは男どもがチョロい。
そして、女どもは妙に知能指数が低いのだ。
そんなゲームで、共感できるキャラなどほとんど居るわけがなく、明日花は唯一同じ趣味を持ったエリーにだけ共感できた。
「この世は不条理ね。ハァ」
最後にため息をつき、ゲームのカセットを変えようとする。
その時だった。
ピカッと、ゲーム画面が光り出し、
ーーあれ?私、何してたんだっけ?
明日花は意識を覚醒させた。
だが、目を開けようとしても少ししか開かず、目の前を上手く見ることができない。
「フフフッ。可愛い顔をしているわね」
明日花の頭を誰かが撫でる。
明日花はピクッと反応した。
「あら?起きちゃったのかしら?おはよう。エリー」
明日花に上から誰かが声を掛けた。
明日花は知らない声に驚いたが、それ以上に、
ーーエリーって、あのエリー!?
エリーという名前に驚いた。
その名前は、異世界ホストの悪役の名前。
明日花の唯一好きなキャラクターの名前だった。
ーーエリーねぇ。どんな子なのかしら?きっと良い娘だとは思うんだけど。
「フフフッ。きっと素晴らしい子に育つはずよ」
そんな声が聞こえて、また明日花は撫でられた。
ーーあ、あれ?エリーとかいう子に話かけているときと、私への行動が同じ気が、、
意識を覚醒させてからしばらく経った。
その長い時間の中で、明日花は、とあることに気づく。
ーー私、エリーに転生してる!?
そうなのである。
目も少しではあるが見えるようになってきて、やっと理解できたのだ。
明日花は、エリーという名の幼児にして将来の悪役令嬢に転生してしまっていた!
それを認識したとき、明日花、いや、エリーは不安を覚えた。
なぜなら、彼女は高確率で毒殺されるからである!
彼女の弟によって!
それに気づいたとき、エリーは必死で考えた。
彼女が生き残る方法を。
彼女は、前世で異世界ホストをやりこんだ。
クソゲーだとは言いながらも、好きなキャラが居たから頑張ったのである。
やりこんだからこそ、彼女には自分の危機が分かる。
ーー私、生き残れるルートが1つもないじゃない!!
彼女が弟に殺されるのは、ほとんど確定。
なぜなら、弟の毒殺は、弟と主人公の親密度が50を超えているなら確実に起こるからだ!
そして、全く弟と関わらなくても親密度は、シナリオの関係で50を超えてしまうのだ!
生き残る可能性は、ほとんどゼロに近いのである!!